次週の礼拝  4月7日(日) 

日曜学校   

午前9時15分-10時  礼拝と分級

聖  書   ヨハネによる福音書21章1-14節

説  教   「復活の主イエスがガリラヤ湖に」 髙谷史朗長老

主日礼拝   

午前10時30分  司式 藤田浩喜牧師  (聖餐式を執行します)

聖  書

  (旧約)イザヤ書60章17-22節    

  (新約)ヨハネによる福音書20章11-18節 

説  教   「甦りの主にお会いして」  藤田浩喜牧師

次週の礼拝  3月31日(日)

日曜学校   

午前9時15分-10時  礼拝と分級

聖  書   ルカによる福音書24章1-12節

説  教   「あの方は復活なさった」 宇佐美志穂子

主日礼拝 

午前10時30分 イースター礼拝 司式 藤田浩喜牧師 

(聖餐式を執行します)

聖  書

  (旧約)エレミヤ書31章1-6節    

  (新約)ルカによる福音書24章1-12節 

説  教   「忘れられた墓」  藤田浩喜牧師

ペトロの涙

マルコによる福音書14章66~72節 2024年3月24日(日)主日礼拝説教

                                             牧師 藤田浩喜

 主イエスの一番弟子ペトロは、もともとガリラヤの漁師でした。当時の主な職業は一般的に世襲です。彼は漁師の家に生まれたので、漁師の子どもとして育てられたのでしょう。一人前の漁師になるために、親のもとで厳しい訓練を受けてきたのだと思います。漁に出たならば、舟の上ではそれぞれが自分の責任をしっかりと果たさねばなりません。そこでは自分の責任を担う強さが要求されます。舟の上で弱さをさらけ出したり、狼狽(うろた)えたりして、仲間の足手まといになるわけにはいきません。それは一人前の漁師として恥ずべきことです。

 また、彼の家が通常のユダヤ人の家庭なら、彼もまたユダヤ人の子どもとして律法の教育を受けてきたことでしょう。ユダヤ人の子どもは十三歳になると成人を迎えます。「バル・ミツヴァ(律法の子)」と呼ばれるようになります。すなわち、ユダヤ人の共同体に属する者として、律法の義務が科せられるようになるのです。彼は責任ある大人として、定められたことをきちんと果たす強さを要求されることになります。律法を守ることができないということは、律法違反を咎められるだけではなく、一人前の大人として実に恥ずべきことだったのです。

 もちろん、子供が大人となっていくプロセスにおいて、そのような自立した強さを要求されるということは、何もユダヤ人や漁師の家に固有なことではありません。この国に生きる私たちにもある程度身に覚えがあります。この国の子供たちの多くは「人様に迷惑をかけないように」と言って育てられます。人の手を借りずに自分のことはきちんと自分で出来る子が、《しっかりした良い子》と呼ばれます。この国においても、やはり賞賛されるのは自立した強い人です。弱いこと、人に頼ることは、しばしば恥ずかしいことと見なされます。ですから、人生の最後まで「子供や孫の世話になどならない!」と言い張る人もいるのでしょう。

 しかし、現実はなかなか思い通りにはいきません。人の助けを得なくてはどうにもならない時はあります。自分の弱さをさらけ出してしまう時はあるのでしょう。一生の間には幾度も、狼狽えたり、取り乱したり、恥をかいたりということを繰り返すものです。しかし、本来は強いことが良いことだと思っているならば、弱さを覆い隠して、体面を取り繕おうとするのでしょう。いや、他の人に対してだけでなく、自分自身に対しても弱さを覆い隠そうとすることもあります。弱い自分だと思いたくない。できるだけ自分の弱さを見ないようにしたい。恥ずかしいことは、それこそ心の箪笥の一番奥の方にしまい込んでしまいたい、と。

