人間の偉さとは何か

マルコによる福音書9章30~37節 2024年10月27日(日)主日礼拝説教

                         牧師 藤田浩喜

マルコによる福音書について、マルティン・ケーラーという聖書学者は「長い序文付きの受難物語」であると言いました。主イエスが「苦しみを受けて十字架につかれた」ことを、詳細に記しているからです。マルコによる福音書は、十字架の出来事の前にも、イエス・キリストが御自分の苦しみと死について三度予告されたと記しています。この三度の予告は、ちょうどバッハのマタイ受難曲の中でパウル・ゲルハルトの、「血潮したたる主の御かしら」が繰り返し表れるように、主イエスの御生涯を通じて響いて来る主旋律のようなものです。キリストの生涯は、十字架に向かって進む一筋の道でありました。

 本日の聖書個所では、主イエスの一行がガリラヤを通過したことが述べられています。ガリラヤはこれまで主イエスが町々村々を巡り歩いて伝道された、主イエスの働きの本舞台でした。ところが、そこを今の主イエスは人目を避けて通り過ぎようとしておられます。今や主イエスの心がガリラヤから都エルサレムに向かい、十字架に向かっているのです。そして、人々に語りかけるのでなく、弟子たちに語りかけて、十字架に向かう心構えをさせようとしておられるのです。

 ところが弟子たちは、主イエスの「苦しみと死」の教えを理解することができず、またその内容について「怖くて尋ねられなかった」(9:32)のです。第一回の受難予告(8:31)の時は、ペトロが主イエスをわきへ連れて行ってそれをいさめ、逆に主からその甘い考えをきつく正されました。しかし、弟子たちはなお依然としてこの予告の意味を理解することができず、むしろ主イエスに背を向けて、自分たちの運動が成功した暁に、めいめいが高い地位につくことを夢見ていたのです。ですから、かつての活動の根拠地であったカファルナウムに帰って来て、主イエスから「途中で何を議論していたのか」(9:33)と尋ねられると、彼らはそれに答えることができずに、「黙っていた」(9:34)のです。途中での主な議論は、「だれがいちばん偉いか」と議論していたからです。

 このような、主イエスの心を全く理解せずに、他人と自分を比較して能力評価をしたり、自分を他人の上に立てて誇っていた弟子たちに対して、主イエスは「座り」(9:35)直し、て諭されました。この「座る」という言葉は、当時のユダヤ教の教師(ラビ)が弟子たちを教授する姿だと言われています。

 主イエスは弟子たちに、「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい」(9:35)と教えられました。これは、キリストの弟子は、人の上に立ってはならないと命じておられるのでしょうか。主イエスのもとにユダヤ教の会堂長とかローマの軍隊の百人隊長がやって来て教えを乞うていますが、その人たちを主イエスは非難されませんでした。人々が生活を支え、あるいは豊かにするために働くことや、また力に応じて人の上に立つことを、主イエスは禁じられませんでした。

 かつてある教会の青年会の仲間の間で、会社に入って昇進することを願うのはエゴイズムであって、キリスト者には禁じられているのではないかという議論がなされたそうです。彼らは、当時その教会の信徒総代であった企業のトップも務められたことのある方にそれを尋ねたと言います。するとその方は、昇進するということは自分の奉仕の場が広がることであるから、そのために努力することは間違っていないと言われたのでした。この人は自分の地位を「奉仕の場」として受けとめていたのです。

 主イエスの場合も、集団における指導的な働きを一切認められなかったわけではありません。現に御自分の弟子集団の中に十二人という指導グループを作っておられたのです。しかし、主イエスが十字架への道を歩み始められたこの時に、弟子たちがそれに全く無関心であり、自分たちの仲間内での序列争いに夢中になっていることに、心を痛められたのです。

 ここで主イエスは、最も多く恵みを受けている者が最も多く奉仕することを求められていることを指摘され、「すべての人に仕える者になりなさい」と命じられました。これは何よりもまず、主イエス御自身の生き方でした。ある新約学者は、この「仕える者」(ディアコノス)という言葉が、主イエスの姿を最もよく示していると述べています。後に弟子たちの間での序列争いが再燃して、ついにヤコブとヨハネが、主イエスに弟子の第一位の地位を願ったことが記されています。そのとき主イエスは、世俗世界における権力追求的な生き方をはっきりと拒否されて、「仕える者」(ディアコノス)の道こそが、弟子の道であると教えられたのです(10:42~45)。ここで主は御自分こそが「ディアコノス」であると宣言しておられます。「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」(10:45)。

 「ディアコノス」とは、元来は食事の席で給仕をする人のことでした。そこから、家族の生活を配慮すること、さらには何であれ人に奉仕することを指すようになりました。主イエスは、御自分が神の子であるという自覚をもっておられました。神の子であれば、人々が崇め、お仕えするはずです。ところが主は、自分は「仕えられるためでなく、仕えるために」来たと言われます。そして「多くの人の身代金として自分の命を献げるために来た」と語られます。「身代金」とは、奴隷を買い戻すために支払うお金のことです。つまり、自分の身を犠牲にして人を救うために来たと言われるのです。

 私たちが罪を赦され、神に受け入れて頂くために、主イエスが命を捨ててくださいました。主はそのようにわれわれの僕となってくださったのです。キリスト者は、この僕(キリスト)の僕であります。ですからキリスト者は、神に仕え、人に仕える「僕の僕」として生きることが求められているのです。

 第二次大戦後暫く経った1950(昭和25)年ごろ、「アリの町」といわれた浅草の廃品回収業者の集落の人々を助けて「アリの町のマリア」と慕われた北原怜子(さとこ)という人がいます。この人が若い女性の身でこの集落に住みついたきっかけは、ゼノ神父というポーランドから来た修道士に出会ったからでしたが、その素地はその前につくられていました。

妹さんが取り寄せた高円寺にある光塩女学院の学校案内で、この学校の設立母体であるメルセス修道会のことを知ったのです。メルセス会は、中世末期に十字軍が聖地奪還のために戦っていた時代に創立されました。キリスト教徒とイスラム教徒の戦いは後になるほどイスラム軍の方が優勢になり、多くのクリスチャンが捕虜になり、奴隷にされました。この奴隷となった同朋を買い戻すためにヨーロッパでは募金運動が始まりましたが、先方が奴隷の値段をつりあげるので、間もなくこの買い戻しは困難になりました。

そのようなときに一人の青年がお金をためて、仲間の買い戻しに出かけるのですが、現地についてみると、手持ちの金額ではとても買い戻せないことが分かりました。一人の奴隷を何とか家族のもとに返せないものかと祈っていたとき、ふと心にひらめいたのが「もし自分が、捕虜になっている兵士の身代わりとなって、一生涯、誠心誠意、奴隷として仕えると申し出たら、先方の奴隷の主人も承知してくれるのではあるまいか」という考えでした。交渉を受けた先方は、このとてつもない申し出に驚くのですが、いやいや働く奴隷より、このような誠実な男に働いてもらう方が良いと判断して、それを承知しました。それを聞いた本国スペインの人たちが、彼の先例にならって、奴隷の身代わり運動を始めました。それがメルセス会の起源です。北原怜子さんは高円寺カトリック教会で洗礼を受け、このメルセス会の精神で浅草に出かけて行ったのです。

 このように自分の身を文字通り犠牲にして他者に仕える人がいること、そのすさまじいばかりの愛にわれわれは圧倒されます。しかし、そこから改めて、彼らをそこまで動かした、イエス・キリストの愛に圧倒されるのです。「イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました。だから、わたしたちも兄弟のために命を捨てるべきです」(Iヨハ3:16)。主イエスが「すべての人に仕えなさい」と言われたのは、この道を歩んでいく私を見つめながら歩みなさい、という励ましなのです。

「だれがいちばん偉いのか。」今日の弟子たちは、こう論じ合っていました。皆さんなら、この問いに何と答えるでしょうか。この問いに対しての答えは、何の注釈も付いていなければ、それは主イエスに決まっています。弟子たちも、そんなことは分かり切ったことで、だれがいちばん偉いかと論じた時に、主イエスのことは論外だったでしょう。主イエスは外して、自分たちの中でだれが偉いのかと論じていたのでしょう。

しかし、それが問題なのです。「だれがいちばん偉いか。」この問いの答えは、主イエス以外ないのです。そして、その答えを明確にするならば、二番以下を比べることに意味がないことを知るはずだからです。なぜなら、主イエスがいちばん偉いということが明らかにされる時、同時に、私たちはただの罪人に過ぎないということも明らかにされるからです。私たちは、自分がただの罪人であることを忘れると、人と比べ、だれが偉いかと言い始める。そして、自分もまんざらではないと思い始める。これが信仰の堕落です。

 私たちは、ただ主イエスを見上げて、主イエスに従っていくだけです。その時、自分の隣にいるのは、ライバルではなくて、共に主イエスに仕える同労者であり、心から愛すべき友であり、神の家族なのです。私たちはその人を批判する前に、自分がその人を受け入れているか、その人に仕えているか、その人を愛しているか、そう主イエスから問われるのでありましょう。

私たちは本当に、よき所などどこにもない、ただの罪人です。しかし、その私のために、神様は主イエスを与えてくださいました。この神様の愛だけが、私たちを助け、私たちを救い、私たちを生かすのです。「わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る、天地を造られた主のもとから」(詩編121編1~2節)。助けは、私たちの中から湧き上がってくるのではないのです。ただ、天地を造られた主のもとから助けは来ます。この主から来る助けを信じ、十字架の主イエスに従って、すべての人に仕える者として、この一週間も歩んでまいりたいと思います。お祈りをいたします。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を心から讃美いたします。今日も愛する兄弟姉妹と対面で、オンラインで礼拝を共にすることができましたことを、感謝いたします。だれがいちばん偉いか。これは私たちの心に時として湧き上がってくる思いです。人間は人の上に立ちたいのです。しかし神に御子である主イエスが、仕える者として十字架に御自身を捧げてくださいました。私たちを罪と死から命へと贖いだしてくださいました。この僕として仕えてくださった方の僕として、私たちも従っていくことができますよう強めていてください。気候が不順で寒暖差のある日々です。どうか、群れに繋がる兄弟姉妹一人ひとりの心身の健康をお支えください。この一週間もあなたを見上げて歩ませてください。このお祈りを、主の御名を通してお捧げいたします。アーメン。

わたしが示す地に行きなさい

創世記12章1~9節  2024年10月13日(日) 主日礼拝説教

                           牧師 藤田浩喜

信仰の父と呼ばれるアブラハム。これからしばらくの間、アブラハムの歩みを辿りながら、私たちの信仰のあり様を整えられていきたいと願っています。

今朝与えられております創世記12章からアブラハムの物語が始まるのですが、その直前の11章27節以下の所に、大変興味深い記述があります。アブラハム、この時はまだアブラムですが、彼の父はテラ、兄弟にはナホルとハランがいた。彼らは、もともとカルデアのウルに住んでいたというのです。このウルという町は、古代メソポタミア文明の中心地です。現在、発掘もされ、中学生の地図にも載っています。チグリス川とユーフラテス川が合流する所の近く、現在はイラク領になっている所にあった町です。このウル、当時の世界最大の文明都市と言ってよいでしょう、そこを出発して、ユーフラテス川を700km程北上して、ハランという町に住んでいたのです。そして、アブラムの妻サライは不妊の女、子どもが産めない体であったというのです。アブラムとその妻サライの家系は、これで終わる。そういうことになるはずだったのです。 

アブラムはすでに75才、妻のサライは65才でした。しかし、突然、アブラムに神さまの言葉が臨んだのです。12章1節「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。」いったい、これはどういうことなのでしょうか。4節には「アブラムは、主の言葉に従って旅立った」とあります。神さまが「わたしの示す地に行きなさい」と告げ、アブラムは、その言葉に従って旅立った。ここに「信仰の父アブラハム」が誕生したのです。その後、私たちに至るまで連綿と続く「神の民」の歴史が、ここに始まったのです。「神の民」とは、実に神さまからの「わたしの示す地に行きなさい」との言葉を受け、それに従って旅立つ者としてあり続けてきた者たちのことなのです。この地上における富や財産よりも、神さまの言葉に従うことを、何よりも大切にする民、それが神の民です。アブラハムは、その神の民のあり様を、神の言葉に従って旅立つことによって、あざやかに示したのです。

このことを、ヘブライ人への手紙はこのように記しました。11章8節「信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。」アブラハムは、この時具体的な行き先を知りませんでした。神さまが示す地というのが、今自分が住んでいる所よりも豊かな土地なのか、住みやすい土地なのか、何も知りませんでした。しかし、彼は旅立ったのです。ただ、神さまが「行きなさい」と言われたからです。

  私の知っている牧師の一人に、十年で任地を移ると決めていて、転任した教会での最初の説教は必ず、この創世記12章でやることにしていたという方がいました。彼は、自分の人生をアブラハムのそれと重ね合わせていたのでしょう。ちなみに、その方の一人息子の名前は基(もとい)でした。別に牧師でなくても、私たちは、人生の中で必ず生きる場所を変えなければならないことがあります。生まれた家を生涯離れることなく、そこに住み続けるという人は、ほとんどいないでしょう。私も、三重県に生まれ、西宮、姫路に住んで、また西宮に戻ったあとここ千葉県柏市に来ました。それぞれ転居する時には、大学に行くためとか、就職のためとか、自分の社会的状況の変化があり、それにともなう転居であったわけですが、しかし今振り返ってみますと、そこには神さまのご計画、導きというものがあったということを思わざるを得ないのです。それは、あの土地でこんなよいことがあった、あんな素敵なことがあったからというのではないのです。もちろん、そういうこともありますけれど、それだけではない。あそこからそこへ、そこからまたあちらへと移っていく中で、自分は天に備えてある神の国への旅をしている、神の国への旅の途中であることを知らされ続けたからです。自分で求めて転居したことは、あまりありませんでしたけれど、移り住んだ所で、信仰の友が与えられました。そしてその兄弟姉妹たちと共に祈り、共に神の国への道を歩んできたのです。ここが大切な所です。

