主の教えに従う道

ルカによる福音書6章27節~36節 2023年8月13日(日) 主日礼拝説教

長老 山根和子

 今日のテキストで、イエスは「敵を愛せ」と命じられました。主の教える愛について学びを深めたいと思います。

主イエスは、27-28節「敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい」と命じられます。ここに敵への愛について三つの方法が示されています。それは、憎む者に対しては親切にすること、悪口や呪いについては祝福をすること、侮辱する者に対しては執り成しの祈りをすることです。主イエスは、この世を支配する原則に対して、同じ原則で対抗するのではなく、この世の力とは、相容れない、神の国の自由な愛をもって対応する事を求められます。

でも、わたしたちは、悪口を言われれば、相手への悪感情が増し、侮辱されれば、それ以上に相手を貶めたくなります。打たれれば、打ち返し、奪われれば、奪われた以上に取り返したくなります。これが、わたしたちの本性ではないでしょうか。

わたしたちは、自分を愛してくれる人を愛し、自分によくしてくれる人に善いことをし、返してもらうことを当てにして貸す者たちなのです。わたしたちは、愛を得るために人を愛し、親切を受けるために人に善いことをし、利益を見込んで人に貸し与えることを行っているだけにすぎません。恩には恩で報いる原則、恩返しであり、返礼でしかありません。すべて自分のために愛するのであり、見返りを求めて親切にし、貸すのです。自己の利益を求めているだけで、そこに神の恵みに値するものは何も見いだすことはできません。わたしたちの自己中心的な生き方に気づかされます。しかし主の教える愛は、自己中心とは反対のことなのです。わたしたちが行っている愛と、主の教える愛とは、あまりにもかけ離れているのです。

主イエスは、35節「敵を愛しなさい。人に善いことをしなさい。何もあてにしないで貸しなさい」と命じます。敵をも愛する制限のない、無条件で、徹底的な愛を教えられます。

敵に対する愛とは、自分のためにではなく、他者のために生きるということです。自分を放棄し、他者の利益を願うのです。わたしたちは、自分の愛する人のためには、自分を犠牲にして生きることができるかもしれません。しかし、主イエスの教える愛は、憎しみ呪う敵のために自分を捨てて、相手を生かそうとします。侮辱を受けるというだけの消極的なものではありません。罪を犯す者を救おうとする積極的な行動となります。主イエスは、わたしたちに、他者のために神のみ心にかなう善いことをしなさい、何も当てにしないで貸しなさいと勧めるのです。

そうすれば、神からの報い、交換原則によってではなく、神からの自由な恵みがあるに違いないと言われます。神は、恩知らずにも、悪人にも、情け深い方だからです。神は、悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる方なのです。だから「あなたがたの父なる神が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい」と命じられます。

ここで、旧約聖書のヨナ書を見てみましょう。4章1節に、ヨナはそれが大いに不満で怒ったとあります。それとは何か、前章までの流れを振り返りつつ見てみましょう。

神はヨナに、大都市ニネベに行って、主の言葉を語れと命じられます。ニネベは、神の民イスラエルを悩まし、苦しめているアッシリアの首都です。神は、ヨナに敵対するニネベに一人赴き、悪を告発することを命じました。しかし、ヨナは、恐ろしかったのでしょう。神の言葉に従うことを嫌って、神の命令に背きます。ヨナは、神の支配から逃れられると考えたのです。人は、自分の力を信じる時、自分が主となり、神に従わないのです。ヨナは、神に命じられたニネベとは反対のタルシシュに向かう船に乗り込みます。その結果、嵐の海に投げ込まれ、ヨナは魚の腹の中に閉じ込められました。命の危機に瀕した時、ヨナは、神に助けを求めて祈ります。悔い改めの祈りです。神は、この祈りを聞き入れ、彼を救われます。ヨナは、自分自身の判断で生きていけると考えましたが、神の支配からは逃れられず、強制的に神のみ言葉に仕える者とされました。

神はヨナをニネベの町に送り、主の言葉を告げさせます。それは「あと40日すれば、ニネベの都は滅びる」という災いを告げる言葉でした。ヨナは、悪がはびこる町に神の裁きを告げて回ります。すると、ニネベの人々は、神の言葉を信じたのです。ヨナの予想に反して、ニネベの人々は神の言葉を聞いて、すぐに悔い改めました。神は、ニネベの人々が悪を離れ、心から悔い改めたのをご覧になって、災いをくだすことを思い直されました。これが3章までのいきさつです。

ヨナは、ニネベを滅ぼすことを思い直された神の寛大さに対して激しく怒ったのです。ヨナは、神が恵みと憐れみの神であり、忍耐深く、慈しみに富み、災いをくだそうとして思い直される方であることを知っていました。この神の憐れみが自分の仲間であるヘブライ人に対して与えられるのならば、ヨナは、共に喜び神に感謝したことでしょう。しかし、この恵みは、神の法を知らない、また守れない異邦人に与えられました。ヨナは、ニネベの人々に宣告した災いが撤回されたことに不満なのです。ニネベの人々は、神の好意を受けるに相応しくないとヨナは考えたからです。

ヨナは、神の偉大な愛を認識していたにもかかわらず、ヘブライ人としての選民意識にとらわれて、狭い民族愛から抜け出ることができません。ニネベの人を生かそうする神の良い業を見ても喜ぶことができません。それどころか、「主よどうか今、わたしの命を取ってください。生きているより死ぬ方がましです。」と神に怒りをぶつけるのです。

不服を述べるヨナに、神は「お前は怒るが、それは正しいことか」と問います。反省を促される神の問いかけにヨナは答えません。ヨナの態度はかたくなです。ヨナは、都を出て東の方に行き、座り込みます。そして、仮小屋を建て、日差しを避けてその中に座りました。ヨナは言葉ではなく、態度で神に反抗するのです。40日後、どうなるか、ニネベの行く末を見届けようとします。ここに、ニネベの滅びを期待して座り込むヨナの頑固な姿が浮かびあがります。

神は、神のみ心を求めず思い違いをしているヨナを、体験を通して、神の真実の愛に目覚めさせようとします。強烈な日差しの中、仮小屋に座るヨナのために、神は「とうごまの木」を生えさせ、日陰を作られます。ヨナは、それを喜びます。ところが、主は、虫に命じて、一夜にして、「とうごまの木」を枯らしました。その上、東風を吹きつけさせ、ヨナを苦しめます。東風とはニネベに特有の草木を枯らし、人間の思考さえ失わせるほどの熱風です。頭上に照り付ける直射日光を遮るものもなく、熱風まで吹き付けてきました。ヨナはぐったりして、生きているより死ぬ方がましだと弱音を吐きます。涼しい木陰を作ってくれていた「とうごまの木」を失い残念でなりません。

これを聞いて、神はヨナに言われます。10節「お前は、自分で労することも育てることもなく、一夜にして生じ、一夜にして滅びたこのとうごまの木さえ惜しんでいる。それならば、どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。そこには、12万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいるのだから」。

神は、神に背く民をも愛されます。神は、ニネベをその繁栄と偉大さのために惜しまれたのではありません。右も左もわきまえない人々の命を何よりも憐れまれ、惜しまれ、救われるのです。罪を犯す者を救おうとする愛です。

主イエスは、貧しい人、虐げられている人、弱い人、異邦人、罪人のためにこの世界に来てくださいました。神は、資格のない者、右も左もわきまえない者を救うために主イエスをこの世界に送ってくださったのです。神の深い憐れみ、慈しみは、人には、はかり知ることはできません。それは敵をも愛する愛だからです。神の愛は、わたしたちの思いをはるかに超えて大きいのです。神は、分け隔てなく一人一人を価値ある存在として愛しておられます。そして、神は、主イエスによって、すべての人々を救われるために今も働かれています。主イエスによる神の救いにおいては、人間の側から主張すべき何らの権利はありません。それにもかかわらず、神の側から自由に与えられる愛と、救いの御業は、すべての人に差し出されています。

かたくななわたしたちは、神の救いのご計画をなかなか理解することができません。そのため、ヨナのように、主の恵みの業に、戸惑い、悩み、苦しむことがあるかもしれません。たとえそうであっても、それは無駄にはならないと思えるのです。神を信じ、人とかかわり続ける中で、わたしたちは主の御旨を知らされ、変えられていくからです。

 わたしたち一人一人の力は、小さく、わずかなものです。取るに足らない者であります。一人の力でこの世界を変えることはできないでしょう。しかし、一人一人の力が、何も生み出さないわけではありません。神は、右も左もわきまえないわたしたちだからこそ、み言葉によって導いてくださるからです。わたしたちはこの神に望みをおき、自分のすべてをかけて従うのです。主の十字架を仰ぎ見つつ、慈しみ深い主に信頼して、平和を、真実を、良き未来のために祈りつつ行動するのです。救いは主にあります。何の力もないと嘆き、諦めるのではなく、このわたしを生かし、用いてくださる主イエスに信じ従うとき、この世界は確かに変えられていくのです。 

 信仰は、聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まります。この主に信頼して従っていきたいと思います。

祈り

父なる神様、いつもみ言葉によってわたしたちを導いてくださり感謝します。

どうか、わたしたちに向けられている、あなたの愛に気づかせてください。

わたしたちがあなたの愛の恵みに応えて、御心にかなう良き働きができますように、互いに支え合い、祈り合う者たちをなさせてください。

戦後78年を迎えます。平和を築き上げる努力を怠らないように、わたしたちを励ましてください。争いのない社会を作り出す知恵と力を与えてください。

連日の暑さで体を弱らせている一人一人の健康をお守りください。

主イエスキリストの御名によって祈ります。

主は立ち帰る者を救われる

マルコによる福音書2章13~17節 2023年8月6日(日)主日礼拝説教

                        牧師 藤田浩喜

 「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(17節)。この聖句は皆さんもご存じの有名な聖句です。主イエスが徴税人のレビを弟子としてお召しになり、彼の家で仲間の徴税人や罪人たちと食事を共にされていました。その様子を見て主イエスを非難してきたファリサイ派の律法学者に、主イエスはこの言葉をお語りになりました。

 「丈夫な人には医者はいらない。」これは当たり前のことです。しかし私たちは果たして丈夫なのでしょうか。肉体の健康を保つために健康診断が必要なように、私たちは自分の生き方や心のあり方が果たして健全であるか、病んでいないかを診断しなくてはなりません。主イエスの御言葉は鋭いメスのように、あるいはCTやMRIのように、私たちがふだん自覚していない、心の奥にある病巣に迫るのです。私たちは健康でしょうか? 病気ではないでしょうか?

 ここで「丈夫な人」というのは、原語では「力を持っている人」という意味です。他人の力を借りなくても、自分の力で生きていくことのできる人です。主イエスを非難したファリサイ派の人々は、自分の努力で律法を守り、神の御心にかなう人間として生きていけるとうぬぼれていました。そして律法を持たない異邦人や、律法を守ることのできない罪人を軽蔑していました。主イエスはこのように、神の助けがなくても人間の力で生きることができると自負している人のことを、「丈夫な人」と呼んで皮肉(ひにく)っておられるのです。

 人間のすぐれた知性によって、すばらしい科学文明を築き上げた現代人もまた、神がなくても、人間の知性と人間が生み出した科学技術によって、輝かしい未来を築くことができると自負している「丈夫な人」です。多くの現代人にとって、神は死んだのであり、宗教は弱い人間がすがりつく迷信にすぎません。

 そして私たち自身もまた、自分の知恵や力によって生きていけるとうぬぼれている、「丈夫な人」となってはいないでしょうか。私たちは自分の考えによって将来の計画を立て、それを実現するために必要な学力、技術、財産、権力などを手に入れようと、懸命に努力しています。腕力や外見的な魅力も必要かもしれません。学校教育は私たちが「丈夫な人」として、自分の力で生きていける実力を身に付ける手段になっています。神なき世界では人間の力だけが頼りです。

 このような、人間の力だけが頼りである「丈夫な人」の社会では、隣人はもはや愛する対象ではありません。自分が生きるために蹴落とさなければならない競争相手です。「敵を愛しなさい」というような主イエスの教えは、センチメンタルな弱者の道徳としか見なされません。弱者は敗北し、社会の底辺にまで追いやられる。そのような傾向は、今日の新自由主義や自己責任論の台頭によって一層強まったように思います。こうした油断もすきもない、砂漠のような世界に、私たちは「丈夫な人」として、自分の力によって生きているのです。

 このような自分の力や能力だけを誇る、「丈夫な人」をつくる学校教育において、不登校やいじめなど、様々な問題が起こることは当たり前です。神を見失った現代の世の中で、自分は「丈夫な人」であると思い込んで生きている私たちこそ、最も根の深い文明の病に、知らず知らずのうちに冒されている病人であることを、認めなければなりません。宗教の根本問題は、神が存在するかどうかといった思弁的な事柄ではありません。私たち人間は果たして神なしに生きることができるかという、日常生活に直結する私たちの生き方が問われているのです。

「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。」ここで主イエスに病人と呼ばれているのは、主イエスと食事を共にしている徴税人や罪人のことです。徴税人は、当時ユダヤを支配していたローマ帝国のために、同胞のユダヤ人から重税を取り立て、そのうえ税金のうわまえをはねて私腹を肥やしていました。

ユダヤ人が汚れていると見なしていた異邦人と接触することも多く、異邦人の手先として働いていたので、ユダヤ社会の嫌われ者だったのです。また、ここの罪人とは十戒をはじめとする律法を知らず、守らない人々でした。その中にはクリスマスに登場する羊飼いのような人たちも含まれていたでしょう。律法によってユダヤの民を指導していたファリサイ派の人たちは、彼らを社会の病人と見なし、あたかも伝染病を忌み嫌うように、彼らと食事をすることはもちろん、接触することさえ拒んでいたのです。