 どうもペトロという人物もそうだったようです。福音書を読みますと、彼はしばしば自分の弱さをさらけ出しています。例えばこんなことがありました。ある日、主イエスと弟子たちがガリラヤ湖畔におりました時、主は「湖の向こう岸に渡ろう」と言い出されました。そこで主イエスと弟子たちは船出いたします。ところが突風が湖に吹き下ろしてきて、彼らは水をかぶり、危なくなりました。弟子たちは狼狽えます。見ると主イエスは嵐の中で舟が沈みそうだというのに、安らかにスヤスヤと眠っているではありませんか。彼らは主を起こして言いました。「先生、先生、おぼれそうです」。すると、主は風と荒波とを叱って静め、弟子たちにこう言われたのです。「あなたがたの信仰はどこにあるのか」(8:25)と。嵐の中で落ち着いていたのは、漁師でもない主イエスおひとりでした。全くもってプロの漁師としての面目丸つぶれです。それはペトロにとって実に恥ずかしい経験だったに違いありません。

 どんなに訓練を積んできたとしても、どれほど経験を積んでいたとしても、いざ命が危険にさらされる時、自分の心の内に何が起こるかわからない。そういうものなのでしょう。しかし、弱さをさらけだしたこの失態はペトロの心の箪笥の奥深くに仕舞い込まれてしまったようです。最後の晩餐を終えて主イエスと弟子たちがゲツセマネの園に向かっていた時、すなわち主イエスが捕らえられるその時が刻一刻と近づいていたその時に、主イエスはこう言われました。「あなたがたは皆、わたしにつまずく」と。それは弟子たちが主イエスを見捨てて逃げていくことを意味しました。もちろん、それはペトロをも含めて主イエスは言われたのです。しかし、その時、ペトロはかつて弱さをさらけ出した自分であることを思い起こすことはありませんでした。彼は言いました。「たとえ、みんながつまずいても、わたしはつまずきません」(29節)。その思いは他の弟子たちにしても同じでした。

 しかし、主イエスは「たとえ、みんながつまずいても、わたしはつまずきません」と言ったペトロにこう言われたのです。「はっきり言っておくが、あなたは、今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう」(30節)。しかし、それでもなおペトロは自分の弱さを認めようとはしませんでした。ペトロはあの舟の中で取り乱していた自分の姿を思い起こすことはありませんでした。ペトロは力を込めて言い張ります。「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」(31節)。彼だけではありません。皆の者も同じように言ったのです。

 さて、実際にはどうなったのでしょうか。今日朗読された箇所の前のページの50節にあるように、「弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった」のです。ペトロだけは、主イエスが捕えられ、大祭司の家に連れていかれたとき、遠くからついて行ったようです。そして屋敷の中庭まで入り込み、人々と共に火にあたりながら、事の成り行きを見守っていました。そして、今日の聖書個所において私たちが耳にしたことが起こりました。

 大祭司に仕える女中のひとりが、火にあたっているペトロをじっと見つめていました。そして、こう言ったのです。「あなたも、あのナザレのイエスと一緒にいた。」ペトロは女の一言に震え上がりました。そして、とっさにこれを打ち消します。「あなたが何のことを言っているのか、わたしには分からないし、見当もつかない」。そう言って出口の方へ出ていきました。

 しかし、屋敷に連れてこられた主イエスの事が気になって、出て行くことはできません。彼はなおも中庭に留まります。するとまた、先の女中が彼を見て、そばに立っていた人々に言い出します。「この人は、あの人たちの仲間です」。ペトロは再びこれを打ち消しました。そして、しばらくすると、そばに立っていた人たちがまたペトロに言い始めます。「確かに、お前はあの連中の仲間だ。ガリラヤの者だから。」おそらく、ペトロが答えているときに彼のガリラヤ訛りを耳にしたのでしょう。

 ペトロはこれを強く打ち消します。「呪いの言葉さえ口にしながら」と書かれています。「もし偽りを語っていたら神に呪われても良い」と言って激しく誓い始めたということです。彼はそのように神にかけて誓ってこう言ったのです。「あなたがたの言っているそんな人は知らない」。そのようなことを自分が口にするとは、夢にも思っていなかったに違いありません。しかし、その時、二度目に鶏が鳴きました。「はっきり言っておくが、あなたは、今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。」主イエスの言葉をペトロは思い出したのでした。