アブラムは、神さまによって「行け」と言われたから旅立ったのですが、その時神さまは、ただ闇雲に「行け」と言われたわけではないのです。神さまは、この旅の涯に備えているものを約束して下さったのです。2~3節「わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める、祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて、あなたによって祝福に入る。」最初に申しましたように、アブラムとサライの間には子どもがおりませんでした。サライは不妊の女だったのです。ところが、神さまの約束は、その事実をくつがえすものでした。神さまは、「あなたを大いなる国民とする。」と約束されたのです。これは、アブラムを大きな民族、国民の祖とする、祖先とするということでしょう。そのためにはアブラムとサライの間に子どもが与えられなければ、あり得ないことです。神さまは、現在のアブラムとサライの状況から見れば、全く不可能としか思えないような約束をしたのです。アブラムは、この約束を信じました。この約束を信じて旅立ったのです。確かにアブラムは、具体的にどこに行くのかは知りませんでした。この旅の途中で何が起きるのかも知りませんでした。不安もあったでしょう。しかし、アブラムには、神さまの約束がありました。この神さまの約束、ただそれだけを信じて旅立った。ここに神の民は誕生したのです。

  私たちも明日を知りません。その意味で、不安が全くないと言えば嘘になるでしょう。しかし、神さまの約束があるのです。私たちを守り、支え、導き、神の国へと、復活の命へと招くという、約束があるのです。この神さまの約束を信じて、私たちは旅立つのです。自分が慣れ親しんでいたものから離れて、新しい局面へと、一歩を踏み出していくのです。

  アブラムが与えられた約束は、自分一代で何とかなる、何とかする、そんなものではありませんでした。何十、何百代後に成就する壮大な神さまのご計画による約束だったのです。彼一代のことで言えば、イサクという一人の息子が与えられるということだけだったのです。もちろん、生まれるはずもない子が与えられるのですから、これもまた、大変なことであるには違いありません。しかし、それは、この壮大な神さまの約束と比べるならば、まことに小さなことです。しかし、それは初めの一歩なのです。

 私たちはよく、小さな信仰、大きな信仰という言い方をします。それはどういうことかと言いますと、神さまを小さくする信仰、神さまを大きくする信仰ということだろうと思います。神さまの祝福の御業を、自分の考え、自分の生きている間、そういう制約の中で小さくとらえてしまう。それが小さな信仰ということなのでしょう。私たちは、もっと大きな信仰を与えられたいと思うのです。神さまの御業を、自分の理解や、自分の見通しや、自分の今置かれている状況を超えて、神さまの本来の力、本来のご計画に従ってとらえ、信頼し、それに向かって一歩を踏み出していく信仰です。

アブラムは、「祝福の源となるように」との言葉を与えられました。全て神さまの祝福を受ける者たちの基礎、ここから全ての祝福が始まる、そういう存在にあなたはなるのだと言われたのです。この言葉は、イサク、ヤコブ、そしてイスラエルの民に受け継がれてきました。そして主イエス・キリストの到来によって、まさに全世界へと広がり、私たちの所へと伝えられてきたのです。このアブラハムによって伝えられた神さまの祝福を今担っているのは、私たちなのです。神さまの祝福は伝えられ、広げられていきます。そして、地上の全ての民が神さまの祝福に入る、神さまの救いに与ることになるのです。このアブラハムの祝福を受け継いだ者は、皆、小さなアブラハムになるのです。私たちは、最早、自分の救いという所にとどまることはできません。全ての民が、この神さまの祝福に与ることを願い、求め、用いられることを喜びとする。私たち信仰者は祝福を世に反映する者とされるのです。

  アブラムがどのような人であったのか、それ程、くわしいことはよく分かりません。少なくとも、アブラムが神さまの祝福の源とされて召し出された時、アブラムがこのような人であったので、神さまはアブラムを選んだというようなことは、一切記されていないのです。それは、私たちが選ばれたのと同じことなのです。無から有を生み出される神さまの救いの御業は、アブラムの人間的な能力によって実現されていくべきものではないからであります。強いてアブラムが神さまに選ばれた理由として挙げるならば、彼には子どもがいなかったということだろうと思います。子どもがいない。だから、大いなる国民の祖となることは不可能。アブラムの能力・力によったのでは実現不可能なことです。この人間的に見れば不可能であるがゆえに、神さまの働きは一層確かになり、明らかになるのです。神さまによらなければ実現しないからです。実に私たちもそうなのです。私たちが神さまの祝福を受け継ぎ、これを伝える者として選ばれた理由は、私たちが有能で、信仰深く、愛に満ちた者であるからではありません。まさに、それと正反対な者であるがゆえに、私たちを選ばれたのではないかと思います。ですから、私たちは自分の力のなさを嘆くには及ばないのです。無から有を生み出される神さまの力を信じていけばよいのです。アブラハムに生まれるはずのないイサクを与えられた神、主イエスを十字架の死から復活させられた神、この神の力を信じて、委ねていけばよいのです。

最後にもう一つ、大切なことを学びたいと思います。それは、7節後半にも、8節にも書いてありますが、彼が旅路の行く先々で、主のために祭壇を築いた、ということです。祭壇を築いて、主の御名を呼びました。申すまでもなく、祭壇は礼拝のためです。次のところでも、またそうしました。アブラハムの生涯は、祭壇から祭壇への生涯でした。特に最初の祭壇は、モレの樫の木のそばにあって、創世記で何度も出て来ます。彼にとっては自分の母教会のようなものでした。彼の生涯は波乱万丈の生涯でしたが、それは、礼拝から礼拝への生涯でした。それなしに、彼の旅における神の祝福は考えられませんでした。これは、私たちが毎週毎週礼拝を守ることによって、人生という旅路を全うすることの原型が、ここに既にある、ということです。私たちは信仰において、このアブラハムの子孫です。御国を目ざす旅を続ける中で、神の祝福を受け、神の祝福を語り伝えていくのです。この週も、私たち一人一人に神さまの祝福が豊かにありますように、祈りを合わせたいと思います。お祈りをいたします。

【祈り】わたしたちの主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を讃美いたします。今日も愛する兄弟姉妹と、体面でオンラインで礼拝を守ることができましたことを、心から感謝いたします。アブラハムの出発の記事を通して、私たち信仰者の歩みが、行き先も知らない旅であることを知らされました。しかしそのような私たちを、あなたは大いなる救いの約束を与えて導いてくださいます。その約束を信じてあなたを見上げて歩む者としてください。来週は川越弘先生をお迎えして、特別伝道礼拝を行います。どうか、この特別伝道礼拝を豊かに祝し用いてください。季節が進み気温の変化が激しいこの頃です。どうか、兄弟姉妹一人一人の心身の健康をお守りください。このひと言の切なるお祈りを、主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

信仰の生まれるところ

マルコによる福音書9章14~29節 2024年10月6日(日)主日礼拝説教
                            牧師 藤田浩喜

 先週の礼拝では、高い山の上で主イエスが栄光に輝く姿に変貌され、それをペトロ、ヤコブ、ヨハネの3人が目撃し、畏れの中にも感激したという箇所を読みました。今日の箇所は主イエスたちが山から降りてこられた下界の話です。霊に取りつかれてものが言えず、霊が取りつくと所かまわず地面に引き倒される子どもが、下界にいた弟子たちによって癒やされなかった。弟子たちはその子どもから霊を追い出せなかったという現実が、主イエス一行を待ち構えていたのです。
 イタリアの画家であるラファエロが、山上の変貌の場面を絵に描いていますが、絵の上3分の1のところには、宙を浮く主イエスとモーセとエリヤの神々しい姿が描かれ、下3分の2には下界の混乱した様子が描かれています。その絵の中には確かに体をこわばらせた男の子が手を上げており、父親とおぼしき男性がその男の子を支えています。そして、聖書を携えた律法学者や群衆、そして弟子たちが、何かをめぐって激しく議論している様子が描き込まれているのです。下界である人間の世界で起こっていることが、いかに深刻で混乱に満ちているかを思わされずにはおれないのです。

 今日の聖書箇所には、主イエスの他に、弟子たち、悪霊に取りつかれた子どもとその父親、群衆や律法学者が出てきますが、今日は子どもを連れてきたお父さんに焦点を当てて見ていきましょう。この父親は、霊に取りつかれてものが言えず、霊が取りつくと所かまわず地面に引き倒される子どもを、下界にいた弟子たちのところに連れてきました。主イエスは不在でしたけれども、あの偉大な御方のお弟子さんであれば、子どもから悪霊を追い出してくれるかも知れない。そのような期待があったに違いありません。
しかし、いくら弟子たちが真剣に祈っても、子どもの状態は以前のままでした。「やっぱりダメだったか」と落胆していたところに、主イエスが3人の弟子たちと山から降りてこられました。突然、主イエスが戻ってこられて、父親も周りの人々も驚いたようです。しかし、せっかく主イエスとお会いできたのだからと、父親はこれまでのいきさつを主イエスに説明したのです。主イエスは弟子たちが子どもを癒せなかった状況を嘆かれつつも、その子に関わろうとなさいます。そして「その子をわたしのところに連れて来なさい」(19節)とおっしゃいました。そして悪霊に取りつかれた男の子の様子をじっくりご覧になると同時に、その子の父親に質問をなさったりして、主イエスと父親との対話が進んでいくのです。

 主イエスと子どもの父親との対話ですが、このお父さんは息子のことをよく見ていますし、よく知っていることが分かります。最初に息子の状態を報告した時、父親は的確な言葉で息子の様子を説明しています。「この子は霊に取りつかれて、ものが言えません。霊がこの子に取りつくと、所かまわず地面に引き倒すのです。すると、この子は口から泡を出し、歯ぎしりして体をこわばらせてしまいます」(17~18節)。そして主イエスに、「このようになったのは、いつごろからか」と質問された時も、「幼い時からです。霊は息子を殺そうとして、もう何度も火の中や水の中に投げ込みました」(22節)と答えています。父親は日常生活の中で息子と関わり、必要な援助をしてきたのでしょう。そして、繰り返し命の危機に遭遇する息子に対して、父親が盾となり助け出して、ここまで命をつないできたのではないでしょうか。悪霊に取りつかれて苦しみ、壮絶な体験をしてきた息子を見てきた父親は、息子を何とか助けてやりたいと思い続けてきたことでしょう。だからこそ評判の高い主イエスの弟子たちのもとに、息子を連れてきたのでした。しかし、主イエスの弟子たちは息子から悪霊を追い出すことができませんでした。「やはり無理だったのか」、「息子をどうしてやることもできないのか」。失望と無力感は大きかったと思います。父親が主イエスにお会いできた時も、主イエスに対しても大きな期待を抱くことはできなかったのではないでしょうか。

 先々週、ケニアのナイロビで障がいをもった子どもたちの療育施設「シロアムの園」を運営している公文和子先生のことを、皆さんにご紹介しました。あれから興味があって公文先生が書かれた著書『グッド・モーニング・トゥ・ユー!』(いのちのことば社)という本を読みました。『グッド・モーニング・トゥ・ユー!』は、朝子どもたちが「シロアムの園」にやって来た時に、公文先生や職員の人たちが子どもたちに笑顔で語りかける挨拶だということです。この『グッド・モーニング・トゥ・ユー!』という本には、「シロアムの園」の活動が大変詳しく紹介されています。色んな障がいをもった子どもたちのこれまでの生活や「シロアムの園」に通うようになってからの生活が、ていねいに紹介されています。
 「シロアムの園」で小児科医として最も多く先生が診療するのは、感染症とけいれんだといいます。そして障がいをもった子どもたちの中には、けいれんを伴うてんかん症状が現れる子どもたちも少なくないのだそうです。そして子どもたちにてんかん症状があることは、家族に大きなストレスを与えます。てんかん症状は見ている者たちにとっても恐い感じがしますし、このまま死んでしまうのでは、という不安も引き起こします。病状が激しく、慣れていない者の目には恐ろしく見えることもあることから、ケニアの社会では「悪霊が取りついている」と考えられることが少なくありません。そしてケニアにはさらに、てんかんは伝染する病気で、特に、発作の時のよだれやおしっこから感染するという迷信があります。もちろん、てんかんは伝染する病気ではありませんが、この迷信が大きな差別や偏見を引き起こしていると言うのです。さらに、多くの場合、かなり長い期間または一生 薬を飲み続けなければならないので、経済的な負担も計り知れないのです。ケニアには公的な医療保険がなく、障がいをもった子どもたちの家庭の多くは、経済的にギリギリの生活をしています。色んな労苦を負いながら、障がいをもった子どもと共に生きているのです。
 今日の聖書に出てきた子どもの状態が、今日のてんかん症状とよく似ているのは事実ですが、実際どうであったかは分かりません。しかし、今日登場しているお父さんやその家族も、現在のケニアの家庭が背負っているような重荷を、幾重にも背負っていたことはおそらく間違いありません。それだけに一縷の望みを託して主イエスの弟子たちのもとに来たのに、何の甲斐もなかった。そのことは、この父親に失望だけを残すものであったと思うのです。