 徴税人や罪人たちは社会の落伍者として、一人前の人間とは認められず、だれからも相手にされませんでした。彼らは劣等感と寂しさにさいなまれながら、生きていたに違いありません。徴税人は、大勢の人を招いて食事を振る舞うだけの財力を持っていましたが、それは彼の心の穴を埋めてはくれませんでした。「丈夫な人」の社会は、常にこのように落ちこぼれ、疎外され、差別された人々をつくります。人間が支え合うのではなく、同じ人間を差別し、疎外することこそ、最も深い社会の病気です。「丈夫な人」として生きている時、私たちもこの病に冒されてはいないでしょうか。

 病人は「丈夫な人」のように、自分の力だけでは生きることができず、医師や看護師の助けがなければ一日も生きていけない弱い者です。自分の力に自信をもって生きてきた人も、いったん病気にかかると、そのことを痛感します。重い病気で入院した経験のある人は、不安と心細さに悩まされます。病院の先生や看護師さんの存在がどんなに安心感を与えてくれるかを知っています。

 それは身体上のことだけではありません。私たち人間の存在そのものが、弱く壊れやすい存在なのです。大切なことは、私たちもまた決して「丈夫な人」ではないことを認めることです。自分の力では律法を守ることができず、神の恵みによって支えられなければ、一日も生きることのできない病人であると認めることです。私たちの中には、「丈夫な人」は一人もいません。ただ自分は「丈夫だ」と思い込んでいる病人がいるだけなのです。

「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」。主イエスはそう言われます。たいていの晩餐会や宴会には、いわゆる有名人が第一に招かれて、上席にすえられます。地位や富や業績のある人、人気者のタレントなどはひっぱりだこです。そこにわざわざ病人を招く人はありません。

 しかし医師は病院に、病人だけを招きます。健康な人を招いていたのでは、仕事になりません。毎日毎日、病人だけを相手にして全力で治療する医師の仕事は貴いものです。そしてイエス・キリストは、私たちの魂を癒す、まことの医師として働かれます。罪という死に至る病から私たちを解放し、本当に健康な人間として生かすために、私たちの世界に来られたのです。

 ところで主イエスは、「わたしは罪人を招くために来た」とおっしゃった。ところが、ここでは招かれているのです。徴税人レビが招いている。ここの光景はまことに不思議な光景だと思います。主は、「わたしは罪人に招かれるために来たのだ」と、おっしゃったかのようなのです。

 ある説教者が、ドイツのキリスト者たちの間でなされている食卓の祈りを紹介していました。こういう祈りです。「主よ、来てください。私たちのお客になってください。そして、あなたが与えてくださったものをここで祝福してくださいますように。アーメン。」食卓にお客を迎えた時にも、この祈りはささげられます。この祈りには、次のような信仰が込められているのです。「ここでわたしがもてなす食べ物はあなたがくださったものです。あなたがくださったものを、あなたがここで祝福してください。そうすればこの食卓は真実の食卓になります。

 徴税人のレビがそういう祈りをしたとは言えません。けれども私は、レビの心の中にあったものは同じであったと思います。主イエスを迎えながら、彼は主イエスに迎えられている喜びを味わっているのです。主イエスがここにお客さんになっていてくださるということで、自分がこの方の客として招き入れられたことを、どんなに喜んだかわからない。どんなに豪華なご馳走の並ぶ食卓であっても、これまでの食事はレビの心を満たすものではなかったでしょう。しかし、この主イエスというお客によって、はじめて自分の作った食卓が真実の祝福の中に置かれている。レビはそのことを信じることができて、喜んでいたと思います。

 「あなたが与えてくださったものをあなたが祝福してください」という祈りは、この食べ物で示されているようなわたしの命を、あなたが祝福してくださる時、ここに真実のいのちが生まれる、わたしの生活があるという信頼を言い表しています。それはしかし、食卓についてだけ言い得ることではありません。たとえば、私たちが忙しさの中に、どうしてよいのか分からなくなるようなことがあっても、もし、「主イエスよ、ここに一緒にいてください、この生活はあなたが与えてくださったものです、あなたが祝福してください」と祈ることができれば、どんなにさいわいでしょう。そのような祈りをなし得る確信の中に立つことができれば、私たちはどんな生活にも耐えられるように思うのです。主イエスが招かれるために来てくださったおかげで、主イエスが祝福していてくださることが見える。私たちの人生の中に、主イエスがお客として来てくださったことによって、私たちの人生はこれまでとは違った意味を持つものに変えられるのです。

 徴税人レビは主イエスに召しを受けて、本当にびっくりしたと思います。自分でも見たことがないようなまなざしで、自分の生活、自分を見て、祝福して、わたしについて来てごらん、あなたは健康になれる、と言ってくださった方があるのです。そう言われて気づいたのです。自分が病んでいたことを。人間としてまともに生きていなかったことを。どんな人々の厳しい言葉によるよりも、軽蔑の言葉によるよりも、痛い思いで知ったと思います。主イエスの愛はそういうふうに、私たちの間違った生活に気づかせます。そして呼び出してくださいます。わたしについて来い、と言われます。わたしの後について来ればそれでいいのだ、と言われます。わたしのいる所にいてくれればいいのだと言われます。わたしの祝福の中にいてくれれば、それであなたは健やかになれると言われます。それが、主イエスの招きなのであります。お祈りをいたしましょう。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神様、あなたの貴き御名を讃美いたします。今御子イエス・キリストは、わたしたちのところに客となって来てくださいました。それは「丈夫な人」と思い込んでいる私たちが本当は「病める者」であることに気づかせ、主が与えてくださる祝福と平安によって私たちを癒すためであります。どうか、その癒しを心を開いて素直に受け取ることができますよう、私たちを導いていてください。日本列島は今、大きな被害をもたらす台風と異例とも言える酷暑に見舞われています。どうか、この新しい一週間をあなたの御手の守りの中で無事に過ごすことができますよう、一人一人を支えていてください。今日は広島に原爆が落とされた日です。私たちの世界が核使用という愚かさを二度と繰り返すことがないよう、どうか導いていてください。このひと言の切なるお祈りを、主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

救いへの突進

マルコによる福音書2章1~12節  2023年7月30日(日)主日礼拝説教 

牧師 藤田浩喜

「四人の男が中風の人を運んで来た。しかし、群衆に阻まれて、イエスのもとに連れて行くことができなかったので、イエスがおられる辺りの屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした」。病気の人を主イエスのところに連れて行こうとする人々がおりました。病人を連れて行こうとしますと、群衆がいっぱいいて、なかなか主イエスのところに行くことができませんでした。彼らは屋根にのぼり、穴をあけて病人を主イエスの前につり降ろしたと書かれています。信仰というものには、妨げがあるということを示唆している出来事ではないかと思います。神に近づこうとすると、そこに妨げが入ってくるのです。あるいは、祈ろうとすると、そこになんらかの妨げが入ってくるということです。四人はその妨げを突き抜けて近づいて行きました。自分たちと共にいる病気の友人のために、その妨げを越えて、主イエスのところに行ったのです。屋根がどんな屋根であったか詳しいことは分かりませんが、おそらく当時の建物からしますと、フラットな屋根であっただろうと思います。そして、家の外側には、屋根の上にのぼる階段がついていたようです。彼らはそこからのぼって行って、群衆のために近づけないので屋根をこじあけたのであります。

 「イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に『子よ、あなたの罪は赦される』と、言われた」。「その人たちの信仰を見て」と書いてあります。そしてこの中風の人を癒されたということが最終的に言われているのです。その信仰というのは何かと言えば、おそらく困難を越えて近づいて行く信仰のことでありました。信仰というものはさまざまな困難を越えて近づいて行くところに、表われてくるのです。困難、妨げるもの、それは、人々の群れでありました。世間の常識がある場合には、困難ということであるかもしれません。あるいは、この世の騒がしさが信仰を妨げる困難であるかもしれません。そういう妨げを越えて行った人々の信仰というものに対して、主イエスは答えられたのだと聖書は言っているのです。つまり、信仰というものは妨げを突き抜けて、初めてそこで、生きたものとして証しがなされるのであります。

 人々は、床のままで病める人を、主イエスの目の前につり降ろしました。ずいぶん乱暴なやり方です。彼らは自分たちの困難を主イエスの前に、言わば突き出したのです。ありのまま突き出した。自分たちの今、悩んでいる課題、痛みというものをそのまま主イエスの前に突き出したのです。そこには体裁も、礼儀もありませんでした。実に不躾なやり方で主イエスの前に、病人を連れて行ったのです。しかし、主イエスは彼らの求めに答えられました。なぜならば、主イエスとの交わり、出会いというものは、そういう仕方で生まれるからです。私たちの抱えている問題や、痛みや苦しみが、そのまま持ち出される。そこから、救い主との交わりというものは始まるのです。それがなければ始まらないと言わなければなりません。私たちが日々担っている重荷や課題、それを持って私たちは、神に、救い主に出会っていくのです。それなしに、私たちが神に出会う道というものはありません。何か、いろいろ考えて結局、神がいるんじゃないか、というふうなことではないのです。自分が担っている課題を背負って、そしてそれを突き出して行くという中で、私たちは救い主に出会って行くのです。神は私たちの声を聞くことを求めておられるのです。私たちのぎりぎりの声を聞くことを、神は待っておられる。その一点から神との出会いは始まるのです。

 主イエスは、「彼らの信仰を見て」と言われています。彼らの信仰です。病気の人の信仰というのではありません。病気の人を連れて来た人たちの信仰とも考えられますし、あるいはこの病気の人を含めて、五人の人たちの信仰のことを指しているのかもしれません。この人々の信仰を見て、主イエスはその信仰に答えられたというのです。一人の病人に答えられたというよりも、五人のこの人々の求めに答えられたのです。

この人々は問題のない人々のグループではありませんでした。健康な人々だけが集まっているグループではありませんでした。病気の人たちを自分たちの中に抱えこんでいる、そういう共同体でありました。病める人の痛みを自分たちの痛みとして、病める人の課題を自分たちの課題として担っている、そういう交わりでした。彼らは自分たちの中に一人の病める人を抱えこみ、担い、その人のために行動し、その人のために声をあげ、そしてキリストに近づいたのです。主イエスはその人々の求めに答えられました。つまり、主イエスはこの中風の人を癒されることによって、この五人の人たちの共同体全体に答えられたのです。

この病める人というのは、このグループの誰でもありうることでした。この時にはこの人であり、別の時には別の人が病むということがある。ある時にはある人が弱り、他の時には別の人が弱るということがありうる。ある時にはこの人が困っており、ある時には他の人が切羽詰まるということがありうるものです。その弱さを共に悩みながら、その痛みをいっしょに痛みながら、共に重荷を負い合い助けを求めて行く。そうしていっしょに癒されて行く。それが共同体です。それが信仰の共同体であります。

聖書はこの共同体のことを、別のところでは「体」というふうに言っています。私たちは「体」だと言っています。ある者は「体」の手であり、ある者は足であり、ある者は目であり、ある者は口だ。その「体」のひとつが痛めば他もいっしょに悩む。そういう「体」だと言うのです。一つの「肢体」の調子が良くなれば「体」全体が喜ぶ。それが人間の共同体だと、聖書は言うのです。つまり、人間は、そのようにして一人一人として神の前に生かされて行くのではなく、一つの共同体として神の前に生かされ、そして神の前で癒されて行く存在だということです。どうしてこんな重荷を自分たちが背負わなければならないかと、私たちは思うかもしれない。しかしそうではない。それを担って行く中で、自分たちが癒されて行く。そういう形でしか、人間というものは、神によって癒され得ない存在だということを知らなければなりません。自分だけ癒されるなんてことはありえない。いっしょに重荷を担い合いながら、いっしょに課題を担い合いながら痛みを背負いながら、そして共にそこで癒されて行く。そこに、神の前に生きる共同体があるのであります。

 主イエスの癒しの言葉は、こうでありました。先ず「あなたの罪はゆるされる」ということであり、「起きて歩け」というものでした。赦されるということは、言うまでもなく神に赦されるという意味です。あなたの罪は神に赦される。神に受け入れられる。こういった時に人の赦しのために重荷を負う、十字架を負うという主イエスの決意がこめられているのです。キリストが赦すと言われた時には、背後にキリストの苦難があることを忘れてはなりません。人は赦され、そして受け入れられて、初めて歩くことができるのです。だから「赦された」と言い、「起きて歩け」と言われるのです。赦されたから、あなたは神に受け入れられているから、自分らしく起きて歩いて行きなさい、と。

 子どもは自分を愛してくれている人、自分を受け入れてくれる人の前で、真に子どもらしく振る舞うことができます。子どもらしく遊ぶ。しかし、知らない所で誰かに監視されたり、監督されたりしている状況の中で、子どもは子どもらしく振る舞うことはできません。萎縮をしてしまうのです。

 聖書の中に、タラントンの話があります(マタイ福音書25:14~30)。主人が旅に行く時に、僕たちにお金を預けます。ある者には五タラントン、ある者には二タラントンを預ける。たくさんのお金です。そして、ある者には一タラントンを預けて旅に出ます。五タラントンを預かった者は、その五タラントンで、主人がいなくなった間に商売をして五タラントンを儲けた。しかし、一タラントン預けられた人は、それを土の中に隠しておいた。主人が帰って来た時に、それを土から出してきて、主人に返したというのです。主人は、彼をこの屋敷から追い払えと言って、彼を排除するわけですが、その時に一タラントン預けられた人が言った言葉があります。こう言ったのです。「あなたが、過酷な人で、まかないところから刈り、散らさないところから集めるような残酷な人だと知っていたから、この預けられたお金を土の中に隠しておいたのです。そのまま、ここにあります」。