 ペトロがその時に思い出したように、主イエスは弟子たちが御自分を見捨てて逃げてしまうことをご存じでした。ペトロが三度も御自分を否んでしまうことをご存じでした。ペトロを含め、弟子たちの内にあるものをご存じでした。それが外に現れてしまうことをご存じでした。しかし、ただ内にあるものが外に現れることを主イエスが望んでおられたわけではありません。そこには、実は絶対に聞き落としてはならない言葉がありました。主イエスはあの時、こう言われたのです。「あなたがたは皆わたしにつまずく。…しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く」(27~28節)。

 「あなたがたより先にガリラヤへ行く」ということは、主イエスはガリラヤで再び弟子たちに会うことを考えておられたということです。主イエスは先に行って待っていてくださるということです。主イエスを裏切り、主イエスを見捨てて逃げていくその弟子たちを、主イエスは先にガリラヤに行って待っていてくださる。「あなたがたは散らされる。わたしを見捨てて逃げていく。そこであなたがたは徹底的に自分自身の弱さと惨めさを知り、自らの罪深さを思い知ることだろう。しかし、私は先にガリラヤに行って待っている。ボロボロになった惨めなお前たちが私のもとに来るのを待っている。」―「あなたがたより先にガリラヤへ行く」とはそういうことです。

 主イエスは「あなたは、今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう」とペトロに言われました。しかし、その時、主イエスの内にあったのは、ペトロに向けられた、そして弟子たちに向けられた憐れみであり慈しみだったのです。ペトロは主イエスの言葉を思い出しました。しかし、そこでペトロの心に浮かんできたのは、「わたしの言ったとおりになったではないか」と言って責めている主イエスの眼差しではなかっただろうと思います。そうではなくて、憐れみに満ちた主イエスの眼差しであったはずなのです。

 だからペトロは泣いたのです。あたりを憚ることなく激しく大声を上げて泣いたのです。彼は弱い自分を悲しみ、罪深い自分を悲しんで、激しく泣いた。泣くことができたのです。それまで彼は、漁師として、ユダヤ人として、そして十二弟子の一人として、また将来はメシアの王国のナンバー2になるべき人間として、強くなくてはなりませんでした。他の人々のために泣くことはあっても、自分の弱さと罪深さを泣いているわけにはいかなかったのです。しかしもういいのです。主イエスは何もかもご存じだった。どんなに強がって見せたって、虚勢を張って見せたって、主イエスはすべてご存じだということが分かったから。だからペトロは泣きました。自分自身のありのままの姿を認めて激しく泣いたのです。

 これがペトロです。後に教会の指導者となる使徒ペトロです。この物語は四つの福音書すべてに記されています。恐らく後の使徒ペトロは、この出来事を繰り返し人々に語ったに違いありません。だからこの物語が残っているのでしょう。ペトロははばかることなく、自分の弱さを語り続けた。なぜなら、あの時の涙なくして、後のペトロはなかったからです。私たちも、同じです。神様に仕えて生きようとする時に、本当に必要なのは私たち自身の強さではないのです。そうではなくて、主は全てをご存知であることを知ることなのです。その上で、私たちをこの上なく愛してくださっている主が、共にいてくださることを知ることなのです。そして、そのような主が共に歩んでくださることを感謝して、主を見上げて生きていくことなのです。お祈りをいたしましょう。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を心から感謝いたします。神さま、今日から私たちは主イエスが十字架への道をたどられた受難集を過ごします。主イエスの苦難と十字架の死が、私たちの罪を贖うための出来事であったことを、心深く覚えることができますように。そして、あなたに背く人間の罪のゆえに、今も戦争や不条理な苦しみのさなかに置かれている人々に心を重ね合わせて、この一週間を過ごさせてください。ひと言の切なるお祈りを、主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

人間の知恵と力の限界

マルコによる福音書6章1~6節前半 2024年3月17日(日)主日礼拝説教

                                             牧師 藤田浩喜

「ふるさとは遠きにありて思うもの、そして悲しくうたうもの。」作家の室生犀星の言葉です。犀星はふるさとに対して、単純ではない思いを抱えています。ふるさとは実際に帰っていく場所ではなく、心の中で懐かしく思い起こす場所である。たとえ異郷で物乞いに落ちぶれても帰って来るべき所ではない。だから懐かしい望郷の念を胸に、自分は都会に帰って行こうと歌うのです。私の故郷は三重県の亀山という所ですが、室生犀星の思いが少し分かるような気がします。懐かしい思い出はたくさんあり、折に触れて思い起こすこともあります。しかし、長く離れていた自分が、今その故郷で暮らしたいと思うかというと、なかなかそのようには思えない。そんな簡単なことではないのです。