 さて、主イエスはこの父親にどう向かい合われたでしょう。主は悪霊に取りつかれた子どもの状態やこれまでの経緯をお聞きになって、すぐにその息子から悪霊を追い出されたのではありませんでした。すぐにそれは可能だったと思いますが、主イエスは父親とまさに真剣勝負の対話をなさるのです。主イエスは息子から悪霊を追い出すことだけを、目的とはされません。息子の父親に「信じるとはどういうことか」を分からせようとなさるのです。
 父親は弟子たちへの失望感の中で、こう言います。「おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助けください」(22節)父親がほとんど主イエスに期待していないのが伝わってきます。全幅の信頼は持たないが、それでも「何かあれば」という消極的な思いです。しかし主は、「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる」(23節)と言われます。主イエスは父親の信仰が中途半端であることを暴かれます。そして信じるということは、信じる相手に自分を100%明け渡すことだと教えられたのです。「信じる者には何でもできる」という言葉聞く時、私たちは心の中ですぐにその言葉を否定してしまいます。「私たちにできるわけがない」と思ってしまいます。しかし御業をなさるのは、神の御子イエス・キリストです。この方は「何でもできる」御方です。わたしたちの目の前におられる御方が何でもできる御方であることを知って、100%この御方にお委ねする。全体重、全存在をかけてこの御方に依り頼む。それが信じるということだと、主イエスは教えられるのです。
 主イエスのこのひと言に、息子の父親は目が覚めるような思いがしたに違いありません。目の前におられる方が、はっきり見えてきたのでしょう。父親はすぐに主イエスに向かって叫んだのです。「信じます。信仰のないわたしをお助けください」(24節)。これは100%主イエスにお委ねするという信仰告白だったのです。「信じます」という告白と「信仰のないわたし」という言葉は、理屈で言えば矛盾しています。「信仰のないわたし」は「信じる」と告白することはできません。しかし、わたしたち聞く者には、この告白が真実の言葉であることが分かります。「自分には信仰と呼べるものはない。今はっきりとそれが分かりました。しかしあなたは何でもできる御方であり、わたしのすべてをお委ねできる御方です。どうか信仰と呼べるもののないこのわたしを、お助けください。」主イエスとの出会いと対話によって、父親にはすべてを主に委ねる信仰が生まれたのです。自分をすべて明け渡して、100%依り頼むことのできる御方を見いだしたのです。主イエスは悪霊に取りつかれた子どもを、悪霊から解放しただけではありません。子どもの父親をも救ってくださったのです。これから後、父親が神への信仰、主イエスへの信仰をもって生きていけるようにしてくださったのです。

 先ほどの公文和子先生の「シロアムの園」の生活ですが、通ってくる子どもたちの多くが心身の重い障害を持っています。一人一人に合った療育を続けても、一般の学校に行けるようになる子どもや仕事に就けるようになる子どもは、ほとんどいません。何年、何十年と療育に通いながら、家庭で過ごすことになります。公文先生や施設のスタッフの方たちが日々献身的に療育をされていますが、重い障害が無くなるということはありません。聖書の御言葉に養われ、祈りをもって一日の仕事を始めている「シロアムの園」であっても、主イエスを心から信じていても、障がいがなくなるという奇跡は起こらないのです。
 しかし、障がい者への差別が強い社会にあって、家で隠されるように過ごしてきた子どもたちが、シロアムの園ではあたたかく受け入れられます。施設のスタッフが、その子にあった食事の仕方、遊び方、対応の仕方を保護者と一緒に考えてくれます。孤独に暗中模索で世話をしてきたお母さんやお婆ちゃんも、笑顔で支えてくれる存在によって励まされます。そして、障がいをもった子どもたちが、小さなことでもできることが増えていく、子どもたちの楽しそうな笑顔がだんだん増えていく。そうすると、親御さんもスタッフも一緒に喜び合うことができます。シロアムの園であたたかく受け入れられることで、障がいのある子どもにも、親御さんにも、そして園のスタッフにも、生きる喜びが与えられるのです。「生きていて本当によかった!」と思えるのです。
 主イエスを信じて主イエスに委ねて生きる時、今日の父親がそうであったように、わたしたちには主イエスという御方がだんだん見えてきます。自分を頼りにするのではなく、この御方にすべてをお委ねすればよいのだということが、分かってきます。そして主イエスは、この世が与えることのできない平安をわたしたちに与え、他者と一緒に生きる喜びをわたしたちにもたらしてくださるのです。
人生を一変させるような奇跡は起こらないかもしれません。しかしわたしたちは、わたしたちが生きている時も死ぬ時も、すべてをお委ねすることのできるお方を信じて歩むことができるようになるのです。「信じます。信仰のないわたしをお助けください」。この父親の叫んだ祈りを、わたしたちの祈りとして、これからの信仰生活を送っていきたいと思います。お祈りをいたしましょう。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を讃美いたします。10月の第一主日、愛する兄弟姉妹と共に対面でオンラインで、礼拝を守ることができ、心から感謝いたします。神さま、あなたは信仰をわたしたちに与えてくださいます。それは自らの力を誇る信仰ではなく、あなたに全存在をかけて依り頼む信仰です。どうか、かの父親と共に「信じます。信仰のないわたしをお助けください」と祈ることができますよう導いていてください。季節は変わり、寒暖差の激しいこの頃です。どうか、兄弟姉妹が体調を崩すことなく、日々守られて過ごすことができますよう、お支えください。このひと言の切なるお祈りを、主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

【聖霊を求める祈り】主よ、あなたは御子によって私たちにお語りになりました。いま私たちの心を聖霊によって導き、あなたのみ言葉を理解し、信じる者にしてください。あなたのみ言葉が人のいのち、世の光、良きおとずれであることを、御霊の力によって私たちに聞かせてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

イエスとは何者か

マルコによる福音書8章27~30節 2024年9月15日(日)主日礼拝説教

                           牧師 藤田浩喜

 マルコによる福音書をご一緒に読み進めていますが、今朝与えられております御言葉は、分量的にも内容的にも、マルコによる福音書の真ん中に当たります。今朝与えられております御言葉において、ペトロが遂に主イエスに対して「あなたは、メシアです」、救い主、キリストですと告白いたします。この告白以後、主イエスは御自身が十字架に架けられて死ぬこと、三日目に復活することを、弟子たちにはっきりと語り始められます。そして主イエスは、御自身が十字架に架けられるためにエルサレムへと歩みを進めていくことになるのです。主イエスは、これまでも様々な奇跡をなし、教えを語ってこられましたが、それらはすべて、御自身が誰であるかということを示すためであり、御自身を遣わされた神様の御心が何であるかを示すためでした。そして遂に、十分なあり方ではないにせよ、弟子たちが主イエスをメシアであると告白するに至りました。ここに至って、主イエスが御自身の本当の目的、なさねばならないことを明らかにすることのできる備えができたのです。

 さて、ペトロが主イエスをメシアであると告白する前に、主イエスは弟子たちにこう言われました。27節「人々は、わたしのことを何者だと言っているか。」この問いに対しては、弟子たちは比較的気楽に答えることができたと思います。「『洗礼者ヨハネだ』と言っている人もいます、『エリヤだ』と言っている人もいます、『預言者の一人だ』と言っている人もいます。」多分、これが当時の、主イエスに対する人々の正直な思いだったのでしょう。

 この三通りの答え方には、それぞれ背景があります。洗礼者ヨハネというのは、主イエスに洗礼を授けた人です。人々から大変な支持を受けておりましたが、ヘロデ王によって殺されてしまいました。人々の中には、主イエスを、このヨハネが生き返ったのだと思う人がいたと言うのです。それほどまでに、人々は洗礼者ヨハネを本当の預言者と思い、彼に対して期待する所が大きかったということなのでしょう。そしてそこには、ヨハネこそ救い主・メシアではないかと期待していた人々の思いもあったのではないかと思います。

 また、「エリヤだ」と言う人々もいました。このエリヤというのは、旧約聖書の列王記に出て来る人です。主イエスより800年も前の、旧約聖書における代表的な預言者であり、数々の奇跡をなした力ある預言者でした。主イエスをあのエリヤの再来だと言うのです。それは、救い主、メシアが来る時には、その前にエリヤが再び来るという預言がマラキ書などにあり、主イエスをエリヤだと言う人々は、その救い主・メシアが到来する事への期待があったということでしょう。

 そして、「預言者の一人」と言う人もいました。マラキという預言者が出て以来久しく、何百年もユダヤには預言者は現れていませんでした。しかし、洗礼者ヨハネといい、主イエスといい、本当の預言者が次々と現れている。次は本当に救い主、メシアが来るのではないか。そのような期待が人々の中にあったということなのだと思います。

 つまり、主イエスが生きた時代、イスラエルの人々の間には、救い主が現れるのではないかという期待があったということなのです。そしてその期待感が、主イエスに対する人々の思いの中に、現れていると見てよいではないかと思います。

 主イエスは次に、弟子たちにこうお尋ねになりました。29節「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」これは大変厳しい問いです。「人々は何と言っているか」という問いならば、自分のことではありませんので、気楽に答えることができたでしょう。しかし、「あなたは」と問われると、話は別です。この問いに対して、弟子たちは一瞬、沈黙したのではないかと思います。そして、その沈黙を破るようにして、一番弟子のペトロが「あなたは、メシアです」と答えたのです。

この答えは、それまでの、洗礼者ヨハネだ、エリヤだ、預言者の一人だという答えとは、全く質が違う答えなのです。洗礼者ヨハネだ、エリヤだ、預言者の一人だというのは、平たく言えば、「神様に遣わされた凄い人だ」ということです。しかし、ペトロが口にした「メシアです」というのは、凄い人だということではないのです。そうではなくて、旧約において預言されてきた救い主、この方によって歴史が変わり新しい時代に入っていく、この方によって神様の救いの業が完成する、この方によって神様の御心が完全に現される、もっとはっきり言えば、天地を造られた神様そのもの、私たちが拝むべきお方ということなのです。聖書は、天地の造り主である神様しか拝むことをしません。ですから、どんなに凄い人、偉い人であっても、それが人であるならば、拝むことはしません。しかし、メシアは全く別なのです。

 このメシアという言葉、これは直訳すれば、油注がれた者という意味のヘブル語です。この油注がれた者という意味のギリシャ語がキリストです。ですから、メシアもキリストも全く同じ意味です。旧約において、油を注がれて神様の御用に立てられる大切な職責が三つあります。預言者、祭司、王です。メシア、キリストは、まことの預言者、まことの祭司、まことの王として来られる。そういう方として旧約以来イスラエルの民が待望していた方だったのです。この方によって神様の御心は完全に明らかにされ、この方によって完全な救いが実現され、この方によって神様の御支配が完全に行われる。それがメシア、キリストなのです。それは、凄い人、偉い人というのとは全く次元が違います。この方によって天地創造以来の神様の救いの御計画が完成されるのです。

 マタイによる福音書16章13節以下にはここと同じ記事が記されておりますが、そこではペトロは「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えています。「メシア」を「生ける神の子」と言い換えています。これは、ペトロがメシアの意味を解釈しているわけです。ただの偉い人なんかじゃない、天地を造られた神様の独り子だと告白しているわけです。そして、それに対して主イエスは、「あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ」と言われました。主イエスのことを何か凄い人だ、偉い人だと思う、そのような方として受け入れる。それは難しいことではありません。主イエスの言葉を一つでも聞き、奇跡の一つでも見れば、そのくらいのことは誰でも思います。社会の教科書にだって、主イエスはソクラテスやお釈迦様や孔子と並んで聖人に数えられています。偉い人とは、そういうことでしょう。

 しかし、ペトロがここで告白したのは、そういうことではないのです。あなたはキリスト、神の子、救い主、私が拝むべきお方、私の主人。そう告白したのです。それは、主イエスを信じた、主イエスを信じる信仰がここに生まれたということなのです。ですから主イエスは、マタイによる福音書によれば「あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ」と言われたのです。天の父なる神さまによって示されなければ、主イエスがキリストであるということは、誰も告白することはできないからなのです。信仰は与えられるものです。神さまが与えてくださるものです。そうでなければ、主イエスを神の子、救い主、キリストと信じることはできないからです。

 主イエスを救い主、キリストと告白するということは、単なる言葉の問題ではありません。その人がその信仰によってどう生きるかということです。この「信仰によって生きる」ということが抜けてしまえば、信仰にはなりません。当たり前のことです。もちろん、私たちの信仰はどこまでも不完全であり、私たちはどこまでも不信仰でありましょう。しかし、不完全なりに、不信仰なりに、何とか「イエスはキリストです」、「イエスは私の主です。」この信仰に生きたいと思う。そしてそのために、天の父なる神様の支えと導きを願い祈る。それが私たちの歩みなのでしょう。

 私たちが、「イエスはキリストです」と告白するということは、「イエスは主なり」と告白することと結びついています。この二つの告白は分けることができません。主イエスはキリストですが私の主ではありませんとか、主イエスは私の主ですがキリストではありません。そんな信仰はないでしょう。私たちの信仰は、「イエス様あなたはキリストです。そして、私の人生の主人は私ではなく、イエス様あなたです。」そう告白し、生きることです。この二つの信仰告白は分けることはできません。だから私たちは、「主、イエス・キリスト」と言うのです。「私の主人であるイエス様、あなたはキリストです。」そう告白し、その信仰に生きるのです。