 このことは、私たちにたいへん重要なことを教えていると思うのです。主人が監視している、主人は自分を監督している。採点をしているとしか思えない時に、人は生きられないのです。自分が何か意地の悪い神か運命のもとで生かされているとしか思えない時に、私たちは生きることはできないのです。何をしても失敗するかもしれないと、恐れなければならない、失敗したらどうしようかと恐れなければならない。五タラントン預けられた人も、二タラントン預けられた人も、彼らは商売をしたと書いてあります。商売というものは、失敗をするかも知れません。失敗をする危険があります。しかし、彼らは失敗を恐れませんでした。主人が自分たちに任せてくれていると思ったから、彼らは疑わないで、失敗を恐れないで、この自分に与えられたタラントンを働かせたのです。失敗を恐れず、自分らしく生きる者が、人生の収穫を得ることができるのだと聖書は言っているのです。びくびくしながら、何かを恐れながら生きているかぎり、私たちは、何もこの人生から収穫を得ることはできない。あのたとえ話は、そのことを私たちに伝えているのです。

 主イエスは言われました。「あなたの罪はゆるされる、だから起きて歩きなさい」。あなたは、神に受け入れられ、赦されているのだから、だからあなたらしく生きて行きなさい。赦された者として、神を信頼して、自分の足で歩いて行きなさい。意地の悪いまなざしのもとにあるのではない。イエス・キリストによる赦しのうちに、祝福のうちに、私たちの命は今あるのです。それ以外ではない。だから失敗を恐れないで、自分の足で歩いて行きなさい。自分らしく歩いて行きなさい。そのために私たちは救われているのです。びくびくしながら生きるためでなく、私が私らしく生きることのできるために、私たちは神のもとに引き寄せられているのです。私たちはそういう命に今、生かされているのだということをぜひ覚えたいと思います。お祈りをいたしましょう。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神様、あなたの貴き御名を讃美いたします。今日も敬愛する兄弟姉妹と共に、教会においてあるいはネットを通して礼拝を守ることができましたことを感謝いたします。中風の友達を主の目の前に運んできた人たちの出来事を通して、私たちは信仰に生きる共同体のあり方を示されました。私たち教会も、様々なことが起こります。群れの中に病気に苦しむ兄弟姉妹があり、大きな困難に立たされる兄弟姉妹があります。そしてそれは私たちの誰にでも起こることなのです。神さまどうか、私たちの教会がそのような悩みや苦しみを共に担い合うことができますよう、導き強めていてください。群れの一人が癒されるために心を合わせて祈り、そのことを通して群全体が健やかにされていくことができますよう、支えていてください。前例のないような猛暑の日々が続いています。どうか、教会につながる兄弟姉妹一人一人の心身の健康をお守りください。この世界にあなたにある平和をもたらしてください。このひと言のお祈りを、主イエス・キリストの御名を通して、お捧げいたします。アーメン。

主イエスは深く憐れまれて

マルコによる福音書1章40~45節 2023年7月23日(日)主日礼拝説教 

牧師 藤田浩喜

今朝、私たちに与えられております御言葉は、重い皮膚病を患っている人が主イエスによって癒やされたということが記されています。この「重い皮膚病」というのは、以前は「らい病」と訳されておりました。皆さんがお持ちの聖書には「らい病」と訳されているものあると思います。「らい病」というのは、現在は「ハンセン病」とも呼ばれているものです。しかし、現在ではこの「重い皮膚病」というのは、「らい病」「ハンセン病」と同じではないと考えられています。でも、この聖書の「重い皮膚病」にかかった人が、社会全体から差別を受け、はじき出され、隔離されたりしたのは、ハンセン病にかかった人と同じでありました。

この「らい病」「ハンセン病」にかかった人に対してなされた差別の歴史というものは、忘れてはならないものだと私は思っています。現在の日本では、この病気を発病する人は一人もいません。しかし、以前はこの病を治す薬もなく、大変恐れられて、天が刑罰を下したためにかかる病、「天刑病」とまで呼ばれていたのです。日本はこの病のために法律を作り、この病にかかった人は世間と交流することがない、隔離された施設に入らなければならないとしたのです。一度入ったら二度と出ることのできない施設です。この病にかかった人は名前を変え、家族もその人がどこに行ったのかを隠しました。このような政府の対応が不当であり、世間の差別を助長したということは確かでしょう。現在発病する人は一人もいないわけですから、このような施設に新しく入ってくる人はいませんし、住む人も高齢化しています。やがて、忘れられていくのかもしれません。しかし、それでよいのかと思います。

この重い皮膚病にかかった人はどうしなければならなかったか。レビ記13章45~46節に「重い皮膚病にかかっている患者は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、『わたしは汚れた者です。汚れた者です』と呼ばわらねばならない。この症状があるかぎり、その人は汚れている。その人は独りで宿営の外に住まねばならない」と記されています。この病気にかかった人は「宿営の外に住まねばならない」のですから、主イエスの時代でも町の中に住むことができなかったのです。そして、誰かと会えば、「わたしは汚れた者です」と自分の口で呼ばわらなければならなかったのです。まことにつらいことだったでしょう。

 そのような人が主イエスの所に来たのです。理由ははっきりしていると思います。主イエスが様々な病を癒やされたということを聞いたからでしょう。主イエスなら自分のこの病も癒やしてくれるのではないか。そう期待したからです。しかし、この人が自分から町の中にいる主イエスの所に出かけて行ったというのは考えにくいと思います。重い皮膚病にかかっていることは、見た目で分かります。そのような人が町に入ってくれば大変な騒動になったでしょうし、石をもって追われかねなかったと思います。ですから、主イエスが町から町へ、村から村へと回る中で、町や村に入る前の所で、この人は主イエスを待っていたのではないでしょうか。この方なら私を癒やしてくれる。そう期待し、この方が来るのを待つ。どれくらい待ったのでしょう。一週間、二週間、一ヶ月と待ったかもしれません。 

そして、遂に主イエスが来られた。彼は主イエスの所に来て、ひざまずき、そしてこう願ったのです。「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります。」何とも回りくどい言い方です。「わたしを清くしてください。」そう言えばよさそうなものです。しかし、彼は「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言ったのです。この言い方の中に、この人の主イエスに対する思いが表れているのだと思います。これは、「イエス様、あなたがそうしようと思われるなら、わたしを清くすることがおできになる」ということです。確かにこの男の人は、「癒やしてください」「清くしてください」との思いを強く持ちつつも、「そうなるかどうかは、そうしてくださるかどうかは、イエス様、あなたの意思、あなたの思い一つです」と言ったわけです。

これは自分の願いを主イエスにぶつけるということ以上に、主イエスの意思、御心によって事が起きるのだという、彼の信仰が言い表されていると言ってよいと思います。それに対して、主イエスは「よろしい。清くなれ」と言われた。これも直訳すれば、「わたしは望む。清くなれ」「わたしは意思する。清くなれ」ということなのです。実に、このいやしは主イエスの意思によって行われたのだ。そのことがはっきり示されているのです。

 さて、この時の主イエスの御心でありますが、聖書は「イエスが深く憐れんで」と記しています。この「深く憐れんで」という言葉ですが、これは聖書において主イエスにだけ使われている言葉です。その意味は、「はらわたが痛む」というニュアンスを持つ言葉なのです。主イエスは、この重い皮膚病にかかった人と出会い、その思いを受け取り、「はらわたが痛む」ように憐れんだのです。「憐れむ」という日本語には、上の者が下の者に向かって、これを見て憐れに思うというニュアンスがあります。しかし、主イエスはこの時この人に対して、そのように思われたのではないのです。この人が置かれている状況、今までの歩み、そのようなものを主イエスは見通されたのでしょう。そして、はらわたが痛んだのです。これが主イエスの御心であり、主イエスの憐れみであり、主イエスの愛なのです。主イエスは、この思いを私たち一人一人に対してもお持ちなのです。

◎主イエスは、この時この男の人に「手を差し伸べて触れ」ました。この男の人は汚れた者だと思われていたわけですから、それは汚れた男に触れた人もまた汚れるということを意味していました。しかし、主イエスはそんなことは少しも気になさらないのです。この時、主イエスはこの男の人のどこに触れたのでしょうか。聖書には記してありませんので分からないと言えばその通りなのですが、私はこう思っています。この時主イエスは、この男の人の最も激しく病に冒されている患部、醜くただれた患部、自分も見たくないような最も汚れているそこに、手を伸ばして触れられたに違いない。なぜなら、主イエスはいつもそうされるからです。私たちが自分でも見たくない、触れたくない、隠しておきたい、そういう汚れた所に主イエスは触れてくる。そして、清め、癒やすのです。私たちの罪が赦されるというのも、そういうことです。私たちは、自分が罪人であるなどということは認めたくないのです。そんな所は人にも自分にも隠しておきたいのです。しかし、主イエスは「それを、わたしに隠しておいては駄目だ。そこが清められなければ、そこが癒やされなければ、あなたは健やかになれないではないか。」そう私たちに迫られるのです。

さて、この男の人は主イエスに重い皮膚病を癒やしてもらってどうなったでしょうか。主イエスはこの男の人を去らせる前に、厳しく注意して、こう告げました。44節「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」主イエスは、祭司に体を見せて、清めの献げものを献げて、人々に証明するように言われたのです。この重い皮膚病は、単に癒やされるだけではダメだったからです。この病は汚れによるものと考えられておりましたから、清められたということが明らかにならなければ、社会復帰ができなかったのです。

 そして、主イエスは「だれにも、何も話さないように気をつけなさい」と言われました。どうしてでしょうか。それは、この後を見れば分かります。45節「しかし、彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。それで、イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた」とあります。この男の人は、主イエスの言いつけを守らず、「大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた」のです。気持ちは分かります。嬉しくて仕方がなかったのでしょう。主イエスはそうなることが分かっていたので、「だれにも、何も話さないように」とわざわざ言われたのでしょう。それでも、この男の人は主イエスの言われた通りにはしなかったのです。その結果、何が起きたでしょうか。主イエスは「公然と町に入ることができ」なくなってしまったのです。主イエスは町の外の、人のいない所にいるしかなくなってしまったのです。なぜか。それは、人々がこの男の人の癒やしを聞いて、主イエスに目に見える癒やしだけを求めて、集まって来るようになったからです。

 人々は主イエスにこのような目に見える癒やしだけを求めました。しかし、主イエスが来られたのはそのためではなかったのです。神の国の到来を告げ、悔い改めて福音を信じるようにと告げるためでした。しかし、人々はそんなことには関心がなく、目に見える癒やしだけを求めて集まって来た。その結果、主イエスは町の中に入ることさえできなくなってしまったということなのです。

この男の人は、町の中に入ることができるようになりました。その結果、主イエスは町の外にいることになったのです。この男の人はそのことが分かっていないのです。町の中に入れなかった男の人は町の中に入るようになり、町の中に入れていた主イエスは入れないようになった。それが、主イエスによるこの男の人の癒やし、清めにおいて起きたことなのです。コリントの信徒への手紙二8章9節にはこう言われています。「主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。」重い皮膚病の人が癒やされ、清められ、町の中に入れるようになると、主イエスは町の外にいるようにされたのです。

この御言葉は、何よりも十字架の出来事を指し示しています。私たちの救い、私たちの清めには、対価があるのです。確かに、私たちは無償で救われました。ただ主イエスを信じる信仰だけで救われました。しかしそれは、私たちに代わって、私たちのために、その対価を支払った方がおられたからです。犠牲となってくださった方がおられたからです。十字架という、自らの命をもって私たちの罪の対価を支払ってくださった方がいた。主イエス・キリストです。その尊い血潮をもって、一切の罪の裁きから解き放たれ、自由になり、救われたのが私たちなのです。私たちの救いは、この神の御子の身代わりという出来事なしにはあり得ないのです。そのことを心に刻みつつ、今日から始まる新しい一週間を歩んでまいりましょう。お祈りをいたします。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を心から讃美いたします。今日も愛する兄弟姉妹を教会に集め、共に礼拝を捧げることができましたことを、心から感謝いたします。一人の重い皮膚病を患っている人の出来事を通して、御言葉に聞きました。主イエスは深く憐れんで、この男の人を癒されました。しかしそれは上からの憐れみではなく、はらわたが痛むような強い思いからなされました。主はその人が生きなければならなかった過酷としかいえない状況に思いを重ねて下さり、自らがその苦しみを引き受けるようにして、癒しを与えてくださいました。その主イエスの思いは私たち一人一人の上にも向けられていることを、どうか覚えさせたください。今まで経験したことのないような酷暑の日々が続きます。どうか、教会につながる兄弟姉妹一人一人を守り支えていてください。各地で大雨による水害も起きています。被害に遭われた多くの方々をあなたが顧みてくださり、支えと励ましを与えてください。このひと言の切なる願いを、主イエス・キリストの御名を通してお捧げいたします。アーメン。

真実を知るゆえの誠実

ルツ記3章1~18節 2023年7月16日 主日礼拝説教

牧師 藤田浩喜

◎ルツ記を月に一度学んでいますが、今日はその3回目です。ルツはボアズという人の畑にたまたま行き、そこでルツのことを伝え聞いていたボアズから、様々な親切を受けました。たくさんの落ち穂を拾わせてもらい、食べきれないほどの炒り麦を昼食としてもらいました。しかも、それだけではありません。これから大麦や小麦の収穫が終わるまで、他の畑には行かないで、ボアズの畑で落ち穂を拾うことができるよう、便宜を図ってくれたのです。