 今日の聖書は、「そこを去って故郷にお帰りになった」とあるように、主イエスが伝道の拠点であるガリラヤ湖畔のカファルナウムから、親や兄弟姉妹の住む故郷ナザレに、弟子を伴い帰って来たという場面であります。その日は安息日だったので、主イエスはユダヤ教の会堂で教え始められました。主イエスの教えやその力ある業は、すでにユダヤの国の津々浦々に風の噂で伝わっていました。もちろん、主イエスの故郷ナザレでも例外ではなかったものと思われます。しかし、ナザレの人々にはあのよく知っていたイエスと、噂の主イエスとは、どうもイメージが重ならなかったようです。ですから、主イエスの教えを聞いた多くの人々は、「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か」と驚き、「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか」と疑いをあらわにしたのです。

 しかし、彼らの戸惑いは、ある意味では無理からぬものであったかも知れません。小さい頃からついこの間まで、主イエスは、ナザレの住人の一人であったのです。だれよりも、イエスのことはよく知っているという気負いもあったでしょう。あの「いつも泣いていたイエス坊や」「優しいイエス坊や」といった感じではないでしょうか。ですから、ナザレの人々の「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか」という思いは、決して不思議でも何でもないのです。けれどもそのイエスが、会堂で教えられたのです。

それは自分たちの知っているマリアの息子、大工の息子ではありませんでした。彼らの目の前に立つ人物は別人のように、知恵があふれ力に満ち、同一人物とは思えないのです。主イエスを噂で聞く預言者、神の子、あるいは救い主として受け入れるどころか戸惑うことしかできず、彼らの生活の延長線上に主イエスを置いて見ること以外、考えられなかったのです。そのことを聖書は、「人々はイエスにつまずいた」と記しています。

 では、主イエスの側から見ればどうでしょう。主イエスは、疲れをいやすために、自分の愛する母や、兄弟姉妹の住むナザレに帰って来たのでしょうか。もしそうであれば、なるほどナザレの人々の知っているイエスでもよかったでしょう。しかし、主イエスは休養のためにナザレに帰って来たのではないのです。主イエスは、単身ではなく、弟子たちと一緒に、御言葉を宣べ伝えいやしの奇跡を行うために帰郷したのでした。どうも、ナザレの人々の視線と主イエスの視線とは平行線となっているようです。ナザレの人々が、神の子とまでは言わなくても、預言者の一人だと思ってくれるならば、どこかで接点が得られるのですが、そうではないようで平行線のままです。そしてその平行線こそが、主イエスにつまずいたということなのです。故郷の人々の主イエスに対する信仰の問題のみに留まらず、主イエスをあの十字架へと追いやって行く同胞ユダヤ人の心の動きと重なるものがあります。そう見て行きますと、私たち一人ひとりの在り方も問われているように思います。

私たちは福音書を読んで、どのような主イエスの姿を思い浮かべるでしょうか。子どもたちにお母さんの似顔絵を描かせると、思い思いのイメージで描きます。私たちの中にも主イエスのイメージがあります。中世の美術に描かれているような、まことに神々しく威厳に満ちたイエス像や、理想的な聖者として書かれている主イエスの伝記に慣れすぎている私たちが、もし主イエスが昔ナザレの村に帰られた時と同じ姿で、私たちの前に現れたらどうでしょう。私たちもまた、その見栄えのしない姿に失望して、こんな人が神の子であるはずはないと言って、つまずくのではないでしょうか。

イエス・キリストを信じるということは、彼を王座に座る権力者のように、威厳に満ちた方として尊敬する、あるいは私たちのお手本になる模範的な、理想的な人として見習おうとすることではありません。そうではなく、ベツレヘムの馬小屋から十字架の死に至るまで、主イエスは私たちと同じふつうの人間として、生きる苦しみや悲しみや痛みをそのどん底まで経験された。そして、まことにみすぼらしい姿の大工の子イエスにおいて、神が御自身を私たちに現された、この主イエスを通してすべての人に対する救いの御業をなされたと信じることなのです。本当に価値のある宝は、美しく飾られた宝石箱の中にあるのではなく、「土の器」の中に隠されているのです(Ⅱコリント4:7)。