 キリスト教会が生まれたのは、ローマ帝国の時代でした。ローマの文化は、ギリシャ神話と同じ神話を基礎にしていますから、元々多神教であり、自然宗教です。これは日本も同じです。多神教の文化の中では、人間が平気で神様になり、拝まれるということが起きます。ローマ帝国の時代、ローマ皇帝もまた拝まれました。主イエス・キリストは、ギリシャ語ではキュリオス・イエスース・クリストスと言うのですが、この主という言葉、キュリオスという言葉は、ローマ皇帝に対しても用いられていたのです。

しかしキリスト者たちは、キュリオス・イエスース・クリストスと言うことによって、私の主、私のキュリオスは、救い主キリストである主イエスであってローマ皇帝ではない、ということを言い表すことになってしまったのです。もちろん、ローマ皇帝に忠誠を誓わないとか、反逆するということではありません。しかし、私の主は主イエスなのです。主イエスを差し置いて、この世におけるどんな権力ある者に対しても、「あなたが私の主」とは言えなかったのです。これは当然、キリスト者たちを厳しい状況へと追い込みました。それでも、キリスト者たちは、自分の主人は主イエスです、主イエスは生ける神の子キリストなのですから、そう告白し、生きたのです。私たちの主は、ただキリストである主イエスだけなのです。この告白の意味することを、いつも心に刻みつけながら、新しい一週間を歩んでまいりましょう。お祈りをいたします。

【祈り】私たちの主であるイエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を讃美いたします。今日も敬愛する兄弟姉妹と共に礼拝を守ることができましたことを、心から感謝いたします。神さま、私たちはあなたの遣わされた御子を、主イエス・キリストと呼び、崇めています。私たちに救いを与え、私たちが主とするお方はこの方しかおりません。どうか、私たちがこのお方を世に向かって力強く告白すると共に、このお方に依り頼んで生きることができますよう、私たちを導いていてください。今日の礼拝後私たちの教会の信仰の先輩方を覚えて、お祝いの愛餐会を行います。どうか、信仰の先輩方があなたの御護りとお支えの中で日々歩むことができますよう、導いていてください。この拙き切なるひと言のお祈りを、私たちの主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

命を惜しみ給う神の愛

ヨナ書4章5~11節 2024年9月8日(日) 主日礼拝説教

                          牧師 藤田浩喜

 8回にわたって学んでまいりましたヨナ書も、最終場面に至りました。ヨブ記などがいわゆるハッピーエンドという形でその物語を閉じているのに対して、ヨナ書は、最後に神の言葉が語られることによって閉じられています。そのために一つの物語が終わったというよりも、そこから何か新しいものが始まるような雰囲気が、この終わりの部分に漂っている感じさえします。別の言葉で言えば、私たちのこれからの生き方に新しい課題が差し出されて、ヨナ書が閉じられているということです。

 さて最後の部分、神の言葉で締めくくられているこの部分を学ぶに当たって、ヨナの状況をもう一度確認しておきましょう。彼は、悔い改めて滅びから免れたニネベの都がこのままで終わることはあるまいと考えて、あるいはそのことに期待して、都の東の方に仮小屋を建てて、都の成り行きを見届けようとします。神はそのようなヨナのために、とうごまの木という一つの植物を生えさせ、木陰を作り、ヨナが暑さをしのぐことができるようにしてくださいました。ヨナはそのとうごまの木を非常に喜びました。

 ところが神は、ご自分で備えられたとうごまの木を、これもまたご自分で用意された一匹の虫によって食い荒らさせて、一夜にして枯らしてしまわれました。そのため灼熱の太陽の日射しがヨナの上に降りそそぎ、また東からの熱風もヨナに吹きつけて、ヨナは激しい苦しみと暑さの中で死を求めて叫んでいます。8節です。「生きているよりも、死ぬ方がましです」。

そのように死を願うヨナに神が語りかけられている言葉が、10節、11節に記されています。ヨナに語りかけられている最初の言葉は、「お前は、自分で労することも育てることもなく、一夜にして生じ、一夜にして滅びたこのとうごまの木さえ惜しんでいる」というものでした。ここに「お前は」という呼びかけがなされています。その「お前は」というのは、11節に出てきます「それならば、どうしてわたしが…」という時の「わたし」との対比の中で用いられていることに、気づかされます。お前ヨナと、わたし神とが、対比的に描かれています。

ヨナが死ぬほどに悔しい思いをしている枯れてしまったとうごまの木は、ヨナが自分で植えて、丹精込めて、苦労をしながら育てたものではありませんでした。ヨナの知らない間に神が一夜にして生えさせて、ヨナの暑さを防いでくださったものでした。このとうごまの木に、ヨナの愛情が注がれてきたわけではありません。ヨナにとってはいわば自然現象の一つに過ぎないようなものでした。

しかしそれは、ヨナにとって都合のよいものであったことは事実です。思いがけない現象として生じてきたとうごまの木を、ヨナは単純に喜びました。そしてそれが枯れ果てて、暑さが襲って来た時、枯れたとうごまの木を残念に思い、暑さの苦しみの中で、彼は自ら死ぬことを願いました。神はそのようなヨナに対して、「お前はとうごまの木のことで怒るが、それは正しいことか」と鋭い調子で問いかけておられます。神は、自分の死をさえ願うヨナの怒りが、過ちであることを自覚させようとしておられます。それと同時に、一本の木が死ぬことを惜しむヨナの心に目を向けられます。あなたはとうごまの木の死を悲しんでいる、その心を手がかりにして、もっと大切なことを考えてみなさい。神はそのようにして今、ヨナに教えようとしておられます。

とうごまの木が生えたことと枯れたこととは、神の教育的な目的がそこには込められていました。神は、身のまわりの出来事から霊的な事柄へと、ヨナを高めようとしておられます。そしてそれが、11節最後の言葉によって明らかにされます。「それならば、どうしてわたしがこの大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。そこには、12万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいるのだから」。神はそのように語っておられます。

ここでまず注目すべきことは、先ほども述べましたように、「それならば、どうしてわたしが…」と言われるこの「わたし」という言葉です。神がご自身について、強い調子で語っておられます。ヨナに対して、「お前は一本の木の死をさえ惜しんでいる」と語られ、「そうであるならば、ましてや、すべてのものの造り主であり、あなたがたの神であるこのわたしが、人の命を惜しまないでおられようか」と、これも強い調子で神はヨナに語りかけておられます。ヨナが、自分自身の都合・不都合、利益・不利益ということから目を離して、神の真実なお姿に目を向けることを、今求めておられます。

「惜しむ」という言葉が二度用いられていますが、これは憐れむとか、心ひかれるとか、いとおしく思うという意味を持っています。ヨナのとうごまの木の死を惜しむ心を、神は大切にしながら、そこに着目しながら、それ以上に神がニネベの都の人々の命を惜しむ心を、あなたは理解しなければならない。ヨナは神の御心に、畏れと感動とを持って触れることが求められているのです。

神は大いなる都ニネベについて、次のように語っておられます。「そこには、12万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいる」。右も左もわきまえないというのは、物事の道理が分からない子どもに関して用いられることが多い表現です。ここでは子どものことだけではなくて、神の律法を知らない異邦の人々、あるいはもっと言うならば、真の神も真の救いもまだ知らされていない異教の国の人々という意味で、この言葉が用いられていると考えてもよいでしょう。そのような人々は、神の愛の対象外にあるのではなくて、彼らこそ神の愛が向けられるべき人々なのだというのが、ここでの神の教えです。しかもそれらの人々が、12万人以上もいると言われています。また人間だけではなくて、無数の家畜たちのことにも言及されているのです。

右も左もわきまえない12万人の人々。けれどもそうであっても、神の御言葉が語りかけられるならば、神のもとに戻ってくることができた人々でした。物言わぬ家畜であっても、これもまた、造り主なる神の御手によって造り出されたものです。これらの人々も家畜も、神の愛の対象なのです。それらが罪のゆえに滅んでいくことを、わたしは惜しまないでおられようかと、神はヨナに語りかけておられます。あなたが一本のとうごまの木を惜しんでいる以上に、わたしはそれと比べようもなく12万人以上のニネベの都の人々の滅びを惜しむのだ。無数の家畜たちが滅んでいくのを見過ごせないのだと、神の声が力強くヨナに語りかけられています。愛に急き立てられた神の御声が響いてくるように思います。

マタイによる福音書20章1節以下において、イエス・キリストは、よく知られているぶどう園の労働者の譬え話を語っておられます。朝早くから夕方まで、主人が町に出て労働者を雇ってくる話です。その中で、朝早くから働いた者にも、夕方わずか1時間しか働かなかった者にも、ぶどう園の主人は、夕方仕事が終わった時に、同じ賃金を払いました。その時、朝早くから働いた者が主人に不平をもらす場面があります。主人はその不平をもらす者に、こう答えます。「わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ」。この主人によって表されている愛と慈しみの大きさは、神の愛と慈しみの広がりを示すものです。神の愛はすべての人に及ぶ、先に選ばれた者だけではなくて、すべての者に及ぶのです。そのことを知ることは、それを知った者自身の救いと希望につながっていきます。ヨナは、この神の愛の広がりの中で、自分自身を正しく位置づけることが求められているのです。

そのことを知る時に、この認識は新しい世界の扉を開くものとなります。このヨナへの促しは、私たち一人一人にも実は向けられています。そのことを私たちは、二つのことを通して考えておきたいと思います。

その一つは、わたしたち自身の内にあるヨナ的なものを取り除けと、促がされているということです。救いに値する者とそうでない者とを私たちは簡単に選り分けてはいないか。交わりに値する者とそうでない者との仕分けを私たちはいつの間にかやってはいないか、そういう自己吟味が促されています。また、教会や信仰者が現在の状況で満足し切っていないかどうかも、問われています。主イエス・キリストは、「わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない」と、ヨハネによる福音書で語っておられます。その御言葉に従った業を、教会や信仰者は今なそうとしているのかどうか、このことが問われています。それと同時に、神の愛の広がりに仕えることへの新たなる召し出し・召命を、私たちは今ここで受けているのです。

そしてもう一つの考えておきたいことは、ニネベの都の右も左もわきまえない人々や無数の家畜を愛された神の愛は、今日生きるのに困難を覚えたり、望みや力を失っている一つ一つの魂に対しても、差し向けられているということです。神をすでに知っている者に対して、神は愛を注ぎ給います。それだけではなく、神をまだ知らない者にも神の愛は注がれます。神を知らない人々の命を惜しみ給う神は、懸命に生きようとしながらも、生きる喜びと意義を見出すことができないでいる人々の命をも惜しまれる、それをいとおしく思われるお方なのです。

分かりにくい社会です。生きにくいこの世です。誠実に生きようとする者が、必ずしも報われることのない社会です。しかし、そこに神は愛する独り子イエス・キリストを送ってくださいました。それはまさに、このような世界に生きる私たち一人一人への神の愛のしるし、そこに生きる私たちの命を惜しみ給う神の愛のしるしなのです。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」。

その神の愛にお応えする道は、私たちが今与えられている命を、イエス・キリストを与えてくださった神を見つめつつ、精一杯生き抜くことです。そのような私たちに、私たち一人一人の命を惜しみ給う神は、常に必要な助けと導きを与えてくださるでしょう。その神がい給う限り、私たちの人生は死ぬよりも生きる方がましなのです。そのような神がわたしの神としてい給う限り、私たちの人生は生きるに値するものなのです。ヨナ書を結んでいる神の最後の言葉は、今も力強く響いているのです。そのことを覚えましょう。お祈りをいたします。

【お祈り】主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を褒め称えます。今日も愛する兄弟姉妹と顔を合わせて、またネットを通して、共に礼拝を守ることができましたことを、感謝いたします。今日もヨナ書を通して御言葉を与えられました。あなたが願われるのは罪ある私たち人間が滅びることではありません。私たち人間が罪を悔い改めてあなたのもとに立ち帰ることです。あなたはまだあなたのことを知らない、囲いの外にいる人々の命をも惜しまれます。その命を救おうとされます。イエス・キリストを通して示されたその深い神の愛を、私たちの宣教の業を通して伝えさせてください。そのために私たち一人ひとりを用いてください。まだまだ残暑の厳しい日々が続きます。どうか兄弟姉妹の健康をお支えくださり、あなたの平安をもって導いていてください。このひと言の切なるお祈りを、主イエス・キリストの御名を通してお捧げいたします。アーメン。

主イエスが見えるようになる

マルコによる福音書8章22~26節 2024年9月1日主日礼拝説教 

                         牧師 藤田浩喜

 ガリラヤ湖畔の町ベトサイダで、主イエスが一人の盲人の目を開かれたという癒しの奇跡が、マルコによる福音書8章22節以下に語られています。この癒しの出来事は、7章31~37節の、耳が聞こえず舌の回らなかった人の癒しの出来事と対になっています。その箇所と本日の箇所との二つの癒しの御業には、共通していることがいくつかあります。先ず、どちらの御業も群衆の目の前でなされたのではなく、癒される人が外に連れ出されていることです。またどちらの癒しにおいても、主イエスが手を触れ、唾を用いておられること、癒しが一瞬で行なわれたのではなくて、ある時間がかかっていることも共通しています。それに、このどちらの話も、マルコ福音書のみが語っており、他の福音書には出てこないという共通点もあります。これらのことから、この二つの癒しの話が一対のものであることが分かるのです。これらの話によってマルコが語ろうとしていることは何でしょうか? それは、神様の救いの時には「見えない人の目が開き、聞こえない人の耳が開き、口の利けなかった人が喜び歌う」、というイザヤ書35章5節以下の預言が、主イエスにおいて実現したということなのです。