◎夕暮れになり、ルツはナオミのもとに帰ります。ルツの手には、1エファ(36ℓ)ほどの大麦と、ルツが昼食時に食べきれなかった炒り麦が携えられていました。ナオミはそれを見て、目を見張ります。驚いたナオミはルツに、次のように言ったのでした。「今日は一体どこで落ち穂を拾い集めたのですか。どこで働いてきたのですか。あなたに目をかけてくださった方に祝福がありますように」(19節)。ルツに親切を示してくれた人のおかげで、このように多くのものを持ち帰れたことが、ナオミには分かったのです。

それを聞いてルツは、今日行った畑の主が、ボアズという名前の人だったことを報告します。するとナオミは、その名を聞いて思い出したに違いありません。彼女は、もう一度祝福の言葉を述べながら、次のように言ったのです。「その人はわたしたちと縁続きの人です。わたしたちの家を絶やさないようにする責任のある一人です」(20節)。ナオミはこの有力な親戚の名前を聞き、たまたまルツが落ち穂拾いに行った先がその人の畑だったことを聞き、不思議な思いに捉えられたに違いありません。何か新しいことが、自分と異邦人の嫁ルツに起こりつつあるのではないかと、感じたのではないでしょうか。それまでの無気力で、生きることすら苦痛であったナオミに、小さな明るい兆しが生まれつつありました。そして彼女は、ルツに向かって、ボアズの示してくれた親切に甘えて、収穫の季節が終わるまで、これからも彼の畑で落ち穂拾いをするように、ルツを励ましたのでありました。

◎大麦と小麦の収穫は、約2ヶ月であったと言われます。ルツは、来る日も来る日も、ボアズの所有する畑に行って、雇われた女性たちと一緒に、落ち穂を拾い続けました。その中で毎日ではないにしても、主人のボアズと顔を合わせたり、言葉を交わしながら、昼食を共にしたりしたことでしょう。そうした中で、ボアズとルツの心は、少しずつ通い合っていったのではないでしょうか。ナオミも毎日、ルツの顔色、膚つや、立ち居振る舞い、ボアズの好意の数々をじっと観察しながら、二人の間に芽生えた愛情を感じ取っていたに違いありません。私の経験から申し上げても、こういった男女間の変化には、男性よりも女性の方が敏感であるように思われます。そこでナオミは、新しい事態が開かれるようにと、大変大胆な行動へと、ルツを促したのです。

3章1節の後半です。「わたしの娘よ、わたしはあなたが幸せになる落ち着き先を探してきました。あなたが一緒に働いてきた女たちの雇い主はわたしたちの親戚です。あの人は今晩、麦打ち場で大麦をふるい分けるそうです。体を洗って香油を塗り、肩掛けを羽織って麦打ち場に下って行きなさい。ただあの人が食事を済ませ、飲み終わるまでは気づかれないようにしなさい。あの人が休むとき、その場所を見届けておいて、後でそばへ行き、あの人の衣の裾で身を覆って横になりなさい。その後すべきことは、あの人が教えてくれるでしょう」(1~4節)。

ナオミは常軌を逸したようなことを、ルツに促しているように見えるかも知れません。しかし、今日の箇所に登場するナオミもルツもボアズも、お互いに対する愛と責任のゆえに、思い切った決断と行動に出ているのです。思い返してみれば、モアブの地で息子たちを失ったとき、姑のナオミが一番案じたのは、嫁たちが幸せになるための落ち着き先でした。それを得させようと、モアブの故郷に帰るように、ナオミは強く促したのでした。ルツはナオミと共にいることを選んで姑に付いてきましたが、「幸せになる落ち着き先」を見つけることは、ナオミが決して忘れることのない宿題であったに違いありません。彼女はルツの毎日の様子を見ながら、思いを寄せ始めているボアズとの結婚の道を開こうと、大胆かつ綿密な行動へと、ルツを向かわせたのです。

勿論、自分たちに責任のある有力な親戚ボアズに、ナオミが直接、ルツとの結婚を願い出てもよかったのではないかと、思われる方がおられるでしょう。そう考えるのも無理はありません。しかし、ナオミが感じているのは、二人の心が通い合っているという気配であり、どこまでも推測の域を出るものではありません。また、ルツを「わたしの娘よ」(10節)と呼んでいるボアズは、ルツとはだいぶ歳が離れていたようであり、ルツの本心が分からない状況では、たとえ姑が結婚を頼んできたとしても、まともに取り合おうとしなかったのではないでしょうか。人間通のナオミは、そうしたことも見通した上で、ルツを大胆な行動へと向かわせたと思うのです。

ナオミの大胆な提案に対して、ルツはどうしたでしょう。5節以下を見ますと、次のようにあるのです。「ルツは、『言われるとおりにいたします』と言い、麦打ち場に下って行き、しゅうとめに命じられたとおりにした。ボアズは食事をし、飲み終わると心地よくなって、山と積まれた麦束の端に身を横たえた。ルツは忍び寄り、彼の衣の裾で身を覆って横になった」(5~7節)。ルツは何の躊躇もなく姑の言う通りにし、ボアズのもとに赴いたのです。

モアブの地では、郷(さと)に帰るよう言われても、決して従わなかったルツが、ここでは何の迷いもないかのように、大胆に行動しているのです。勿論、そこにはボアズに対して、ルツが思いを寄せていたこともあったに違いありません。しかしルツもまた、ボアズが本当のところ自分をどう思っているか、確信を持てたわけではないでしょう。しかし、ルツにはナオミのために、しなければならないことがありました。それはナオミのために安定した生活を保障してあげること。そればかりでなく、すべてのものを失い、からっぽになって故郷に帰ってきたナオミのために、エリメレクの家を再興し、子孫を残すことでありました。ナオミに対するそのような愛と責任の故に、ルツも大胆な行動に出ることを辞さなかったのです。

そのようなルツの思いは、ルツがいることにボアズが気づいたときに、彼女が語った言葉にもよく表れています。ルツはボアズに、次のように言うのです。「わたしは、あなたのはしためルツです。どうぞあなたの衣の裾を広げて、このはしためを覆ってください。あなたは家を絶やさぬ責任のある方です」(9節)。ルツは、ボアズがエリメレクの家を再興する責任を負っている親戚であり、その力を持つ人であることが分かっていました。そのような責任を負う立場にある親戚を、ヘブル語では「ゴーエール」と言いますが、ボアズはその有力な一人でした。ルツは自分の願いからだけでなく、むしろ姑のために、ボアズが自分たちの庇護者になってくれるように、一心に願うのです。

◎そのようなルツの思いと行動を、当のボアズはどう受け留めたでしょう。彼もまた、真正面からルツの思いと決断を受け留めました。彼は次のように言うのです。「わたしの娘よ。どうかあなたの主の祝福があるように。あなたは、若者なら、富のあるなしにかかわらず追いかけるというようなことをしなかった。今あなたが示した真心は、今までの真心よりまさっています。わたしの娘よ、心配しなくていい。きっと、あなたの言うとおりにします」(10~11節)。ボアズもまた、「ゴーエール」の責任のゆえに、そしてルツへの愛の故に、ルツの願いを真正面から受け留めることを約束したのでした。

ここでボアズが「あなたは、若者なら、富のあるなしにかかわらず追いかけるというようなことをしなかった」と言っています。若ければ若いというだけでその後を追っかけるような風潮が、当時はあったようです。先ほど述べましたように、ボアズとルツはだいぶ年齢差があったようですが、ルツはそうした風潮に流されることはありませんでした。

また、「今あなたが示した真心は、今までの真心よりまさっています」とは、少しわかりにくいかも知れませんが、今示したルツの真心と、これまでの真心が比べられています。この真心という言葉は原語では「ヘセド」という言葉であり、神さまにはついては「真実」と訳され、人間については「誠実」とか「真心」と訳されます。神さまの「ヘセド」(真実)を知る人間が、それに励まされて他者に示すのが、人間の「ヘセド」つまり「誠実」であり「真心」なのです。ルツはこの「真心」のゆえに、故郷のモアブを捨て、ナオミの故郷であるベツレヘムにやって来ました。そして姑と自分が生きるために、毎日落ち穂拾いに出かけたのです。それが彼女の、今までの「真心」でした。ところが彼女は、姑のためにエリメレクの家を再興し、その子孫を残すために、ボアズの庇護を求め、結婚を申し出ています。その彼女の重い決断を、ボアズは「今あなたが示した真心」だと言っています。そしてその「真心」は、今までの「真心」よりもまさっていると言って、ルツの行動に心から感動しているのです。その真剣な決断に対して、彼もまた、真剣な決断で応えようとしているのです。

◎しかし、ボアズが言っていますように、「ゴーエール」の立場にいるのは、彼だけではありませんでした。ボアズ以上に、エリメレクの家に責任のある人が、エルサレムにはいました。その人が、「自分が責任を果たす」と言うならば、ボアズは引き下がるより他はなく、ルツと結婚することもかないません。そこでボアズは、明日その人と話をつけることを、ルツに約束した上で、「朝まで休みなさい」とルツに言うのでした。

ボアズは、そのような約束をした後、ルツをナオミのもとに帰すこともできました。所期の目的は果たされたからです。それなのになぜ、ルツを長く引き留めたのか。それは想像するほかはありませんが、よく言われるのは、夜中に外を歩き回ることで彼女が危険に晒されることを、ボアズが避けたかったからという説です。この説はもっともであり、ボアズの高潔な性格をよくあらわしています。しかし、ボアズはここでルツを自分の傍らに置いておきたい、せめて同じ場所にいてほしいと願ったのではないでしょうか。なぜなら、翌朝、最も親しい親戚が、どのような決断を下すかは、彼には分からないからです。ひょっとしたら、ボアズがルツとともに二人だけの時間をもてるのは、これが最初で最後かもしれないからです。こうした切ない思いを想像することは、たとえそれが聖書であったとしても、許されるのではないでしょうか。

◎さて、今日の3章1~18節を見てきましたが、そこにはお互いの愛と責任のゆえに、大きな決断をした3人の姿が語られていました。それは「ゴーエール」という当時の制度をめぐるものでしたが、ナオミもルツもボアズも、相手の人生において失われたものを、その人のために取り戻そう、買い戻そうとして、大きな決断をしました。その意味で「ゴーエール」という制度が、一族の中で子孫や土地を失った者を、その人に代わって親族が贖い、買い戻す制度であったことは、大変示唆的であったと思うのです。

私たち人間は、ナオミがそうであったように、人生において色々な掛けがいのないものを失ってしまいます。すっかり虚ろになり、生きる気力さえ失ってしまうことがあります。しかし、神さまはそのような虚ろなままで、人間を放置されることはありません。神さまはご自身が私たちの「ゴーエール」として、私たちの喪失したものを贖い、買い戻し、取り戻してくださいます。神さまは、ご自身の「ヘセド」(真実)のゆえに、贖い、買い戻し、取り戻してくださいます。それが最も端的に現れたのが、旧約における出エジプトであり、新約におけるイエス・キリストの十字架と復活だったのです。人間が罪によって喪失した最大のものを、神は取り戻してくださったのです。

そして、神の「ゴーエール」をイスラエルにおいて人間の間で映し出すものが、「ゴーエール」という制度への誠実であったのです。人間が神の真実に励まされ、他者のために真心をもって、保護と援助の手を差し伸べようとする。そのために愛と責任に基づく決断と行動をする。そのことは他でもありません。主なる神さまの救いと保護を、力強く証しものでもあるのです。それは、ルツの時代だけでなく私たちの時代においても、神さまが願われていることなのです。今日の箇所はそのことを、私たちに教えているのです。お祈りをいたしましょう。

【祈り】私たちの主イエス・キリストの父なる神様、あなたの貴き御名を心から讃美いたします。神様あなたは、信じる者たちのために「真実」を示してくださいます。その真実のゆえに、私たちが罪のゆえに喪ったものを、御子イエス・キリストによって贖い出してくださいました。どうか、そのようなあなたの真実に励まされて、私たちもそれぞれの場で誠実に、愛と責任をもって生きていくことができますよう、強めていてください。暑さの大変厳しい日が続いています。どうか教会につながる兄弟姉妹の健康を支え、日々の歩みを導いていてください。この拙きひと言のお祈りを、私たちの主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

祈りにおいてこそ知る喜び

マルコによる福音書1章29~39節 2023年7月9日(日)主日礼拝説教

牧師 藤田浩喜

◎木曜日にテレビを見ていましたら、「亀山リトリート」という看板が目に飛び込んできました。何でも最近は人込みを避けて、自然の豊かな場所でのんびり疲れを癒したり、キャンプをしたりするのが人気で、それがリトリートと呼ばれているとのことでした。その情報の紹介は他の場所についてものでしたので、「亀山リトリート」とはいったいどこだろうと気になりました。わたしは三重県の亀山市の生まれなので「もしや」と思ってググってみると、なんとそれは千葉県の君津市にあることが分かりました。「三重県の亀山じゃないんだ。でも千葉県の君津なら行ける!」近いうちにぜひ行ってみたいと思っています。

◎さて、今日読んでいただいた箇所の最後の方、35節を見ますと、「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた」と記されています。主イエスは日頃から毎朝、父なる神様に祈っておられたに違いありません。それは敬虔なユダヤ人の習慣でもありました。しかし、聖書を読むと、主イエスは時々人里離れた寂しい所へ行き、独り祈られることがありました。誰にも妨げられず、父なる神様と祈りの交わりを持たれたのです。

世々のキリスト教会は、この主イエスに倣って、日常生活の慌ただしさを避けて、自然の豊かな場所に行ってお祈りをしたり、黙想をして自分を見つめたりする時を大切にしてきました。それをキリスト教会も「リトリート」(退修・しりぞいておさめる)として大事にしてきたのです。今はなかなかできませんが、教会に集う人たちが自然の豊かな宿泊施設などに出かけて修養会を持つということがよく行われました。これもリトリートの一つであったのだと思います。

では、主イエスはなぜ、人里離れた所へ行って、静かに祈られたのでしょうか。ある聖書の注釈書は、「主イエスがそのような時と場所を要求する人間性をもっておられたからだ」と書いています。別の注釈者は、人里離れた所で祈られる「主イエスは完全な人間性を表わしている」と書いています。主イエスは私たちと同じ「真の人」として、リトリートの時を持たれたのです。いな、リトリートの時を持たずにはおられなかったのです。

思い出してみると、主イエスは宣教や病気の癒しなど、多くの業をなさった後で、寂しい所に退き祈られました。今日の箇所のような時がそれでしょう。33節にあるように、「町中の人が、(主イエスのおられた)家の戸口に集まって」来たので、主は色んな病気にかかっている大勢の人たちを癒され、悪霊を追い出されたりしたのです。また、主イエスは自分と一緒に福音宣教を担う12弟子を選んで派遣する時も祈られました。ゲッセマネの園で十字架の杯を受けるか否か、血の汗を滴らせて悩まれた時も一人祈られました。福音宣教を始められる前、荒れ野でサタン・悪魔の試みに遭われた時も、独りで祈られました。このように主イエスは「真の人」として、延々と続く御業に疲れたとき、大きな誘惑を受けた時、そして重大な決断をなそうとした時、力と導きを求めて神様に祈られたのです。そして、日頃の喧騒を離れて独り父なる神様と向き合うことは、主イエスがそうであるからには、どの人間にとっても必要なことなのです。「真の人」であるイエス・キリストが人生の節目節目でリトリートの時を必要とされたのですから、リトリートを必要としない人間など一人もいないのです。独り神さまの前に静まって、思いを神様に向けて祈り続ける。一生の中で、幾多の山や谷を通って行かなければならない私たちなのですから、日毎の祈りに加えて、独り一途に祈りに集中しなければならない時が私たちにはあるのです。

 ヘブライ人への手紙5章7節には、神と私たち人間を和解させる大祭司として仕えられた主イエスのことが記されています。主イエスは神と人間の仲立ちとなるために、「罪を犯されなったが、あらゆる点において、わたしたちと同様の試練に遭われたのです」(ヘブ4:15)。そのことが、5章7節で次のように記されているのです。新約聖書406頁です。「キリストは、肉において生きておられたとき、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いをささげ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れられました。」

 「真の人」である主イエスがそうであったように、私たちも肉に生きている人間です。肉である私たちは、弱さと愚かさに苛(さいな)まれています。その現実の姿を嫌というほど見せつけられて、激しい叫びをあげること、涙を流さなくてはならないことが、幾度もあるのではないでしょうか。

 主イエスは、地上では「真の人」として生きられました。それは私たち人間がどのようにこの地上の生活を歩んで行くかの模範を示してくださったのです。主イエスは、人間の生活において、活動すること、休息すること、祈ることが、生活の本質的なリズムであることを例示されます。そこから考えると最近人気のリトリートには、祈ることが欠けているのではないでしょうか。そして主イエスは、私たち人間にとって、どのような時に、どのように祈るべきかも例示してくださいます。人には過重なストレスに押しつぶされそうになる時、強烈な誘惑に引きずられそうになる時があります。大きな決断を迫られて、身がすくんでしまいそうになる時があります。それは人生のピンチというべき時です。そうした時にこそ、主イエスがなさったように祈りに集中することが最善の方法なのです。日頃の慌ただしい生活からひと時離れて、父なる神様の御前にひざまずき、祈りの時を持つ。祈りは静かな祈りである必要はありません。激しい叫び声をあげ、涙を流しながらでもよい。思いの丈(たけ)を思いっきりぶつけたらよい。そのような一途で必死な祈りを、神様もまた真剣に真正面から受け留め、お聞き入れくださるのです。真の人である主イエスが、私たちの模範となってくださったのです。

◎さて、主イエスが人里離れた所へ出て行って祈らなくてはならなくなった事の始まりは、主イエスがシモンとアンデレの家で、ペトロの姑の熱病を治したことが始まりでした。このいやしのうわさや前週学んだ悪霊に取りつかれた人から悪霊を追い出したうわさが広まりました。その結果、町中の人が戸口に集まってきました。主イエスは彼らの求めに応じて、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやしたり、また多くの悪霊を追い出したりなさいました(34節)。

 主イエスは多くの力ある業をなさって、ひどく疲れておられたに違いありません。その疲れをいやし、父なる神様と聖霊によって新しい力をいただくために、主イエスは人里離れた所へ出て行かれ、祈っておられました。しかし、シモンたち4人の弟子たちは、そんな主イエスの大切な祈りの時を無視するかのように

主を探し出し、「みんなが探しています」と告げたのでした。弟子たちは、主イエスが多くの病人をいやしたり、悪霊を追い出されたりしたのを見て、驚き、興奮していたのではないでしょうか。自分たちが従う決心をした方が、次々に力ある御業をなされるのを見て、弟子である自分たちも何か特別な者になったかのように錯覚してしまったのではないでしょうか。4人の弟子たちは主イエスがなさった力ある業に心奪われてしまい、熱病に浮かされるように舞い上がってしまったのです。そのような弟子たちと対照的なのが、今日のペトロの姑なのです。

 ペトロの姑は熱病にかかり、床に就いていました。主イエスは彼女のそばに行き、手を取って起こされます。すると彼女の熱は去り、彼女は一同をもてなした、とあるのです。姑の熱病がどのような症状であったのかは記されていません。しかし「熱を出す」という言葉は、「火」・ファイヤーという言葉から来ています。なので単に熱があるという軽いものではなく、全身が燃えるような高熱に苦しめられていたのかもしれません。「熱中症」という病気があるように、高熱は時として人の命を脅かすことすらあるのです。

 また、今日の箇所での「熱病」は、この箇所を解き明かす説教において、体の病以上のこととして読み解かれてきました。ヒエロニムスという古代の教父は、紀元4世紀にエルサレムでなされた説教において、次のように語っています。「ああ、その方がわれわれの家に来て、中に入り、その命令によってわれわれの罪の熱病を癒してくださるように。なぜなら、われわれの誰もが熱病に苦しむからである…。」ヒエロニムスは、ここの熱病を肉体にとどまらない罪の熱病と受け取っているのです。また、J.H.ニューマンという牧師は有名な祈りの中で、次のように祈っています。「おお主よ、一日中われわれを守ってください。…人生の熱病がなくなり、われわれの仕事が終わるまで。」ニューマンも熱病が肉体の病であるだけでなく、われわれ人間を熱にうなされるような状態にしてしまう深刻な人生の事柄として捉えているのです。熱にうなされるような状態に陥って、正常な判断を失ってしまう。その結果、取り返しのつかないような致命的な状況へと自分を追い込んでしまう。そのような数々の熱病が、私たちの人生を取り囲んでいるのではないでしょうか。

 しかし、今日の31節で「イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした」とあります。このシモンの姑の出来事は、肉体の熱病の癒しにはとどまりません。この癒しは、あらゆる種類の熱病を癒す主イエス・キリストの力と権威を示しているのです。

 主によって熱病をいやされたシモンの姑は、その後どうしたでしょう。「彼女は一同をもてなした」とあります。ここで使われている言葉は、原語では「仕える、給仕をする、奉仕をする、世話をする」という意味を持っています。多くの聖書註解者は、食事などの給仕をしたと理解しており、おそらくそうであっただろうと思います。しかし、「彼女は一同をもてなした」というさりげない表現は、主イエスの癒しに対する姑の応答が、己を低くして仕えるという弟子の本来のあり方を示しているように思うのです。主イエス御自身が己を低くして僕のように私たちに仕えてくださいました。その主に倣って自らへりくだり、謙遜に仕えていくことが、主の御後に従うことなのです。あの4人の弟子たちのように、熱病に浮かされたように、舞い上がってしまうことではないのです。

 姑は主イエスに癒された感謝の応答として、自分にできることを精いっぱい行いました。心をこめて行いました。新約聖書に記された女性たちの奉仕は、主の十字架を見守ったこと、なきがらに香油を塗りに行ったこと、身の回りの世話をしたことなどです。その場でできることを、たとえささやかであっても献身的に行ったことが、印象的に記されています。そのことを通して聖書は、救われたことに対する精いっぱいの感謝の応答こそが、主イエスに仕える者として主の御後に従うことだということを、私たちに示しているように思うのです。そのことを私たちも、心に刻みたいと思います。お祈りをいたします。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神様、あなたの御名を讃美いたします。今日も愛する兄弟姉妹を教会に集め、共に礼拝を捧げることができましたことを、心から感謝いたします。神様、主イエスは真の人としてこの地上の歩みを全うされました。主イエスの歩みの中に、私たち人間が追い求めるべき生き方があります。主のなされた祈りの中に、私たちに与えられた祈りの恵みと喜びがあることを、私たちの心に刻ませてください。今重い病床にある姉妹を顧み、永遠の命を賜る希望をもって姉妹を支えていてください。生きる上での様々な悩みと苦しみを抱えている兄弟姉妹を、あなたが支えていてください。この拙きひと言のお祈りを、主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

驚きを知る知恵

マルコによる福音書1章21~28節  2023年7月2日(日)主日礼拝説教

牧師 藤田浩喜

「一行はカファルナウムに着いた」(21節)とあります。主イエスと先週の箇所で弟子になった4人のことでありましょう。カファルナウムは縦長のガリラヤ湖の一番北に面した町で、当時は相当賑わっていたようです。税金を徴収する収税所があり、ローマの士官たちもここに駐在していました。主イエスは故郷ナザレを去って、この町を福音宣教の根拠地とされることになります。

21節に「イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた」とあります。会堂・シナゴークは、ユダヤ人の居住するあちらこちらの場所に建てられ、ユダヤ人の教育と安息日に行われる礼拝のために使用されていました。会堂には会堂司がおりまして、会堂の維持管理だけでなく、安息日の礼拝を準備しそれを進行する務めも担っていました。安息日の礼拝は土曜日に行われ、祈りを捧げ、聖書朗読がなされ、礼拝に出席した者が会堂司の促しを受けて、聖書を注釈して会衆に語っていたと言われます。そうした聖書の注釈は、多くの場合、律法の専門家である律法学者が行っていたのでしょう。しかし、この日は主イエスが会堂司に促されて、会衆に聖書の御言葉を解き明かしたのでした。

 すると、どうでしょう。「人々はその教えに非常に驚いた」(22節)とあります。この「驚いた」という言葉は、「驚嘆する」、「腰を抜かすほど驚く」という強い意味を持っています。聞いていた聴衆は、度肝を抜かれるような衝撃を受けたのです。どのような教えだったかは書かれていませんが、それは「神の国の福音」、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(1:15)を説くものであったでしょう。

 しかし会衆が驚嘆したのは、内容よりも主イエスがどう語ったかにありました。

「律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである」(22節)とあります。律法学者と主イエスでは、語る態度やその印象において決定的な違いがあったのです。律法学者は聖書の専門家です。当時の聖書の中心である律法を熟知していたのは勿論ですが、その律法について過去の偉大な学者たちがどのような見解を述べているかも知っていました。「偉大なラビ○○は、この聖書の箇所についてこう述べている…」と、会衆に語りかけました。彼らは過去の偉大な教師たちの言葉を引用して、自分の言葉の権威を示しました。私たち牧師の語る説教も、ある聖書註解者が指摘しているように、本質的には律法学者の言葉とそれほど変わるものではありません。

 しかし、主イエスはそうではありませんでした。主イエスは「権威ある者」として教えられました。主御自身を越える権威を必要とされないかのように語られました。まったく独立して語られました。伝承に寄りかからず、専門家たちを引用されませんでした。主イエスは神の声の究極性をもって語られました。人々にとって、そうした人から聞くことは天からの微風(そよかぜ)のようであったのです。

このように主イエスの教えに権威があったのは、なぜでしょう? それは、その教えが神の教えに由来するからでありました。ヨハネによる福音書7章16節で主イエスは、「わたしの教えは、自分の教えではなく、わたしをお遣わしになった方の教えである」と述べておられます。律法学者たちは過去の教師たちの言葉を引用して、自らの言葉の権威を示しました。それに対して、主イエスの言葉は父なる神の教えそのものだったのです。

以前の箇所で学んだように、主イエスが洗礼を受けられた時、主は「…天が裂けて、〝霊〟が鳩のように御自分に降って来るのを、ご覧になりました」(1:10)。「すると、『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた」(1:11)のでした。御子イエス・キリストは、まったく新しい救いの時をもたらされました。かつてイスラエルには、神の霊が生き生きと働いていた救いの時がありました。その救いの時が、長い霊の枯渇期間を経て、ふたたび新しく始まりました。そのような神の霊に満たされた言葉であったがために、主イエスの言葉には権威があったのです。

さて、主イエスが御言葉を教えておられた時のことです。「そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ」(23)のです。「汚れた霊」とは、当時の考え方によれば、神から遠ざかり、神に敵対する、目に見えない霊的な存在を意味していたようです。医学や生物学によって原因が究明できない時代のことですから、身体的な病、精神的な病は、このような「汚れた霊」によって引き起こされると考えられたのです。