 本日の箇所にはその中でも特に、「目の見えない人の目が開かれる」ということが語られています。その救いの御業はどのようにして行なわれたのでしょうか。主イエスは、ご自分のところに連れて来られた目の不自由な人を、その手を取って村の外に連れ出されました。人々の目の前で癒しをなさろうとはされなかったのです。このことは、主イエスが癒しの奇跡を、人々にご自分の力を示して信じさせるためになさってはおられないことを意味しています。目の見えない人の目を開くことができるというのは、神様の恵みをストレートに伝えることができる素晴しい力です。もし皆さんが信仰によってそういう力を得ることができたならばどうするでしょうか。私だったらそれで一儲けしようとするかもしれませんが、良心的な皆さんは、目の見えない人々を癒すことによって神様の恵みを伝えていこうと思うに違いありません。しかし主イエスはそうはなさらなかったのです。主イエスは確かにそういう力を持っておられましたが、それを用いて伝道しようとはなさらなかったのです。それは何故でしょうか。癒しの奇跡によって人を集めて伝道すれば、確かに人は集まるけれども、本当に伝えなければならない神の国の福音は伝わらないからです。

しかしもっと根本的な理由は、癒しの奇跡によって伝道するとしたら、それは病に苦しんでいる人、本日の箇所で言えば目の見えない人を、自分の目的のために利用することになってしまうからではないでしょうか。主イエスは、癒される人との出会いと交わりを大切にしようとしておられるのです。苦しみを抱えているその人と出会い、一対一の関係を結び、それによってその人が神様の救いの恵みを受けることを願っておられるのです。主イエスはそのために、この人を群衆の目のない村の外に連れ出されたのです。

 さて、彼と一対一になった主イエスは、その目に唾をつけ、両手をその人の上に置かれました。あの耳が聞こえず舌の回らない人の癒しの時には、指を彼の両耳に差し入れ、唾をつけてその舌に触れられた、とありました。どちらにおいても主イエスは、その人の苦しみの原因となっている部分に、両手でしっかりと触れて下さったのです。その力強い御手によって癒しの御業が行なわれたのです。

彼に手を触れた主イエスは、「何か見えるか」とお尋ねになりました。これは単なる質問ではなくて、目の手術を受けてそれまで包帯を巻かれていた患者がいよいよ包帯を取られた時にお医者さんが、「あなたはもう見えるはずだから、目を開いていっしょうけんめい見てごらん」と促しているような言葉です。主イエスは彼を、そのように励ましておられるのです。「すると、盲人は見えるようになって」と24節にあります。この「見えるようになって」という言葉は直訳すれば「目を上げて」です。以前の口語訳聖書では「顔を上げて」となっていました。この盲人は主イエスの御言葉に励まされて目を上げたのです。すると、何かが見えてきたのです。彼は驚きつつ、「人が見えます。木のようですが、歩いているのが分かります」と言いました。

 この奇跡は、目の不自由な人にだけ関係する視力回復の出来事ではありません。私たち一人一人に起る救いの御業が、ここに描かれているのです。私たちも、本当に見るべきものを見ることができなくなっている者です。私たちも、目を上げることができなくなっているのです。私たちは、この世の現実をいつも見せつけられています。敵の大軍に包囲されて蟻の這い出る隙間もない、という現実をいつも見つめさせられているのです。そして肉の目に映る現実、圧倒的なこの世の力に取り囲まれている現実こそが、ただ一つの現実であると思ってしまうのです。そしてそこでうろたえ、本当には助けにならない色々なものを求めて右往左往してしまうのです。しかしそれは、私たちの目が閉ざされてしまっているからだ、と聖書は語っています。目を上げて見ることができないから、神様の恵み、守りが分からないのです。そういう意味で私たちは皆、目の見えない者です。先週読んだ8章18節において、主イエスは弟子たちに「目があっても見えないのか」と言っておられましたが、私たちも、たとえ肉体の目は開かれていても、信仰の目が閉ざされ、肝心なことを見ることができずにいるのです。

 私たちの、閉ざされている信仰の目は、何によって開かれるのでしょうか。私たちは自分で、この目を見えるようにすることはできません。この盲人がこれまで自分でいくら目を見開いても何も見えなかったのと同じです。また信仰というのは、本当は見えないものを見えたかのように、自分の心に暗示をかけて思い込むことではありません。神様の守りとか恵みは見えないしよく分からないけれども、それがあるということにして、そう思って生きていこう、その方が人生に支えができてよい…、信仰とはそういうものではありません。私たちが何かに支えを見出すこと、あるいは見出したと思い込んで生きることが信仰ではないのです。

そうではなくて、私たちは信仰によって目を開かれて、それまで見えなかった神様の恵み、守りを見ることができるようになるのです。しかも単なる気の持ちようや思い込みではなく、本当にそれが見えるようになるのです。そのことは、主イエス・キリストが私たちに出会って下さることによって起こります。主イエスが私たちに出会い、御言葉を語りかけ、御手を触れて下さると、私たちの目は開かれ、神様の恵みや守りを、目を上げて見ることができるようになるのです。

 主イエスとの出会いによって神様の恵みと守りが見えるようになるのは、どうしてでしょうか。それは主イエスがまことの神であられ、しかも私たちと同じ人間となって下さった方だからです。まことの神であられる主イエスが人間となり、私たちの罪を全てご自分の身に引き受けて、身代わりとなって十字架にかかって死んで下さったことによって、私たちの罪の赦しを実現して下さったのです。その主イエスを父なる神様は復活させて、永遠の命を生きる者として下さいました。死に打ち勝って永遠の命を生きておられる主イエスが、今私たちに出会い、語りかけて下さるのです。私たちはその出会いによって、神様のはかり知ることのできない恵みと愛を、自己暗示や気の持ちようではなくて、目を上げてはっきりと見ることができるようになるのです。

 主イエスの促しによって目を上げたこの人は、「人が見えます」と言っています。そして、だんだんに彼の目は見えるようになっていったのです。彼が目を上げて真っ先に見た「人」、それは主イエス・キリストだったでしょう。主イエス・キリストという人を、目を上げて一心に見つめていくことの中で、彼の目は次第に見えるようになっていったのです。そこには私たちの信仰の成長が象徴的に示されていると言えます。主イエスを見つめ続けることの中で、私たちは神様の恵みを次第にはっきりと、具体的に見ることができるようになっていくのです。つまり私たちにとって主イエス・キリストは、神様の具体的な愛と恵みを見つめて生きるための唯一の道なのです。

 本当に目を開かれるとは、この主イエス・キリストにおける神様の具体的な恵みを見つめる目を開かれることです。それを見つめることができないうちは、私たちは「目があっても見えない」者なのです。それと同じことは、7章31節以下の、耳が聞こえず口の利けなかった人の癒しにおいても語られていました。本当に耳が開かれているとは、主イエス・キリストにおける神様の恵みの御言葉を聞く耳が開かれていることであり、本当に口が利けるとは、その恵みに感謝し、神様をほめたたえる言葉を語ることができることだったのです。そのように、この対になっている二つの癒しの話は、見るべきものを見ることができず、聞くべきことを聞くことができず、語るべきことを語ることのできない私たちが、主イエス・キリストによって目と耳を開かれ、語るべきことを語ることができる者とされた、つまりイザヤ書35章に預言されている救いが実現していることを語っているのです。  

 この後聖餐にあずかります。聖餐のパンと杯にあずかることによって私たちは、主イエス・キリストが私たちの救いのために十字架にかかり、肉を裂き、血を流して死んで下さった、そのキリストの体と血とにあずかるのです。その聖餐は、洗礼を受けた者だけがあずかることができるものです。まだ洗礼を受けておられない方々には、聖餐の間、見守っていただくしかありません。しかしこの聖餐における恵みは、主イエス・キリストこそ神様の恵みと救いを具体的に与えて下さるただ一人の方であると信じ、その主イエスとの関係をかけがえのないものとして守っていく、そのような信仰告白と結びついてこそ、本当に恵みとして味わわれていくものなのです。そして主はこの聖餐へと、この礼拝に集っている全ての人を招いておられるのです。主イエスによって目と耳を開かれ、信仰告白の言葉を与えられて、ここにいる全ての人が聖餐に共にあずかる日が来ますように、心から祈り願っております。お祈りをいたします。

【祈り】私たちの主イエス・キリストの父なる神様、あなたの貴い御名を心から讃美いたします。台風10号が日本全体に大きな影響を与える中、過ぎし一週間の歩みを守り導いてくださったことを、感謝いたします。台風は熱帯低気圧に変わりそうですが、まだ大雨などの危険は去っておりません。どうか、これ以上被害が拡大することがありませんよう、あなたの守りと支えを与えていてください。今日も共に聖書の御言葉に聞くことができましたことを感謝いたします。どうか私たちに目を上げ、主イエス・キリストを見つめる信仰をお与えください。そして主を見上げて歩む中で、私たちの信仰が深められ、あなたの恵みの御業を見ることができますよう、導いていてください。まだ暑さ厳しい時が続きます。どうか、一人ひとりの心身の健康をお支えください。この拙きひと言の切なるお祈りを、主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

主が与えるものを分け合う

マルコによる福音書8章1~21節 2024年8月25日 主日礼拝説教

                            牧師 藤田浩喜

 今朝与えられました御言葉を聞いて、「おやっ」と思われた方も多いと思います。今朝与えられております四千人に食べ物を与える記事は、6章30節以下の五千人に食べ物を与えた記事と、ほとんど同じ出来事が記されています。人数が四千人なのか五千人なのか、パンの数が七つなのか五つなのか、残ったパン屑が七籠なのか十二籠なのか、そのような違いはありますけれど、出来事としてはほとんど同じです。どうして同じような出来事が繰り返し記されているのか。そんなことを思われて、「おやっ」と感じられたのではないかと思います。

 この同じような二つの出来事が記されていることについて、ある人は、一回の出来事が伝えられているうちに、二つの違った話になったと理解します。だから、ルカとヨハネは五千人の方だけを記したと理解するわけです。しかし、本当にそうなのか。本当は二回あったけれど、同じようなことなのでルカとヨハネは一回だけを記したとも考えられるわけです。ただ、マルコとマタイは二回記しており、それには理由がある、私はそう考えます。では、それはどういう理由かと申しますと、6章にあります五千人の方はユダヤ人たちが養われたのですが、四千人の方は異邦人が養われたという出来事なのです。7章24節で、主イエスはティルスの地方に行かれたと記されています。ここは地中海沿いの異邦人が住む所です。そして、7章31節において、主イエスは「ティルスの地方を去り、シドンを経てデカポリス地方を通り抜け、ガリラヤ湖へやって来られた」とあります。この経路は地図を開いてたどってみますと、すべて異邦人の住む所なのです。7章の24節以下、主イエスは異邦人に対して救いの御業をなさいました。そうすると、この四千人に食べ物を与えるという出来事も、異邦人に対してなされた奇跡と理解してよいのだと思います。つまりマルコは、五千人の養いに続いて四千人の養いを記すことによって、主イエスの養いの中に生かされるのはユダヤ人だけではなく、異邦人もまた主イエスの養い、神様の救いに与るのだということを示した。そのように理解することができるのです。

 そして主イエスは、この大勢の人々をわずかなパンで養うという出来事を繰り返されることによって、人は神様の驚くべき御力によって養われ、生かされているのだということを、弟子たちの心に深く刻ませようとされたのでしょう。旧約において主の養いによって神の民が生かされた出来事として、私たちはマナの奇跡を思い起こすことができます。イスラエルの民は、エジプトの奴隷の状態から救い出されて約束の地にたどり着くまで40年の間荒野の旅を続けたわけですが、彼らはその間ずっと天からのマナによって養われ続けたのです。これは毎日のことですから、40年の間それが続いたということは、イスラエルの人々、神の民にとって、決して忘れることのできない出来事でした。そして、自分たちは神様の養いの中で生かされているのだということを知ることになったはずです。これは決定的に大切なことでした。神の民とは、主の養いの中で生かされていることを知る民なのです。主イエスは、このことを弟子たちにもしっかり心に刻ませるために、この不思議な出来事を繰り返されたのでしょう。逆に言えば、それほどまでに、主の養いに生かされているということは身につかない。自分の手で、自分の力で稼いで生きているのだという所から、私たちはなかなか離れられないということなのでしょう。実に、信仰に生きる、神の民として生きるということは、この主の養いというものを本気で受け取るという所に、かかっていると言ってもよいほどなのです。

 洗礼を受けるために準備する人に、私は、必ず食前の祈りをするようお勧めしています。家族の中でキリスト者が自分一人だけだと、なかなか食前の祈りをするのは難しいということがあるのかもしれません。そのような人には、婦人の方ならば食事の準備をする前に祈りなさいと言います。食事というのは毎日するものですから、食前の祈りが身につけば、今日は一度も祈らなかったということはなくなるわけです。そして、この食前の祈りにおいては、必ず「神様、あなたが備えてくださったこの食事を感謝します」という一言が入るはずです。これによって、私たちは食事の度毎に、自分は主の養いの中に生かされているということを心に刻むことになります。これが本当に大切なのです。また、主の祈りを祈る者は、「我らの日用の糧を今日も与え給え」と祈るわけですが、そうすると、私たちの毎日の食事は、神様がこの祈りに応えて与えてくださったものとして受け取ることになるでしょう。食事の度ごとに、私たちは神様の愛を改めて心に刻み、神様をほめたたえ、感謝するということになるのです。ここに、生き生きとした神様との交わりに生きる生活が形作られていく一歩があるのです。食前の祈りというのは、ほんとに小さな習慣です。しかし、この様な習慣を身につけていくことによって、私たちは神様との生き生きした交わりの中に生きる姿勢が整えられ、身についていくのです。