この汚れた霊に取りつかれた人のことは、会堂に集う人々もよく知っていたに違いありません。会堂に集う信仰仲間の一人として、この人も一緒に礼拝を守っていた。この人の抱える状況が容易ならざることを痛感しながら、この人のために神に祈ることもしていたのではないでしょうか。ここには、神の御前に共に礼拝を捧げる信仰共同体の健やかな姿があるように思います。時として群れの仲間が容易ならざる状況を抱えて苦しむ時があります。その苦しみを、私たちは側(そば)にいてもどうしてやることもできません。自分の無力さを感じます。しかしたとえそうではあっても、私たちは困難の中にある信仰の友と一緒に、神の御前に立ち、イエス・キリストを通して神に礼拝を捧げるのです。この信仰の友の苦しみが少しでも和らげられることを祈りながら、礼拝を守り続けるのです。

この汚れた霊に取りつかれた男の人は、主イエスに向かって叫びます。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ」(24節)。こう叫んだのは、男の人に取りついていた汚れた霊・悪霊でした。悪霊はギリシャ語では複数形が使われており、悪霊たちがどれほど強力にこの人を支配していたかが分かります。そして悪霊たちは、「ナザレのイエス、かまわないでくれ」と叫んで、主イエスが自分たちと関わるのを拒絶しようとするのです。それは悪霊たちが、主イエスのことを「神の聖者」だと見抜いていたからでした。「神の聖者」とは神御自身を表わしたり、神と特別な関係で結ばれている者であることを表わす言葉です。「神の聖者」である主イエスが、どんなに大きな力を持っているか、自分たちを滅ぼすことすらできることを、悪霊たちは熟知していました。恐れおののいていました。だからこそ、主イエスがこの男の人に干渉するのを何とか阻止しようとしたのです。

しかし、主イエスは悪霊たちがこの人を支配したままでいることを許されません。主イエスは人を神に敵対する者の支配から、神の恵みのご支配へと解放するために来られたからです。主イエスは、「黙れ。この人から出て行け!」とお𠮟りなります。この言葉は私たちに、主イエスがガリラヤ湖で舟に乗っている時、「黙れ。静まれ」と𠮟りつけて突風を静められた出来事(4:35~41)を思い起こさせます。主イエスは激しい突風をも静められる権威をもって、悪霊たちを𠮟りつけ、彼らをその人の外へと追放されたのです。その人を悪霊たちの支配から解放したのです。

この様子を見ていた人々、会堂に集まった人たちは、どんな反応を見せたでしょう。「人々は皆驚いて、論じ合った」(27節)とあります。人々が驚き、論じ合ったことは何か。その論点の中心は次のようなことでした。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く」(27節)。会堂にいた人々にとって、主イエスの新しい教えは、これまで彼らが経験したことのないものだったのです。

ここで使われている「新しい」という言葉は「カイロス」という言葉で、質的にまったく新しいことを示しています。しかし、これは人々が聖書の解き明かしによって、例えば律法学者から聞いたのとまったく違う内容の言葉を聞いた、というのではありません。そうではなく主イエスが何事かを起こさせる、語られた言葉が現実となる。そのような権威をもって語られたということです。そして、そのような権威ある言葉に触れたとき、会堂にいた人々は驚嘆し、悪霊たちはその人から出て行ったということなのです。言葉を換えて言うなら、主イエスの教えは律法学者たちのように単に聖書の言葉を解釈するだけでなく、ご自分の言葉を実現することのできる新しいものであったのです。

主イエスは、一体どうしてそのような「権威ある新しい教え」をお語りになることができたのでしょう。主イエスがこのような権威を持っておられたのは、先に申し上げたように、主イエスには父なる神によって聖霊が与えられていたからです(1:10)。主イエスは聖霊に満ちておられました。ヨハネの手紙 一 3章8節には、「…悪魔の働きを滅ぼすためにこそ、神の子が現れたのです」と言われています。主イエスは「汚れた霊に取りつかれた人」に聖霊を送り込まれることによって、汚れた霊を追い出されたのであります。

私は今日の説教題を、「驚きを知る知恵」といたしました。会堂に集った会衆は今日の箇所で、権威ある者として語る主イエスの教えに非常に驚きました。そして権威ある者として語られた主イエスの言葉が、汚れた霊をも追い出すのを見聞きして、彼らは驚いたのです。これはまさに、神の国が到来した最初のしるしでありました。

この会堂で起こった驚きが、同じように起こるべき場所が私たちの教会なのです。私たちは主イエスを頭とするこの体なる教会において、主イエスの言葉を権威ある、質的に新しい言葉として聞くことができます。また、人をがんじがらめにし、支配している状態から解き放つ恵みの出来事を引き起こす言葉として、主イエスの言葉を聞くことができるのです。

勿論最初に語りましたように、牧師の語る言葉がそのまま、権威ある言葉、質的に新しい言葉になるというのではありません。牧師はかの律法学者のように、先人が聞き取った聖書の御言葉やそれに応答した信仰告白の言葉を、会衆の皆さんに語ることしかできません。精いっぱい心を込めて語ることしかできません。

しかし、2000年以上前のペンテコステの時から、聖霊の風は常に教会に吹き続けています。風を帆いっぱいに受けて前進する帆船のように、教会は聖霊の風を受けて前進することができます。そして、イエス・キリストを証しするこの聖霊の働きを、教会が開かれた思いで受け取っていくとき、聖書の御言葉は権威ある御言葉、質的に新しい御言葉、私たち信じる者たちを驚かせる御言葉となるのです。これこそが私たちの教会にとって必要な「驚きを知る知恵」なのです。

「これは、いったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ」。そのような驚きと感謝をもって御言葉を聞くことができるよう、心を一つにして礼拝を守り、主の聖餐に与っていきたいと思います。お祈りをいたします。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神様、あなたの貴い御名を心から讃美いたします。今日も愛する兄弟姉妹と共にあなたを崇め、礼拝することができて感謝です。この教会という群れの中で、祈りと讃美を捧げる礼拝の中で、あなたは説教を通して語られる言葉を、あなたの御言葉として語ってくださいます。どうか聖霊の働きを切に祈りつつ、礼拝を守る群として私たちを育て導いていてください。今、群れの中である病床にある兄弟姉妹、高齢のために困難を覚えている兄弟姉妹、人生の大きな試練に立たされている兄弟姉妹を、支え励ましていてください。このひと言のお祈りを主の御名によってお祈りいたします。アーメン。

【聖霊を求める祈り】主よ、あなたは御子によって私たちにお語りになりました。いま私たちの心を聖霊によって導き、あなたのみ言葉を理解し、信じる者にしてください。あなたのみ言葉が人のいのち、世の光、良きおとずれであることを、御霊の力によって私たちに聞かせてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

従うべき者は誰か

2023年6月25日(日)主日礼拝説教   マルコによる福音書1章16~20節    

牧師 藤田浩喜

今日出てきたガリラヤ湖はパレスチナ最大の淡水湖で、南北は20キロに及び、東西は最も広いところで12キロもあります。面積は166平方キロで、この湖は魚に富み、風光明媚なところであったようです。ガリラヤ湖で魚を獲る漁師たちが多くいました。しかし冷蔵技術の発達していない時代ですから、鮮魚が流通することは、ほとんどありません。そのため、そこで獲れるたくさんの魚を塩づけにする仕事が、ガリラヤ地方の主要産業であったと言われます。

 そのガリラヤ湖のほとりを主イエスが歩いておられた時のことです。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)と、神の福音を宣べ伝え始められた主イエスは、これから共に伝道の業を担う2組、4人の弟子たちを御許(みもと)に招かれたのであります。

 今日の弟子を招かれた記事には、細々(こまごま)したことは述べられていません。召された4人が以前に主イエスと面識があったかどうかとか、召しを受けたとき彼らがどんな気持ちであったとかも、記されていません。そうではなく、ここでは本当に決定的なことだけが、浮き彫りにして示されています。それだけに、弟子として主イエスに召されるとはどういう出来事なのか、何が起こるのかが、ここにははっきりと記されているのです。

「イエスはガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのをご覧になった。彼らは漁師だった」(16節)とあります。主イエスがシモン、後のペテロとその兄弟アンデレに出会われます。その出会いは、主イエスが漁師として働いている二人の姿に目を留められるところから始まります。主イエスの方から出会ってくださるのです。

 この時代のユダヤ教において、律法の教師、ラビに弟子入りしたい者は、弟子の方から教師のところにやって来て、その門を叩きました。どの教師の弟子になりたいかは、許可されるかどうかは別にして、弟子の方が決めました。しかし、主イエスの場合は、弟子にしようとする者を主御自身がお決めになって、主の方から呼びかけられるのです。

 またこの呼びかけは、二人が湖で網を打っている最中(さなか)になされました。シモンとアンデレにとって、湖で網を打つのは漁師として彼らが、毎日のように行っていたことです。繰り返されていた日常生活の一コマです。それは後に出てくる、舟の中で網の手入れをしていた、ゼベダイの子ヤコブとヨハネも同様です。いつもと変わらない日常の営みがなされていました。しかし、主イエスの招きはまさに、このような日常生活の真っただ中で起こったのです。

 イエス・キリストが私たちの主として出会ってくださる、言い換えると私たちが主イエスを信じ、その御後に従う者とされる出来事は、何か特別な場所や機会にしか起きないということではありません。聖なる場所に赴いて、敬虔な行いをしないと起こらないというのではありません。私たちが毎日の生活の中で繰り返している日常、どちらかと言えば疲れを感じたり、意味を見失ってしまいそうになるような日常生活の繰り返しの中で、主イエスは語りかけてくださいます。そして私たちを、主イエスを信じて御後に従う弟子としてくださるのです。

主イエスはシモンとその兄弟アンデレに呼びかけられました。17節です。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう。」すぐ後で、ゼベダイの子ヤコブとヨハネにも同じ呼びかけをしたことでしょう。主は何よりもまず、「わたしについて来なさい」「わたしに従って生きて行く者となりなさい」と、招いてくださったのです。

 私たち人間は、誰かの声に従って生きていくのではないかと思います。この人の後についていきたい、この人の声に従って生きていけば大丈夫という存在を、探し求めているのではないでしょうか。そのような存在は、なかなか見つからないこともあります。「この声が従うべき声だ」、「あの声が従うべき声だ」と右往左往しているうちに、人生の大半を費やしてしまうことも稀ではありません。

 また、誰の声に従って行くかで、私たちの行きつく先は大きく違ってきます。耳ざわりのよい、心地よい声が聞こえてくるかもしれません。いかにも優しく語りかけてくるでしょう。しかしその声の主が邪悪な欲望や自分勝手な目的を隠しているなら、従う者も間違った破滅の道へと連れて行かれてしまうのです。

 一方、イエス・キリストが、「わたしについて来なさい」と呼びかけられます。主イエスは、人間を罪とその結果である滅びから救うために、神が遣わされた御方です。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3:16)。イエス・キリストは、真実なお方です。この主イエスの招きに私たちが生涯をかけて従っていくときに、私たちは何のために生きているか分からないような無気力な生活から抜け出すことができます。そして、目標のはっきりした新しい人生が私たちの前に開けてくるのです。

 私はこの主の呼びかけを聞くとき、古代の教会指導者であったポリカルポのことを思い出します。彼はスミルナ(現在のトルコ近く)の司教であり、近隣の諸教会に手紙を書いて、ローマ帝国の迫害下にある信徒たちを励ましました。そのポリカルポがローマ皇帝マルクス・アウレリウスの時、迫害によって捕らえられます。高齢のポリカルポを処刑するに忍びなかった皇帝は、彼に信仰を捨てるように迫ります。しかしポリカルポはこのように答えたのです。「私は86年間、キリストに従ってきましたが、主はただの一度も私にひどいことをしませんでした。どうして私の王であり救い主である方を汚すようなことができましょう。」こう答えて彼は、火あぶりの刑に処せられながらも、神を賛美して殉教していったのです。イエス・キリストに従う道は、平坦な苦労の無い道であるとは限りません。喜びと平安だけでなく、労苦や苦しみを味わうときもあります。しかし、それは私たちの救い主イエス・キリストが共に歩んでくださる道です。感謝をもって思い起こすことのできる道であり、後悔することはないのです。

さて、「わたしについて来なさい」と呼びかけられた主は、彼らに言われます。「人間をとる漁師にしよう。」2組、4人の弟子たちは、主イエスに召されて、「人間をとる漁師」になるのです。ガリラヤ湖で魚を獲っていた4人が、主イエスに従い「人間をとる漁師」になる。ここには、主イエスに従う者となった弟子たちに、大きな生き方の変化が起こることが示されています。

 「魚をとる漁師」が「人間をとる漁師」になる。4人が漁師であることは継続しています。しかしその両者には大きな違いがあります。「魚をとる漁師」は魚を捕まえ、殺して食べます。しかし「人間をとる漁師」は、人間に永遠の命に至る食べ物であるイエス御自身を与えて、人間を生かすために獲るのです。また「魚をとる漁師」は、魚を誰かに売り渡すために獲ります。しかし「人間をとる漁師」は、獲った人間を誰かに売り渡すためではなく、死に至る罪から買い戻すために獲るのです。福音を宣べ伝えることによって、世の人々を死ではなく永遠の命へと至らせる。世の人々を罪の支配から神のご支配へと買い戻す。それが「人間をとる漁師」の使命です。主イエスに招かれ弟子となったキリスト者には、この「人間をとる漁師」としての使命が加わるのです。

 私たち洗礼を授けられてキリスト者になった者たちのほとんどは、この世で仕事を持ち、社会の中で役割を担っています。主イエスの弟子たちのように、この世の職業を捨てて伝道者になる人は、牧師や伝道師のように一部の者でしかありません。しかし、キリスト者となり主イエスの御後に従う者は、だれ一人例外なく「人間をとる漁師」としての使命をゆだねられているのです。だれもが神の国の福音を宣べ伝える働きに参与しているのです。