 さて、11節を見ますと、「ファリサイ派の人々が来て、イエスを試そうとして、天からのしるしを求め、議論をしかけた」とあります。以前学んだ7章において、主イエスの弟子の中に食事の前に手を洗わない者がおり、それを巡ってファリサイ派の人々と主イエスは厳しい対立関係に入ってしまいました。ファリサイ派の人々にしてみれば、先祖たちから大切に伝えられてきた生活上の様々な律法を、主イエスが平気で破るというのならば、自分が本当に神様から遣わされた者であるという証拠を見せよということなのです。それが、「天からのしるしを求めた」ということです。

 主イエスはこれに対して、「どうして、今の時代の者たちはしるしを欲しがるのだろう。はっきり言っておく。今の時代の者たちには、決してしるしは与えられない」と告げられました。どうして「決してしるしは与えられない」と言われたのでしょう。四千人に食事を与えたり、耳が聞こえず舌の回らない人をいやしたり、主イエスはたくさんのしるしを示されたではありませんか。それなのに「しるしは与えられない」とはどういうことなのでしょう。それは、主イエスを試そうとする人を満足させるためには、決してしるしは与えられないということなのです。ここで主イエスは「今の時代の者たちには」と言われていますが、これは主イエスが生きた二千年前の人たちには、という意味ではありません。そうではなくて、いつの時代にもいる、しるしを求める人たちのことです。何か驚くべき奇跡を起こしてくれたなら信じてもよい、そう思っている人には主イエスは決してしるしを与えないと言われたのです。いつの時代でも、主イエスは生きて働いてくださり、驚くべき業をなしてくださいます。五千人、四千人の人々を養ったような奇跡だって起こされます。しかし、それが起きたら信じようという人には、決してしるしが与えられることはないのです。

 

 主イエスは再び舟に乗り、ガリラヤ湖を渡りました。この時、弟子たちは舟の上でパンを一つしか持ち合わせておりませんでした。主イエスの一行の食事を用意するのは、担当が決まっていたのかもしれません。その人がたまたま忘れてしまったのでしょう。その時、主イエスは「ファリサイ派の人々のパン種とヘロデのパン種によく気をつけなさい」と言われました。これを弟子たちは何と聞いたかというと、自分たちがパンを持っていないからだ、主イエスはパンをちゃんと用意しなかった自分たちを叱っているのだと思ってしまったのです。そしてその責任をめぐって、議論し始める始末だったのです。

 こんな議論をしている弟子たちに、主イエスは17~18節「まだ、分からないのか。悟らないのか。心がかたくなになっているのか。目があっても見えないのか。耳があっても聞こえないのか。覚えていないのか」と告げられたのです。主イエスはパンが一つしかないことを叱ったりしません。忘れることなど、よくあることなのですから。しかし、主イエスがなさった奇跡が何を意味しているのか分からない、悟らない。それ故、主イエスが誰であるのか分からない。そして、主イエスと共にいるということがどういうことなのか分からない。そのような弟子たちに「いい加減、悟りなさい」と告げられたのです。主イエスが誰であり、主イエスと共にいるということがどういうことであるのか分かるならば、それさえ分かれば、パンを一つしか持ってこなかったことについて心配して、心を乱すこともないではないか。そう言われたのです。

 そして、主イエスは五千人と四千人に食事を与えた時のことを弟子たちに思い起こさせます。弟子たちはその時のことをちゃんと覚えていました。五つのパンで五千人を養った時、パン屑は十二の籠いっぱいになりました。七つのパンで四千人を養った時は、パン屑が七つの籠いっぱいになりました。弟子たちはそのことを覚えておりました。しかし、それが何を意味しているのかが分からなかったのです。それが主の養いを意味している。それ故、主イエスが共にいてくださるのならば食事の心配などいらない。大丈夫。弟子たちは、その安心の中に生きるということができなかったのです。自分たちは神様の御子と共にいる。神様が自分たちを養ってくださる。だから大丈夫。そう思えなかったのです。五千人の食事、四千人の食事、この出来事をきちんと受け止めていれば、主イエスが共におられるのだから大丈夫、その安心の中に生きることができるはずだということなのです。私たちに与えられているのも、この安心に他なりません。

 では、ここで主イエスが言われたファリサイ派の人々のパン種、ヘロデのパン種とは、何を意味しているのでしょうか。ファリサイ派のパン種とは、細かな律法をすべて守って救われようとする律法主義。自分は正しくて救われるけれど、律法を守らない人、異邦人は救われないとする考え方、信仰のあり方です。このファリサイ派のパン種は、いつでもキリスト教会の中に入り込んできます。自分のことは棚に上げて、あの人はどうだ、この人はどうだと非難するのです。このファリサイ派のパン種と無縁な教会などありません。本当に気をつけなければなりません。また、ヘロデのパン種とは、洗礼者ヨハネを殺したヘロデを指しているのでしょう。自分の面目を守るために神様に遣わされた預言者を殺す、そのような人々の思いの中で、主イエスも十字架につけられることになっていくのです。これに気をつけよと言われたのです。

 このファリサイ派のパン種にしてもヘロデのパン種にしても、パン種ですからほんの少し入ってくるだけで全体に影響を与えて、その色に染めていってしまう、そういう力を持ったものなのです。主イエスは、これによくよく気をつけなさいと言われたのです。キリスト教会は、その時代、その国の考え方や常識というものと無縁ではありません。いつでもその影響を受けているのです。しかし、どんな時代であっても、神様・主イエスが主なのであって、私たちは主イエスに従う者なのです。自分と主イエスの考えが同じなら従うというのではない。奇跡を見たら信じるのでもない。天地を造られた神様が与えてくださる養いの中に既に生かされているのだから、安心して主イエスと共に歩んでいけばよい。大切なのは、自分の面目を守ることでも、自分の正しさを守ることでも、自分の才覚を信じて生きることでもない。すでに主の養いの中に生かされている事実を感謝と共に受け入れる、そしてその主を心からほめたたえて、主の与えられる平安の中を生きることなのです。そのことを覚えて、ご一緒に歩んでまいりましょう。お祈りをいたします。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神様、あなたの貴い御名を心から讃美いたします。今日も愛する兄弟姉妹と共にあなたを崇め礼拝することができましたことを、感謝いたします。あなたは私たち信じる者たちを、あなたの与えてくださっている恵みによって養っていてくださいます。どうか、いつもそのことを覚えさせてください。そして、あなたの豊かな恵みに養われている安心の中で、私たちも与えられている物を共に分かち合っていくことができますよう、導いてください。今週も台風の接近が予想されています。どうか、一人ひとりをそれぞれの場所で守り支えていてください。このひと言の切なるお祈りを主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

神の道、神の御業は完全

ヨナ書4章1~4節 2024年8月18日(日)主日礼拝説教

                          牧師 藤田浩喜 

 私たちの国は8月15日(木)今年の敗戦記念日を迎えました。この時期は平和について思いめぐらすことの多い時ですが、世界情勢を見ると私たちの中にも戦争に対する不安がじわじわと高まっています。ロシアによるウクライナ侵略、パレスチナのガザに対するイスラエルの攻撃、ミャンマーやシリヤでの内戦状態など、世界の各地で戦争状態が続いています。日本においても、中国や北朝鮮に対する危機が煽られる中で、防衛予算が大幅に増額され、台湾有事に備えて沖縄周辺の島々に兵器が配備されています。「戦争へと突入していった時代と状況が似てきた」と心配する人たちもいます。

 こうした状況の中で、私たちは私たちの国が戦争へと至らないために何をすればよいのでしょうか。小さな力しか持たない私たちがどうしたら平和を創り出していくことができるのでしょうか。そうした焦りにも似た思いを持っておられる方は、皆さんの中にも多いのではないかと思います。

 東京新聞の8月14日(水)朝刊に『考える広場』というページがあり、今回のテーマは「我々は戦争に無力なのか」というものでした。まさに私たちが切実に思っていることですが、そこには3人の方のインタビューが掲載されていました。一人目は歴史学者の藤原辰史さんで、この方は戦争と食物の関係を研究されています。「ナチスの暴力といえば600万人が犠牲になったホロコーストを想起するが、ナチスの食糧戦略で東欧では400万~700万人が餓死したと言われています。…またイスラエルは2007年からガザを完全封鎖し、今回の侵略では100万人以上が飢餓の危機にあると言われています。」イスラエルの攻撃によって4万人以上が亡くなったと報道されていますが、それとは別に食料を入れない戦略によって、比較にならない多くのガザの人々を死へと追いやろうとしているのです。そして、藤原さんは最後に私たち日本人への問題提起も忘れてはいません。かつてのナチスも現在のイスラエルも、「飢えてもいい人」がいると考えているのではないか。しかし日本人はどうであろう。「11人に一人が飢餓に直面する世界に暮らしながら、大量に食品を廃棄する消費生活を平気で続ける私たちの中にも、そうした考え方が根付いているのではないか。人を人として見ているのか。」そのように問うておられるのです。

 時間の関係で3人のうちもう一人だけ紹介しましょう。この方は自分の居場所からイスラエルのパレスチナ侵略に抗議している東大農学部3年生の八十島士希(やそじましき)さんです。八十島さんはイスラエル大使館への抗議デモなどに参加しましたが、持続的で地に足がついた運動が必要だと感じるようになりました。そんな時、アメリカの大学で大規模な連帯キャンプが行われていることを知りました。学生たちが大学内にテントを張って、イスラエルを投資先とする資金運用の中止などを大学に要求して抗議し、多くの学生が警察に拘束されていたのです。それを知って八十島さんは、いても立ってもいられなくなりました。東大の芝生広場にテントを張り、パレスチナの旗を掲げて寝泊まりするようになったのです。東大には、侵略で居場所を失った現地の研究者や学生の受け入れ、イスラエル企業と協力する日本企業との契約中止を求めていますが、聞き入れられてはいません。しかし、東大内外からキャンプに加わる学生たちが起こされ、テントには24時間誰かがいる体制を維持しています。教員の中にも差し入れをしてくれる人がいるそうです。自分の居場所での小さな運動ですが、東大のキャンパスを訪れた在日パレスチナ人からは、「元気づけられます。ありがとう」との言葉をもらい、活動の意義を実感したそうです。そして八十島さんも、私たち日本人がガザへの侵略に対して無力ではないことを、次のように述べているのです。「日本から縁遠いと感じる中東ですが、侵略国家と僕たち日本の市民は、企業や大学などを通じてつながっている。虐殺への加担をやめるよう、多くの人々が自分の居場所から訴えれば、平和への大きな力になると信じています。」平和への取り組みは、私たちと現代の戦争とのつながりを意識することから始まるということなのでしょう。

 さて、今日読んでいただいた個所は、ヨナ書4章1~4節です。4章1節に「ヨナにとって、このことは大いに不満であり、彼は怒った」と書いてあります。ヨナの怒りの理由はどこにあるのでしょうか? それは神さまがニネベの町を滅ぼさなかったからだと書いてあります。ヨナは「あと40日したらニネベの町は滅びる。あと39日したら、あと38日したら」と、毎日毎日40日間言い続けてきました。それなのに神さまは、最後のところで「滅ぼさない」と言われたのです。ですからヨナは怒りました。ヨナは、これは不公平だと思ったに違いありません。「あの人たちは悪い人間だ。罪を犯し、神に逆らっている人たちではないか。自分たちイスラエルの民を圧迫し、支配してきたではないか」と怒るのです。

 しかし他方でヨナは、主なる神さまがこうなさるのではないかと、予想していました。今日の4章2節後半以下で、彼はこう告白してもいるのです。「わたしには、こうなることが分かっていました。あなたは、恵みと憐みの神であり、忍耐深く、慈しみに富み、災いをくだそうとしても思い直される方です。」このヨナの告白は、旧約聖書の中で最も偉大な言葉の一つであると言われています。預言者ヨナは自分が信じている神様が、恵みと憐みの神であることを知っていました。たとえ神さまに背き、神さまの前に大きな罪を犯しても、自分の罪を認め、心から悔い改めるならば、それを赦される御方であることを知っていました。神さまは罰を下して滅ぼすことを願うのではありません。罪を認め悔い改め、自分に立ち返ることを何よりも願っておられます。ヨナはアッシリアのニネベに行くように命じられた時から、このことがうすうす分かっていました。自分の信じる神さまが「災いをくだそうとしても思い直される方である」と知っていました。それだからこそ、ヨナはニネベとは正反対のタルシュシュに行き、神さまの使命から逃れようとしたのです。

 しかし、神さまは海に投げ込まれたヨナを大魚に吞み込ませ、ニネベまで運ばれました。そして神さまが命じられたように、「あと40日すれば、ニネベの都は滅びる」と叫んで呼ばわると、ニネベの王を初めとして、ニネベ中の人たちが

悔い改めました。すると、ヨナが恐れていたように恵みと憐みの神さまは、宣告していた災いを下すことを止められたのです。

 ヨナは大きなジレンマの中に立たされていました。人間的に考えればアッシリアは神の民を武力によって蹂躙し、神の民に苦しみを与えた張本人です。憎んでも憎み足りない敵です。しかし、自分たちの信じる神さまは愛と憐みの神さまであり、「災いをくだそうとしても思い直される方である」と知っている。そのようなどうしようもないジレンマの中で、ヨナは苦しみのあまり死を願うのです。「主よどうか今、わたしの命を取ってください。生きているよりも死ぬ方がましです」(4:3)。しかし神さまはヨナに問われます。「お前は怒るが、それは正しいことか。」神さまは、人間が悲しみや憎しみをどうしても抱いてしまうことをご存じです。痛みや苦しみを与えた相手に、復讐せずにはおれない人間の心を知らない御方ではありません。しかし、それでもなお、自分の人間的な思いに縛られるのではなく、神さまの御業に目を注ぐように促されるのです。