 そして、「人間をとる漁師」の働き、つまり神の国の福音を宣べ伝える働きは、この世で従事している仕事、この社会で担っている役割を通して、豊かに押し広げられていきます。こうした仕事や役割を持つ人たちがキリスト者であることによって、「キリストの香り」が持ち運ばれていくのです。もし、主の福音宣教が、教会という場所でしか行われないとしたら、福音宣教はどんなに小さく狭い場所での営みに留まってしまうことでしょう。非キリスト教国の日本にあっては、ごく小さな範囲に限られてしまいます。しかし、この世で様々な職業を持ち、社会で多様な働きを担っているキリスト者が、「人間をとる漁師」の働きに参与することによって、その範囲は大きく広げられていくのです。日々働いている職場において、教育現場やそれぞれの家庭において、それぞれが属している地域社会の中で、神の国・神のご支配が広げられていくのです。

 そしてこのことは反対に、私たちのこの世の職業、社会での役割を、本当の意味で生きがいあるものにするのではないでしょうか。宗教改革後の近代プロテスタンティズムにおいて、一般の職業を神の召命(ベルーフ)と受け止める考え方が現れてきました。工場主も職人も店の店主も、それを神様が与えてくださった召命と受け取り、その職業を通して神様の栄光を現そうと考えるようになったのです。神様の召命を受けているのですから、勤勉であることや倫理的に正しいことが目標とされたのです。一方、私たちの生きる現代社会においては、そのようには考えません。キリスト者もこの世の職業は職業、信仰は信仰と分けて考えることが当たり前になってはいるように思います。

しかし、そのように職業と信仰を完全に分けてしまうことの結果として、自らの職業に生きがいを見出しにくいというマイナス面も現れているのではないでしょうか。私たち人間は、このことのためにわたしは生まれて来たのだという、一人一人に与えられている使命を見出すことが大切です。それによって、人は意味のある人生を歩むことができるのです。私たちはこの世の職業、社会での役割を担っていますが、それと同時に主イエスから与えられた「人間をとる漁師」の働きをも合わせて担っていく。そのように自分の職業や役割を、福音宣教の光の中で神様から与えられた使命として受け取り直していく。そのときに、私たちの人生はより大きな生きがいを持つものとなっていくのではないでしょうか。

今日の箇所で、シモンとアンデレは、網を捨てて主イエスに従って行きます。網は仕事をする上でなくてならない道具です。ゼベダイの子ヤコブとヨハネは、父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して主に従います。二人は家族や少なくない財産を捨てて主イエスに従ったのです。ここで示されていることを心に留めなくてはなりません。それらの大切なものを捨てるということはどういうことか。それらのものを拠り所としてはならない。ただお一人の救い主イエス・キリストだけにすべてをおゆだねして生きなさい。そのことが召された弟子たちには求められているのです。この一点を外すことはできません。お祈りをいたします。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神様、あなたの貴き御名を讃美いたします。今日も礼拝に集められ、あなたを讃美することができましたことを感謝します。神様、あなたはイエス・キリストを通して私たちを弟子として召してくださいました。私たちは主イエスの御後に従う人生を歩んでいます。どうか、一人一人の人生をその御手をもっ、て確かに導いていてください。この拙きひと言のお祈りを、主イエス・キリストの御名を通して、御前にお捧げいたします。アーメン。

心に触れる言葉で

2023年6月18日(日)主日礼拝説教   ルツ記1章19節~2章17節

藤田浩喜牧師 

     

ナオミは、息子の妻ルツを連れて、エルサレムに帰ります。10年以上の歳月が経っていたのでしょう。二人の帰郷に対して、「町中が二人のことでどよめき、女たちが、ナオミさんではありませんかと声をかけた」(19節)とあります。10年以上の歳月とモアブの地での多くの苦労が、ナオミの外見の姿を大きく変えたとしても不思議ではありません。女たちは恐る恐る声をかけたのでしょう。

ナオミは女たちに応えて、こう言うのでした。「どうか、ナオミ(快い)などと呼ばないで、マラ(苦い)と呼んでください。全能者がわたしをひどい目にあわせたのです。出て行くときには、満たされていたわたしを、主はうつろにして帰らせたのです…」(20~21節)。ナオミは自分の名前が表す意味と、彼女の置かれている状況が真逆であるのを嘆き、自分の今の状況に見合った名前、マラ(苦い)という名で自分を呼んでほしいと言います。名前というのはその人自身を表すものではありますが、彼女は自分を失ったような状況にありました。欠けがいのない夫と二人の息子を異郷の地で失い、彼女は空っぽであり、虚ろでした。彼女は自分が生きている意味や目的を、見出すことができませんでした。そして、彼女をそのような状況に突き落としたのは、全能者である神だと公言してはばからないのです。ナオミは自分自身の人生にも、自分が信じてきたヤハウェなる神にも、絶望してしまったのです。ナオミのような経験は、たとえ信仰者であったとしても、無縁なものではないでしょう。

二人がエルサレムに帰ってきたのは、「大麦の刈り入れの始まるころ」(22節)でした。3月から4月頃でしょう。長い歳月留守をしていたので、家も土地も荒れ果てていたに違いありません。畑があったとしても、使える状態ではなかったでしょう。それでも、二人は生きて行かねばなりません。霞を食って生きていくわけには行きません。そこでルツは、何とか日々生きていくための食べ物を得ようと、落ち穂拾いに行くことを、しゅうとめに申し出るのであります。「畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」(2章2節)。貧しい人やみなしご、寡婦がその日を何とか食いつないでいけるようにと、古代イスラエルでは、収穫の時、落ち穂を残しておくことが、レビ記などの律法に定められていました。神から与えられたすべての収穫を自分のものとせず、落ち穂は貧しい人たちのものとするように、定められていました。ルツがしゅうとめのナオミと生きていくためには、落ち穂を拾いに行くしか術がなかったのです。ただ、ミレイの描く絵のように落ち穂拾いが牧歌的なものであったかというと、そうではありませんでした。邪魔にされたり、疎まれたり、心ない言葉を浴びせられたりすることを、覚悟しなければならなかったのです。

ルツが落ち穂拾いに行った畑。それはナオミの夫エリメレクの一族のボアズの畑地であったと、記されています。聖書も記しているように、ルツは「たまたま」(3節)ボアズの畑に行ったのです。2章1節から3節の間に、エリメレクの親族であったこのボアズのことが2度も言及されており、このボアズが第三の登場人物として、大きな役割を果たすことが暗示されています。

しかし、ナオミもこの「有力な親戚」(1節)、イスラエルに多くの畑地を持つ裕福なボアズのことは、忘れていたようです。2章20節で、ルツがその日の出来事をナオミに報告した時に初めて、「その人はわたしたちの縁続きの人です」と思い出しています。こんな裕福な親戚がいるのなら、最初からボアズに頼ればよかったのにと、私たちは思うかも知れません。しかし、人は本当に追いつめられた時、視野が極端にせばまってしまいます。限られたところにしか目が行かず、生きる手だてを見いだせなくなってしまいます。テレビの報道などで、ある老夫婦が食べる物もなく餓死してしまったなどという話を聞くと、「この飽食の日本でなぜ?」、「だれかに助けを求めることもできただろうに」と、不思議に思います。しかし、人が本当にせっぱ詰まってしまうと、他の手だてを考える余裕をなくしてしまいます。どうしようもないと、思い詰めてしまいます。だからこそ、周囲の人たちが困難な状況にあると思われる人たちに、どれだけ関心を向け、思いを届かせているかということが、問われているのだと思います。

さて、畑地の様子を見に来たボアズは、落ち穂を拾っているルツに目を留め、農夫の監督をしている召使いの一人に尋ねます。「あの若い女は誰の娘か」(5節)と。見かけたことのない娘だったので、気になったのかも知れません。召使いは次のように答えます。「あの人は、モアブの野からナオミと一緒に戻ったモアブの娘です。『刈り入れをする…』と願い出て、朝から今までずっと立ち通しで働いておりましたが、今、小屋で一息入れているところです」(6~7節)。監督をしていた召使いは、その娘がモアブの地からナオミと一緒に戻ってきたモアブ人の娘だと、報告しました。召使いは、ルツの働きぶりに感心していることが、伺えます。しかし「モアブの野」、「モアブの娘」と、二度繰り返しています。そのことからも、召使いが好奇の目で、どちらかというと蔑みの視線で、ルツのことを見ていることが分かります。「自分たちの日常生活の中に、異質な存在が紛れ込んでいる、なんでよその国の女が落ち穂拾いなどをしているのか」。そのような思いが、召使いの言葉には滲んでいるように思うのです。

それに対し、ボアズはルツにどう接したでしょう? 8節以下で彼は、ルツにじかに声をかけています。「わたしの娘よ、よく聞きなさい。よその畑に落ち穂を拾いに行くことはない。…若い者には邪魔をしないように命じておこう。…」(8~9節)。先ほど述べましたように、イスラエルには貧しい人が落ち穂を拾える制度がありましたが、それは牧歌的なものではありませんでした。からかいの言葉や蔑みの言葉、罵倒の言葉が浴びせられることも少なくありませんでした。しかもルツは、同じ民族に属さないモアブの女です。畑を渡り歩いて落ち穂を拾う彼女が、どんな目に遭わなくてはならないかは、容易に想像ができます。それを知っていたボアズは、自分の所有する畑だけに行って、落ち穂を拾うように助言します。そして、喉が渇いたらいつでも水が飲めるように、若い者にも言っておくからと、彼女のために便宜をはかるのです。

ルツはその言葉に驚きます。落ち穂拾いの現実を覚悟していた彼女は、ボアズのあまりにも厚意的な言葉に、戸惑いすら感じます。彼女は顔を地に伏せながら、「よそ者のわたしにこれほどの目をかけてくださるとは。厚意を示してくださるのはなぜですか」と、問わないわけにはいかなかったのです。

それに対してボアズが言った言葉、それこそが今日のルツ記2章の中心であると、多くの注解者たちは指摘します。11~12節です。「ボアズは答えた。『主人が亡くなった後も、しゅうとめに尽くしたこと、両親と生まれ故郷を捨てて、全く見も知らぬ国に来たことなど、何もかも伝え聞いていました。どうか、主があなたの行いに豊かに報いてくださるように。イスラエルの神、主がその御翼のもとに逃れて来たあなたに十分に報いてくださるように』」。

ボアズはかねてから、奇特な異邦の女性がいることを、噂で伝え聞いていたのでした。その女性は、夫が亡くなった後も、しゅうとめに尽くしました。故郷に留まり、父母のもとに帰ることもできたのに、そうはしませんでした。しゅうとめを思いやって、見知らぬ国にまでやってきました。その異邦の女性が、自分の目の前にいることが分かった。だからこそ、そんなあなたに自分はできることをしてあげたいのですと、ボアズは言うのです。彼の心を打ったのは、ルツという女性の真心であったと、思います。悲しみに打ちひしがれ、生きることさえ苦痛になっているしゅうとめのナオミを、一人にしておくわけにはいかない。放ってはおけない。それはルツという人の真心であり、まさにイスラエルの神ヤハウェが、その民に示してくださった真心(ヘセド)に通じるものでありました。だからこそボアズは、モアブの女性であるルツの身の処し方に心を打たれ、自分もその真心に応えたいと、思ったのではないでしょうか。そしてボアズは、ヘセド(真心)そのものである神さまが、目の前にいるルツに豊かに報いてくださり、その御翼のもとに守り、支えてくださるように祈りました。彼女とそのしゅうとめを、ヘセド(真心)そのものである神さまの御手に、委ねているのであります。

このボアズの言葉は、ルツの心にも強く響いたようです。彼女は、こう答えています。13節です。「わたしの主よ…あなたのはしための一人にも及ばぬこのわたしですのに、心に触れる言葉をかけていただいて、本当に慰められました。」ボアズの言葉がルツの心の琴線に触れ、心からボアズに感謝していることが分かります。彼女は、自分をよそ者という色眼鏡で見ないだけでなく、自分の思いを掬い取り、そこに真心を見てくれたボアズの言葉を聞いて、本当に嬉しかったのだと思います。それだけでなく、ルツの真心をイスラエルの神さまの真心(ヘセド)と響き合うものとして理解し、その神さまの祝福と守りの中に、自分としゅうとめを委ねてくれたボアズの言葉に、ルツは本当に勇気づけられ、励まされたのではないかと思うのです。それはルツの心に触れる言葉だったのです。

ただボアズの場合も、ルツのために大したことをしてやれる訳ではありません。ボアズは、今日のところでルツの落ち穂拾いのために便宜をはかっています。昼食の時には、ルツを呼び、酢に浸したパンと炒り麦をふるまっていますが、彼がしてやれるのは、これ以上のことではありません。落ち穂拾いの時期は長くても、約2ヶ月と言われています。いくら彼の畑で落ち穂を拾わせてやっても、やがてその時期は終わります。ルツとナオミには、その日の食物を確保するための厳しい闘いが待ち受けています。その意味では、少しのことしかできないのです。