 詩編18編31~35節に、このように言われています。「神の道は完全。主の仰せは火で練り清められている。すべて御もとに身を寄せる人に、主は盾となってくださる。主のほかに神はない。神のほかに我らの岩はない。神はわたしに力を帯びさせ、わたしの道を完全にし、わたしの足を鹿のように速くし、高い所に立たせ、手に戦いの技を教え、腕に青銅の弓を弾く力を帯びさせてくださる。」私たちの信じる神さまは、神の道を歩んでいく者を思いも寄らない仕方で導き、私たちの道を完全にしてくださるというのです。

 この夏、城内康伸(しろうちやすのぶ)という人の書いた『奪還―日本人難民6万人を救った男』(新潮社)という本を読みました。私は不勉強にして知らなかったのですが、日本が太平洋戦争で敗北した時、朝鮮半島にはたくさんの日本人が残されていました。日本は朝鮮を植民地支配していたので、たくさんの日本人が生活していたのです。しかし敗戦と同時に、朝鮮半島の北側はソビエト連邦の支配下に、南側はアメリカ合衆国の支配下に置かれました。アメリカは南部にいた日本人を早急に日本に帰還させる政策を取りましたが、ソビエト連邦が支配する北部はそうではありませんでした。北部の指定した場所に集団で移住させ、ソ連兵や朝鮮当局の管理下に置きました。シベリアに抑留される人もいました。食べる物も満足になく、伝染病に見舞われる中で、多くの日本人が生存の危機に立たされていました。しかしそうした中、松村義士男(まつむらぎしお)という人が時間も資金もない中で、同志の人たちと力を合わせ知恵を尽くして、6万人もの日本人を日本に帰還させることに成功したのです。

 この松村義士男さんは、戦争前は共産主義者として活動した人でした。危険人物として投獄されたこともありました。しかし、敗戦時に朝鮮半島にいた松村義士男さんは、ロシア語や朝鮮語を流暢に話すことができました。また、共産主義者であったことが、ソビエト連邦や朝鮮の要人たちと交渉をする際に、大いに役立つことになりました。たいへん肝の据わった人物でもあったようです。かつて共産主義者として迫害されたことを根に持つこともなく、同胞日本人を救わんとする人間愛のゆえに、この奪還事業を最後までやり遂げました。かつてマイナスであった共産主義者としての身分が、思いがけないプラスとして大きく用いられました。普遍的な人間愛が思いもよらない奇跡のような出来事を引き起こしたのではないかと、わたしには思われたのです。

 もう一つ先々週の8日(木)~9日(金)休暇の最中でしたが、東京中会ヤスクニ・社会問題委員会が主催する「福島フィールドワーク」に百合子と一緒に参加しました。この企画は2011年に起こった東日本大震災による福島第一原発の事故によって多大な被害を被った、福島県の浪江町の今の状況について学び、実際に出かけてフィールドワークをしようというものでした。8日(木)にはこの課題に長年取り組んでおられる日本バプテスト連盟 福島主のあしあとキリスト教会牧師 大島博幸先生から講演を聞き、翌日9日(金)は大島先生のご案内で主に浪江町の震災遺構や最近できた東日本大震災・原子力災害伝承館を見学することができました。また機会があれば皆さんにも報告したいと思います。

 ところで、8日(木)の大島博幸先生の講演で、先生はルカによる福音書10章25~37節の「善いサマリア人」のたとえを引いて、自分がなぜ13年も経過した今日、原発被災地の人々に関わっているのかを話されました。復興、復興の掛け声の中で、大部分の人は原発事故を過ぎ去った出来事のように生活している。それも止むを得ない面がある。しかし、自分は傷つき倒れた人を中心にして隣人をというものを考えたいと思う。今だ原発事故のために不自由な生活をしている人たちがいる。放射線の被害に不安をぬぐえないお母さんたちがいる。それは「小さな声」かもしれない。けれどもそのような「小さな声」に寄り添い、その人たちと共に歩んでいくことが、主イエスの問いに答えることではないか。「だれがその人の隣人になったか」という問いに答えることなのではないか。私は大島先生のお話を聞きながら、本当にそうだと思わされました。そして「小さな声」に寄り添うことを、キリスト教会は、そして私たちは忘れてはならないと強く思わされたのです。

 よく言われることですが、平和というのは「単に戦争状態のない状態」を指すのではありません。私たちの生きている社会において、人権が尊重され、言論の自由を初めとする様々な自由が保障されている状態を言います。人が人として重んじられ、互いの尊厳が尊重されなければ平和とは言えません。人権や自由が抑圧されている社会は、いつしか戦争を正当化する社会に転落してしまします。そうならないためにも、私たちはこの世界で起こっていることが、私たちの日常と地続きであることを認識しなくてはなりません。そして安易な現実論に取り込まれるのではなく、何が私たちの主イエス・キリストが願い給うことかを、聞き続けていかなくてはならないのです。「あなたは、恵みと憐みの神であり、忍耐深く、慈しみに富み、災いをくだそうとしても思い直される方です。」この神さまのなさり方と御心にこそ、真実の平和への道が存在することを信じて、歩んでまいりたいと思います。お祈りをいたします。

【祈り】イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を讃美いたします。台風7号が接近する中で、私たちを守り支えてくださったことを、感謝いたします。8月は戦争と平和について、とりわけ思いを深くするときです。主イエスは「平和を実現する人は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」と言われました。その御言葉の意味を深く尋ね求め、思いめぐらす時を、私たちに過ごさせてください。相変わらず猛暑の日々が続きます。どうか、兄弟姉妹一人ひとりの心身の健康をお支えください。この拙きひと言の切なるお祈りを、主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

天の国のたとえ

マタイによる福音書20章1−15節  2024年8月11日(日) 主日礼拝説教 

                     長老 三宅恵子

 皆様おはようございます。今朝与えられましたメッセージは、マタイによる福音書20章1節から16節のぶどう園に雇われていく労働者のたとえの話です。ただいま読んでいただいたこの話は、昔のことになりますが、当時、私が思ったようには単純な話でなかったようで、今回のお説教のご奉仕でもない限り、分からないまま、有耶無耶になったままの状態で私の中でとり残されたものになったことでしょう。今回、学び直して初めて分かったこともありますので、そのお話もしたいと思っています。

 藤田先生から勧められました聖書講解書には一番最初に、この例え話はよく誤解されている。と書かれています。よく誤解されているのは、どこのところなのかを問いかけていくだけでも、何かが分かるかもしれないと、良い方に考えてお話を進めていきたいと思います。この一連のお話の中では、明らかにぶどう園の主人の態度が不正なのではないだろうか、そして、最初から働いていた者たちがあとから来た者たちと同じ1タラントンしか貰えないことに憤慨するのも当然ではないだろうか。という意味で、このたとえは、誤解されていると言われています。そうだそうだと思われた方も、いやそんなことじゃないんだよ、と思われた方もいらっしゃるのではないかと思いますが、まずは、私がその昔、どのように間違って捉えたのかをお話したいと思います。

 25年くらい前、私は、「天の国は次のようにたとえられる。」というはじめの文章を読んで、単純に、天国はどんなところなのかを知りたいと思ったのです。そして、ここに書かれているように、あるぶどう園の主人が、農園で働く労働者を雇うために夜明けから始まって、9時ごろ、12時ごろ、3時ごろ、そして5時ごろと何度も出かけていって、何もしないで広場に立っている人々に賃金を払ってやるから、ぶどう園で働きなさいと誘う状況を想像してみました。

 ぶどう園の主人は、1日分の賃金である 1デナリオンを約束しながら、それぞれの時間にその場に立っている人々を 誘い続けるのですが、流石に、午後になると、そこにいる人々は、今日の分の収入はないのではないか、と諦めながら立ち続けていたことでしょう。そこに、1日分の賃金である1デナリオンを約束しながら、人々を雇い続けていくこの雇い主である人は、本当に、神様に見えます。

 「なぜ、何もしないで1日中ここに立っているのか」と尋ねられ、「誰も雇ってくれないのです」と答えている人々は、誰からも雇ってもらえない心細さを抱えてその場に立ち続けるしかなかった人々でした。理由はいろいろあるでしょう。家庭の事情で出遅れたのかもしれませんし、病気だったかもしれません、もしかしたら、立っていたにもかかわらず、何かのタイミングで 気づいて貰えないまま、ずっと立ち続けていたのかもしれません。わたしは、この時多分、自分自身をこの遅く雇われた人々と重ね合わせていたのだと思います。ですから、この遅くまで労働者を雇い入れるために、何度も辛抱強く足を運んでくれたぶどう園の主人に、感謝をしながら、なるほど、これは、このぶどう園は天国のようなもので、主人は神様だなぁと自分の中で納得したのです。農作物の収穫は、その収穫時期に合わせて一気にやってしまわなければなりません。しかし、このときの労働者の雇用は、ぶどうの収穫のための労働力の確保 というよりも、労働者の救済が目的のようです。私なりに天国というもののアウトラインが出来たように思えました。そして、それを、遊びに来ていた友人と夫に嬉々として話したのでした。

 その時の友人の返事はとても、衝撃的で、今でも鮮明に覚えていますし、今回説教題としてもう一度考えてみたいと思ったきっかけとなりました。

 その時の友人の返事は、遅く出かけて行ったにもかかわらず、雇われると言うような、そういう事態は考えられないというのです。彼女が、明日という日に、仕事を得ようとするならば、自分なら、前の日から準備をして、約束の時間より早く現地に着き、そして試験なり、面接なりを受けて、やっとそこで雇われるのであって、時間にも間に合わないように出かけていって、求職活動をするなどというのはもう、問題外だと言うのです。

 彼女の言っていることは、素晴らしく常識的で、なんの問題もありません。むしろ、私は、どこで自分が間違えてしまったのかと思ったくらいでした。言葉が足りなかったのか、十分に言いたいことの説明をすることが出来なかったのか、とにかく、私の思いは二人には、伝わらなかったのです。その時、私には、彼女の言わんとするところが分かりました。それは、慣れ親しんだこの世のルールだからです。

 しかし、彼女には、私の言いたいことは分かってもらえないだろうなということも理解できました。この世で生きている私達は、この世のルールに従って生きています。ですから、このように不確実な天国の話を、分かってもらうのは、これはどう考えても私の方が不利で、納得してもらうための説明責任はわたしの方にあります。

 このぶどう園の話は、あまりに私達の生きてきた方向性に逆らうものです。誤解を恐れず言うならば、私達は天国とは全く違う方向に促され、追い立てられて生きているのです。冒頭に申し上げました聖書講解書の言葉、「この例え話はよく誤解されている」という意味がよくわかります。

 例え話の中心は、15節に見られる<わたしが気前よくしているのでねたましく思うのか>という点です。この話は、ぶどう園の主人が神ご自身であり、すべてわたしたちが受けるものは、神の恵みによって受けているのだから、その神のみ前に当然要求できる報酬、というようなものはない、という点からのみ理解されます。

 神からの召しに応じて、自分自身の状況や心境にかかわらず、感謝とともに応答の生活に入っていくことは、まずは大事なスタートでしょう。洗礼が目的地、目標ではなくスタートだと言われる所以です。そこから始まる信仰の旅路だと言ってもいいのではないかと思います。問題は、その後のことだと、例え話はぶどう園の主人の言葉を借りて言っています。報酬である1デナリオンは、すべての人が生きていくうえで必要な恵みです。神による救いには、区別や差別がありません。何時から働き始めようと、1日に必要な金額は一緒なのです。働いた時間に合わせてもらう時間給とは、違うのです。未明から働こうが、5時から働こうが、私達一人ひとりにとって、1デナリオンは、本当に命を長らえるために必要な金額なのです。天国の営みは、私達の地上のやり方とは違います。 本当は、その恵みに値しないにも関わらず、救い主である、イエスキリストの尊い十字架の犠牲の上に成り立っている、申し訳ないような恵みなのです。

 信仰生活において、私は、そしてわたしたちは、神の恵みに対して怠惰に、傲慢になっていないだろうかと振り返ってみる必要があります。例え話の中核は、自らに奢っているパリサイ人たちと同様、自分たちこそ一番最初からの働き人だと誇っている弟子たちにもあてて語られています。

 そうであるならば、わたしたちは尚更そっと、自分を精査し、吟味する必要があるのではないでしょうか。当然のものとして貰える恵みなどは、ないのです。早くから来て働いていたからと言って、当然のものとして受け取る、1タラントンという、1日を生きていくのに必要な恵みは、私達にはないのです。神の恵みの点から申しますと、この世のルールでは、権利である報酬は、天国においては報酬ではなく恵みであり、なんの代償もなく得られてしまった贈り物であります。すべての人に与えられる、生きていくために必要な1タラントンの恵みは、ただただ主イエス・キリストの尊い十字架の贖いの業の上に、贖われたものなのだ、ということです。

 そして、私達が今持っている強みと弱みは、すでにこの恵みの生活に入れられているということではないかと思います。すでにぶどう園という天国の仲間に入れられているということではありますが、それ故に、1タラントンの恵みを当然の報酬と考える際どさです。そこには主イエス・キリストの贖いの十字架はありません。

 ルカによる福音書の15章1節から7節に「見失った羊のたとえ」というお話があります。「見失った1匹の羊を探すために、99匹の羊を野原に残して、その1匹の見失った羊を探さないだろうか?」という、イエス様の問いかけです。

 みなさんは、このお話をどう思われたでしょうか?初めて、この99匹の羊の話を読んだときのことを、思い出してみてください。私はと言いますと、「残された99匹の羊はいったいどうなるんだろう。」と思ったことを覚えています。この話は、迷いだして、迷子になった1匹の羊が、自分自身であると認識しなければ、理解できないところにあります。 

 自分の立場を、99匹の羊の中に置いたままで考えますと、福音の意味、救いの御業のありようが分からないということになってしまいます。今は、ありがたいお話だと思っていますが、当時の私はといいますと、自分が迷い出した1匹の羊だとは全く思っていませんでした。ぶどう園の労働者と同様に、神様の支配しておられる天国においては、当然貰うべき報酬や、迷って命が危険に晒されている時に、探し出して貰える権利、というようなものは存在しません。其れはひとえに、ただ「神の恵み」、と言うものであります。

 主イエス・キリストは、わたしたちが理解しやすいように例え話でお話されたとあります。しかし、必ずしも例え話が分かりやすいとは限らないことは、今日のたとえの箇所をみてもわかります。文化や風習、当時のイエス様が暮らした環境など考えますと、現代の日本という国に暮らしているわたしたちにとって必ずしも、例え話だからといって、イエス様のお生まれになった頃のたとえが分かりやすいとは言えません。でも、考えるための糸口になります。受ける側の私達の性別や年齢、その話を読むときの、その人の経験や状態などが、密接に関わってくるでしょう。

 そういう意味で、私達は、聖書を通して、今、この時の自分の思いや感情や立場を、聖書の中で働かれている主イエス・キリストの聖霊を信じて、そのイエス様に自分自身の思いを託し、繰り広げられる聖書の中のお話をその時その時に理解していいのではないかと思うのです。

 失敗しても、誤解したままでも、そのうち、時が巡れば、かならず、その時が来て、必要となった時に、理解させて頂けるのだ、ということで、よいのではないかと思うのです。主イエス・キリストと共にあることで、豊かになっていく人生や思いや生活が、さらに豊かなものとなっていくことを願い、人生という旅の中で、わたしたちが、何かが本当に必要になった時には、私達の救い主である、主イエス・キリストは、わたしたちが理解している以上のものを、教会や兄弟姉妹の交わりを通して、聖書や、聖霊の助けを通して、私達に、神の恵みとして豊かに与えてくださると信じます。お祈りします。

<お祈り>

私達の主、イエス・キリストの父なる神様

今朝は、このような形で兄弟姉妹とともに、あなたの礼拝に参加することを許され感謝いたします。教会の交わりの中で、より深く聖書を識ることが出来ますことに感謝いたします。聖霊の助けにより、正しく御言葉を識るものとしてくださり、識ることにより、神様と隣人を愛するものに、御心を訪ね求めることにより、平和を作るものにしてください。人と世界に、希望を見つけることができずにいる今という時代に、主イエス・キリストの十字架を想い、絶望することなく、日々新たにして、感謝を持って生きる者としてください。これらの感謝と願いを尊い主イエス・キリストの御名によって祈ります。

                               アーメン

主イエスを説得する信仰

マルコによる福音書7章24~30節 2024年7月28日(日) 主日礼拝説教

                                     牧師 藤田浩喜

 さて、今朝の説教題は、「主イエスを説得する信仰」としました。主イエスは神様の独り子です。ヨハネによる福音書によれば、天地創造の御業にも参与された子なる神様です。そんな神様が説得されるというのは、何か変ではないか。永遠の昔から完全にすべてを知り、予定しておられる神様が説得され、御心を変えるなどということがあるのか。そう思われる方もおられるかもしれません。しかし、神様の御心というのは、そんな薄っぺらなものではないのです。神様の救いに与った私たちは、神様が永遠の御計画の中で私を救ってくださった、そう信じております。それは、私たちに信仰が与えられ救われたことだけではありません。結婚にしても、子が与えられることにしても、この両親の元に自分が命を与えられたということも、皆、神様の永遠の御計画の中で与えられたものと受け取り、神様に感謝し、神様をほめたたえるのです。

 しかし、その逆に、あの人は救われないことになっているとは誰も言えないし、それは神様だけが知っておられることです。この神様の領域に、私たちは入り込んではならないのです。ですから、私たちは、この人があの人が救われることを願い、神様に祈ります。また、そのためにできるだけのことをいたします。そしてそのことを神様は喜んで受け取ってくださるし、その祈りに応えてくださるのです。それが、「神様が喜んで説得される」ということです。

 今朝与えられております御言葉において、主イエスはガリラヤからティルスの地方に行かれました。このティルスという町は、地中海に面した所にあります。大変古い町で、フェニキア人が建てた町です。このフェニキア人というのは、アルファベットのもとになる文字を使い始めた民族で、貿易を主とした海洋民族です。ティルスも貿易で大変栄えた都市でした。

 そこに主イエスが行かれたというのです。もちろん、弟子たちも一緒だったと思います。そこは異邦人の住む地方ですから、ユダヤ人たちはあまり行きたがらなかったと思います。特に、ファリサイ派の人々は、自ら汚れの中に入っていくようなものですから、行きたがらなかったでしょう。

主イエスがこの地方に来たのには、二つの理由が考えられます。一つは、7章において、エルサレムから来たファリサイ派の人々や律法学者たちと律法を巡って決定的な対立をしてしまいましたので、身を隠すためということが考えられます。「ある家に入り、だれにも知られたくないと思っておられた」と記されておりますことが、それを暗示しているように思われます。もう一つは、6章30節以下の所で、弟子たちと共に休もうとされたのですが、それができないままでしたので、今度こそ、弟子たちも主イエスも休もうとされた、そう考えることもできるかと思います。いずれにせよ、主イエスはここでは人目につきたくなかった。じっとしていたかったのです。

 ところが、汚れた霊に取りつかれた幼い娘を持つ女性が、主イエスのことを聞きつけ、救いを求めに来たのです。この女性は、シリア・フェニキアの生まれで、ギリシャ人でした。つまり、ユダヤ人から見れば異邦人です。彼女は、主イエスの所に来ると、主イエスの足もとにひれ伏して、自分の娘をいやして欲しい、汚れた霊を娘から追い出して欲しいと願い求めました。この女性は、今までも多くの汚れた霊を追い出してこられた主イエスだから、きっと自分の娘の悪霊も追い出してもらえるに違いない、そう思ったでしょうし、そうして欲しいと心から願い求めました。私たちも、主イエスならきっとそうしてくださるに違いない、そう思うでしょう。

 ところが、この時主イエスは全く意外な言葉を口にされたのです。27節「まず、子供たちに十分食べさせなければならない。子供たちのパンを取って、子犬にやってはいけない。」一読しただけでは、ここで主イエスが何をお語りなったのか分かりにくいかもしれませんが、ここで「子供たち」と言われているのはユダヤ人のことであり、「子犬」と言われているのは異邦人のことを指しています。特にこの場合、幼い娘でしたので、子犬と言われたのでしょう。「パン」というのは救いのこと、この場合は、汚れた霊を追い出すといういやしの業を指しています。ここで、ギリシャ人、異邦人を「犬」にたとえるのは何とも酷いではないか、人種差別も甚だしい、主イエスともあろうお方が何と愛のない言い方をされるのか、そう感じる人もいると思います。確かに、ユダヤ人たちは当時、ギリシャ人や異邦人を犬と呼んで蔑視していたのです。主イエスも他のユダヤ人と同じなのか、そう思う人もいるかもしれません。確かに、そのように読むこともできるでしょう。しかし、ここで決定的に重大なことは、主イエスがこの女性の願いを退けているということです。理由ははっきりしています。「まず、子供たちに十分食べさせなければならない」ということです。つまりまず最初に、神の民であるユダヤ人が救われなければならない。今はその時だ。まだ、異邦人が救われる時は来ていない。そう言われたのです。

 まさに、ここで主イエスが言われていることは、神様の救いの御計画です。救われる者の順序です。主イエスは、「まずユダヤ人だ」と言われて、異邦人であるこの女性の願いを退けたのです。確かに、神様の救いに与るには順番があります。主イエスが十字架にお架かりになり復活されて、すぐに主イエスの福音は日本に来たわけではないのです。ザビエルが日本にキリスト教を伝えたのは16世紀のことでした。その後、鎖国があり、キリシタンの弾圧があり、再びキリストの福音が日本に伝えられたのは19世紀でした。そして、千葉の地に福音が伝えられたのは1870年台でした。何と長い時間がかかったことでしょう。この世界の人々が一斉にキリストの福音に聞き、悔い改めて救われるのではないということは、必ずそこに後先ということが起きるということです。そうやって次々に起きることが、神様の救い歴史、救済史です。どうして、何の理由で、このような順番があるのか、私たちには分かりません。それは、どうして私が先に救いに与り、あの人この人がまだ救いに与っていないのか分からないのと同じでしょう。はっきりしていることは、私たちの方が、まだ救いに与っていないあの人この人よりも立派であったとか、宗教的であったとか、信仰的に熱心であったとか、よい人であったというような理由ではないということです。

 教会では、まだ主イエスを信じていない人、救いに与っていない人を、「未信者」と言います。この言い方は、未だ信者になっていないという意味ですから、私たちは知らないけれども、後で信者になるであろう、なるかもしれない、そういうことを暗に示しているわけです。この言い方は、とてもよいと私は思っています。非信者ではないのです。私たちは、たまたま神様の御心の中で、その人たちより先に救いに与っただけなのです。そして、そのような人たちに私たちは囲まれているわけです。家族の中でも、自分だけがキリスト者であるという人も少なくないでしょう。そういう中で、私たちはどうするのか、その人たちをどう理解し、その人たちのために何をするのかということです。

 この女性は、主イエスにこれほどはっきりと「今は駄目。まだ時が来ていない。」そう断られたにもかかわらず、少しもひるむことなく、退くことなく、主イエスにこう迫ったのです。28節「主よ、しかし、食卓の下の子犬も、子供のパン屑はいただきます。」何という言葉でしょう。この女性は、「子犬とは失礼な。何という言い方か。こんな人に娘のことを頼むのではなかった。」そんなふうに腹を立てたりしなかったのです。それどころか、「はい、私の娘は子犬です。しかし、子犬でも、子供が落としたパン屑を食べることはできるでしょう。」そう主イエスに迫ったのです。この女性は諦めなかったのです。そして、この女性の有り様を主イエスは喜ばれたのです。断られてもなお、娘のために救いを求めるこの女性の姿を、主イエスは喜んで受け入れられたのです。そして、29節「それほど言うなら、よろしい。家に帰りなさい。悪霊はあなたの娘からもう出てしまった」と言って、この女性の娘をいやされたのです。

 創世記18章16節以下には、アブラハムが、神様が滅ぼそうとされるソドムの町の人々のために、必死に執り成しをしているやりとりが記されています。ソドムの町に50人の正しい人がいれば、その人たちのためにソドムの町を赦してくださいと願い、それが聞かれると、45人、40人、30人、20人、10人とその数を減らしていき、何とかソドムを助けようとしたアブラハムでした。結局この時、ソドムの町には10人の正しい人もいなかったので、ソドムの町は滅ぼされてしまったのですけれど、神様はアブラハムの、ソドムの町のための執り成しを受け入れてくださいました。この時の神様のお姿と、シリア・フェニキアの女性の、我が娘のための怯まぬ執り成しを受け入れられる主イエスのお姿は、全く重なっています。ここには、愛する者のために必死に執り成し救いを求める者を、決して退けようとはしない神様の姿があるのです。

 このことを知った私たちはどうするのか。それはもう言うまでもないほどに、はっきりしているでしょう。アブラハムのように、この女性のように、まだ救いに与っていない人のために執り成すのです。その人の救いを求め、祈り願うのです。この女性のように、断られても断られても、願い求め祈るのです。救ってくださる方は主イエスしかいないのですし、滅びるのを黙って見ているわけにはいかないのです。その人を愛しているからです。神様を説得するほどの思いを持って、祈ればよいのです。主イエス御自身、マタイによる福音書18章19節で「どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる」と約束されています。マタイによる福音書7章7~8節では「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる」と約束してくださっています。この主イエスの約束を信じて、執り成しの祈りをしていくこと。それが、先に救われた私たちに求められていることであり、神様、イエス様は、それを喜んで受け取ってくださるのです。愛するが故に、私たちの覚えるあの人この人のために、信じて祈ってまいりましょう。お祈りをいたします。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神様、あなたの貴き御名を心から讃美いたします。今日も愛する兄弟姉妹と共に礼拝を守ることができましたことを、感謝いたします。神様、あなたの御計画を私たちは人間の知恵で測ることはできません。しかしあなたは人格的なお方であり、私たちの祈りの言葉に耳を傾けてくださいます。あの人この人の救いのために必死に祈る私たちの言葉を、あなたは受け入れ願いを叶えてくださる方です。どうか、そのことをいつも忘れずに、執り成しの祈りを捧げさせてください。命の危険を感じるような猛暑日が続きます。どうか、兄弟姉妹の健康をお守りください。今、病床にある兄弟姉妹、高齢の兄弟姉妹、悲しみや悩みの中にある兄弟姉妹を、お支えください。このひと言の切なるお祈りを、主イエス・キリストの御名によってお捧げいたします。アーメン