それは、私たちもまた同様です。自分の周りにいる人たち、それが親しい友人や教会の仲間であったとしても、ほんの小さなことしかしてやれません。一時しのぎの、その場限りのことしかできません。でも私たちは、私たちの信じる神さまの真心(ヘセド)を知り、御子キリストによって表された神さまの慈しみを知っています。私たちは、この神さまの真心と慈しみに、気がかりな友や仲間を委ねることができます。その人たちのために、祈ることができます。そして、神さまの真心に響き合う、相手を思い遣る言葉を語って、友や仲間を慰めることができます。それはささやかなことではありますが、決して小さなことではないと思うのです。私は今日の箇所から、そのような励ましを受けたように思うのです。神さまの真心を心に深く覚えながら、私たちもその真心に少しでも生きる者として、新しい一週間を過ごしてまいりたいと思います。お祈りをいたしましょう。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神様、あなたの貴き御名を心から讃美いたします。今日も愛する兄弟姉妹と共にあなたを讃美し、御言葉の示しを受けましたことを感謝いたします。私たちには気にかかる友人や親しい者たちが多くおります。しかし私たちができることは小さなことでしかありません。自分たちの無力を思います。しかし私たちは御子を与えるほどに私たちを愛し、真心を示してくださったあなたの御手に、大切な者たちを委ねて祈ることができます。小さな業や言葉であなたの慈しみを伝えることができます。どうか、あなたを見上げつつあなたの御心を尋ねつつ、新しい一週間を歩ませてください。病床にある兄弟姉妹、高齢の兄弟姉妹、試練の中にある兄弟姉妹を支えていてください。この拙きひと言のお祈りを、主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

ルツの決意

2023年5月21日(日)主日礼拝説教   ルツ記1章1~19節

牧師 藤田浩喜

今日本では、難民申請3回目以降は強制送還できるようにする入管難民法政府案が国会で審議されています。強制送還によって命の危険すら招くということで、反対する運動も続けられています。かつて難民申請が認められず強制送還され、国連独自の難民認定(マンデート難民)によってニュージーランドで暮らせるようになった、トルコ出身のクルド人男性カザンキランさんは、東京新聞の取材を受け、今回の難民法改正について次のように語っておられます。「政治や経済の面で重要な日本に似合わない法律、信じられないし、とても悲しい」。「日本で生まれら子どもは日本のことしか知らない。特別に保護してほしい。」「難民の保護は、難民自身の問題ではない。人権、民主主義、人類の問題。」私たちの国がどのような国に変貌しようとしているのか。それは一見私たちの生活から遠いと考えられている問題と地続きです。密接に関わっています。私たちも深い関心をもって見守っていく必要があるのではないでしょうか。

今日読んでいただいたルツ記1章1~19節に登場するエリメレクとその妻ナオミも、難民でした。時は王が登場する前の士師記の時代です。この時代、イスラエル国内では血みどろの部族間の争いがあり、対外的にはカナン、ペリシテ、その他の外敵との戦いが絶えませんでした。人々は敵の侵入に怯えながら日々を過ごさなくてはなりませんでした。

それだけではありません。1節には「士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲った…」とあります。害虫や日照りによる飢饉は、古代社会から現代に至るまで人間を生存の危機に追い込みます。食べ物がないということは、死に直結します。そのため、ベツレヘムに住んでいたエリメレクとその妻ナオミは、マフロンとキルヨンの二人の息子を連れてモアブの地に移り住んだのでした。

なぜ、モアブの地であったかは分かりません。理由は述べられていません。この地の気候は多様性があったようなので、日照りによる飢饉を逃れられる場所もあったのかもしれません。しかし、モアブとイスラエルは必ずしも友好国というわけではありませんでした。旧約聖書には、何度も戦いを交えたことが記されています。エリメレクが逃れた時は、戦争状態では勿論なかったでしょうが、見ず知らずの異国に難を逃れて、そこで生活の基盤を築くことは、どんなに大変なことであったでしょう。そんな心労がたたったせいか、エリメレクは妻と二人の息子を残して死んでしまうのです。

さて、それからがもっと大変でした。まだ小さな二人の息子のいるナオミが、モアブという異国の地で生き抜かなくてはなりませんでした。社会福祉制度もなく、女性が仕事をするような社会的環境も全く整ってはいません。しかもそこは、故郷から遠く離れた異国の地でした。そこで女親一人で二人の息子を育てなくてはならない労苦がどれほど大きなものであったかは、想像することもできません。

私の母も、町工場で働きながら10年間心臓病の父を看病し、父は私が中学2年の時に他界しました。父の看病をしている時も、父が他界してからも大変な苦労の連続であったと思いますが、父は入り婿でしたので、母は自分の故郷で生活することができました。実家はすぐ前にあり、親戚縁者のいるところで、生活することができました。もし都会の見知らぬところで生活しなければならなかったならば、その労苦は計り知れないものであったでしょう。そのようなことを考えると、異境の地で子育てをしなければならなかったナオミの味わった苦労を思わないではおれないのです。

しかし、ナオミは今日の箇所からも伺えるように、本当に気丈な女性であったようです。彼女はモアブの地で、女手一つで二人の息子を立派に成人させました。そればかりか、二人の息子はそれぞれ、モアブの女性を妻として迎え入れ、家庭を築きました。息子たちの妻の名は、オルパとルツでした。この時ナオミは、どんなに喜び、安堵したことでしょう。長年の苦労がやっと報われたと、肩の荷を降ろしたに違いありません。

しかし、一体ナオミにはどれだけ過酷な出来事が起こるのでしょう。ナオミの希望そのものであった二人の息子、マフロンとキルヨンは、子どもを残さないままに、次々と他界したのです。ナオミは、モアブの地にやって来て、夫だけでなく、二人の息子も失ってしまいました。ナオミのもとには、息子の二人の嫁、オルパとルツだけが残りました。不条理としか思えないような悲劇が、彼女を襲ったのです。

彼女は、目の前が真っ暗になったに違いありません。しかし、彼女は生きていかなければなりません。生きる手だてを考えなくてはなりません。その時のことです。「主がその民を顧み、食べ物をお与えになったということを彼女はモアブの野で聞いた」(6節)。それは、イスラエルの飢饉が終わりを告げたということでした。それを聞いたナオミは、故郷のベツレヘムに帰ることにしたのでした。

故郷に帰るにつき、ナオミにはしなくてはならないことがありました。それは8節以下に記されているように、息子たちの二人の妻、オルパとルツを、モアブにある彼女たちの故郷へ帰らせることだったのです。8節以下をご覧ください。「ナオミは二人の嫁に言った。『自分の里に帰りなさい。あなたたちは死んだ息子にもわたしにもよく尽くしてくれた。どうか主がそれに報い、あなたたちに慈しみを垂れてくださいますように。どうか主がそれぞれに新しい嫁ぎ先を与え、あなたたちが安らぎを得られますように』」。

ナオミが二人の嫁たちと暮らしたのが、4節にあるように「十年ほど」であるなら、当時の結婚年齢を考えると、オルパとルツは、20代半ばであったのではないかと思います。ナオミは、嫁たちが「自分の里」(=母の家)に戻り、新しい嫁ぎ先を与えられることが、彼女たちに最もよいことだと考えていました。女性が一人で生きることが困難な時代です。ナオミのみならず、殆どの人たちがそう考えたことでしょう。

しかし、オルパとルツは、声をあげて泣き、「いいえ、御一緒にあなた民のもとへ帰ります」(10節)と言ったのでした。不幸続きの姑を一人にするのが、忍びなかったのでしょう。

そこで、ナオミは心を鬼にして、彼女たちが姑である自分についてきても、何の望みもないことを重ねて言い渡したのでした。ナオミは、自分にはあなたたちの夫になるような息子を産むことはできない。年とった自分が、今仮に誰かと再婚して子どもを身ごもったとしても、その子が成人するまであなたたちは待たなくてはならない。そんなことがあってよいはずはない。ナオミはそのように二人の嫁を諭し、自分の里に帰って再婚するよう強く進めたのでした。

このナオミの説得に、オルパはその思いを受け止めて、ナオミに別れを告げて、彼女のもとを去っていきました。オルパは姑の言う通りにすることが、ナオミの気持ちを大切にすることだと考えたのでしょう。

しかしルツは、ナオミの重ねての説得にも関わらず、ナオミのもとから離れようとはしなかったのです。ルツは次のように言ったのです。16~17節です。「あなたを見捨て、あなたに背を向けて帰れなどと、そんなひどいことを強いないでください。わたしは、あなたの行かれる所に行き、お泊まりになる所に泊まります。あなたの民はわたしの民、あなたの神はわたしの神。あなたの亡くなる所でわたしも死に、そこに葬られたいのです。死んでお別れするならともかく、そのほかのことであなたを離れるようなことをしたなら、主よ、どうかわたしを幾重にも罰してください。」ルツは、「ナオミの行く所に自分も行きます。ナオミの属するイスラエルの民が自分の民です。ナオミの信じる神さまを自分も信じます。モアブではなくナオミの故郷であるイスラエルで生涯を終えます」、とまで言いました。ルツの言った言葉は、確かに美しくはありますが、尋常な言葉ではありませんでした。そしてナオミは、ルツが自分の決意を変えそうもないのを悟って、「ルツを説き伏せることをやめた」(18節)のでした。

ここまで申し上げたのが、今日のルツ記1章1~19節の概略です。皆さんは、今日の箇所を読まれてどのような感想を持たれたでしょう。

今日の箇所はドラマチックな箇所です。ルツのどこまでもナオミを離れないという決意の強さにも、心を動かされます。しかし、今日の箇所を、度重なる不幸に見舞われた姑に、どこまでも献身的に仕えようとした嫁のお話というふうに、読んでよいのでしょうか? キリスト教の歴史の中では、そのような道徳的なお話として読まれてきたことも事実です。

しかし、今日の箇所をよく見てみると、敬うべき姑の言うことに涙を流しつつ聞き入れたのは、ルツではなくオルパの方でした。オルパは、姑の言葉に従うことが、彼女の気持ちを大切にすることだと悟って、泣く泣くナオミと別れの口づけを交わしたのです。その意味では、ルツの献身ぶりだけに光を当てるのは、正しいことではないでしょう。

実際、あるアメリカの女性の聖書学者は、ルツにはひょっとすると、モアブの自分の里の家に帰れない事情があったのかも知れないと、推測しています。たとえば、モアブの女性である彼女が、異国のイスラエルの男性と結婚する時、家族から反対され、勘当されたということもあるかも知れないと言っています。そうであれば、ルツにはもはや故郷に自分の帰る場所はないのです。

また、その聖書学者は、ルツをベツレヘムに連れていくことは、ナオミにとっても重荷となることだったのではないかと、推測しています。ナオミは後の箇所でも述べているように、何もかも失った「うつろ」で惨めな状態で、故郷に帰ろうとしています。その彼女が、かつては敵対関係にあったモアブの女性を息子の嫁にしたことは、どちらかというと隠しておきたいことだったのではないでしょうか。それゆえ、ルツを連れていくことは、ナオミにとっても気の重いことではなかったかというのです。以上述べたことは、聖書学者のうがった見方かも知れません。しかし、ルツという女性をあまりに理想化しすぎないためにも、心に留めたい指摘だと思うのです。

それでは、今日の聖書は私たちに、どんなことを語りかけているのでしょう。私は今日の箇所を読むとき、ナオミのあまりに淡々とした、冷静すぎる言葉が気になるのです。

ナオミという女性は、モアブの地に身を寄せて以来、考えられないような不幸に見舞われました。飢饉を逃れるためやって来たモアブでは、頼りにしていた夫をなくしました。女手一つで、異国の地で二人の息子を育て上げたと思ったのも束の間、彼女の希望そのものであった二人の息子は他界し、子孫を残すこともありませんでした。彼女はまさに、何もかも失って、「うつろ」な状態になってしまったのです。

そしてそのことをナオミは、神さまからの裁きだと考えています。13節で彼女は、二人の嫁に里に帰るよう説得したとき、こう言いました。「あなたたちよりもわたしの方がはるかにつらいのです。主の御手がわたしに下されたのですから」。また、後の20節では、「全能者がわたしをひどい目に遭わせたのです」と嘆いています。ナオミはこのような打ち続く不幸は神さまの下したものであり、それはどうすることもできないことだと、諦め切っているのです。彼女にとって、神さまは不幸をお与えになる方であり、そんな神さまに何一つ希望を見いだせなくなってしまったのです。彼女の淡々とした、冷静な言葉を聞くときに、もはや神さまに何の希望も抱こうとしない心、堅く閉ざされた無感覚ともいえる心の状態を見るのです。

しかし、神さまはナオミをそのような堅く閉ざされた心の状態のままに、しておかれませんでした。ルツという嫁の尋常とは思えない言葉と行いを通して、彼女の堅く閉ざされた心を、少しずつこじ開けられ始めようとされているのです。ルツには、どのような事情や思いがあったかは分かりません。しかしいずれにせよ、このルツという一人の異邦の女性を通して、神さまはナオミのこれからの人生に、深く関わることを決めておられるのです。

苦難の最中にある人間は、周りの世界が見えなくなり、自分の思いの中に閉じこもってしまいます。ナオミの諦めに満ちた言葉は、苦難の中に陥った人間の心を露わにしています。しかし、ナオミが孤独と虚ろさをかみしめている時に、すでに神さまがそれに先だって彼女を顧みていることを、今日の箇所は告げます。ナオミはやがて、尋常とも言える仕方で一緒についてきたルツが、彼女のこれからの人生に大きな影響を与えるようになることを、知らされていくのであります。そしてそれは、私たち一人一人にも同じように関わられる神さまの物語なのです。

お祈りをいたしましょう。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を心から讃美いたします。この主日も敬愛する兄弟姉妹と共にあなたを礼拝することができ、心から感謝いたします。私たちは人生の様々な出来事のゆえに、「うつろ」になってしまい、あなたに心を閉ざしてしまうことがあります。望みを失いそうになります。しかし、そのような私たちにあなたは関わって下さり、あなたの大いなるご計画の中に導き入れてくださいます。どうか、そのような御手の働きに心を開くことができるよう、私たちを支えていてください。この拙きひと言のお祈りを、私たちの主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。