 「神の痛みの神学」の著者として世界的に著名な北森嘉蔵先生は、著書『聖書の読み方』の中で、猿と猫の親子の関係を対比しつつ、信仰について次のように記しておられます。猿の場合、親猿が木から木へと渡るとき、子猿は親猿のおなかにしっかりつかまっています。この場合、子猿は親猿にしがみついていなければ脱落してしまいます。それとは反対に、猫の場合、親猫が移動するとき、親猫が子猫をしっかりくわえていきます。ですから、親猫が油断して離さない限り、子猫は脱落しません。ここで問題になるのは、脱落するかしないかの決定権がどちらにあるのかということです。つまり決定するのは、猿の場合は子どもの方であり、猫の場合は親の方であるということです。そしてこの関係を信仰になぞらえて、猿式信仰と猫式信仰との二つがあると述べておられます。そして北森先生は、「聖書のいう信仰は、『猿式』ではなく、『猫式』である」と結論づけています。

 さて、「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか」と言う人々の言葉には、自分の経験が絶対で、自分の目で見て手で触ってみないとその確かさをつかみ取れない姿が見えます。同時に、気に入らなければ放棄することもできます。大切なのは相手ではなく自分自身であるということです。これは、北森先生の分類で言えば「猿式信仰」とでも言えるものではないでしょうか。つまり、ナザレの人々のほとんどが、自分の納得のできる親猿にしがみついているのであって、それが自分たちの知っている大工、マリアの息子となると、もうそれだけで、ぶら下かっている意味も価値も見出せないということになるのでしょう。これが先ほど申しました人間の側から見たその延長線上にある主イエスなのです。人の判断で権威あるものにしがみつくような猿式信仰である限り、神と人との関係は平行線のままで、そこにはつまずきしかないのです。

 ところが、神さまは主イエスをとおして猫式信仰を示されるのです。そのイエスは自ら進んで十字架の道を選ばれました。平行線を交わりの線に変えられたのです。今日の聖書の箇所の前に、ヤイロの娘と十二年出血の止まらない女性のいやしの記事がありました。主イエスは女性に「あなたの信仰があなたを救った」と言われ、またヤイロに「ただ信じなさい」とおっしやいました。そしてヤイロも十二年の出血の女性も、すべてを主イエスに委ねたのでした。これは猫式信仰と言えるでしょう。猫式信仰の決め手を持つのは猫の親であり、子猫は親猫にすべて身を委ねるのです。主イエスをこの世に遣わして下さった神さまの思いが、そこには示されています。

 日本基督教団早稲田教会の牧師であった上林順一郎先生は、次のような話をされています。ある日、新聞の折り込みに、「犬を探してください」というチラシが入っていました。それには、犬の似顔絵とその種類、体つきや毛の色、そして十八歳になる雄犬であり、背中が曲かっていて、耳が遠く、目も不自由で歯も十分でなく、後足はいつもヨロヨロして歩くという特徴が記されていました。そして、最後に、「見つけて下さった方には、この大が死んでいても、失礼と思いますが、三万円のお礼をさしあげます」と記されていました。このチラシを読んだ上林先生は、犬に、しかも老衰で死んでいるかもしれない犬に多額の費用を使い、そのうえ、発見者にお礼をするなど、考えて見ればもったいないと言えるかも知れないが、無駄の中に、もったいないようなことの中に、飼い主の犬に対する深い愛情と優しさを感じてうれしくなったと言われます。

 皆さんはどう思われるでしょう。「大が死んでいても、お礼を……」と、どこまでも飼い主として関わろうとする姿の中に、全く次元は違うかもしれませんが、私たちに対する主イエスの姿が重なって見えないでしょうか。ましてや、私たちは神に似せて造られたという人間であり、その神はひとり子を賜ったほどにこの世を愛して下さった神さまです。「大工ではないか。マリアの息子ではないか」と言い放つ私たちです。しかし今日の終電車はなくなってしまっても、明日もまた、主イエスの救いの電車は、かたくなな私たちを救いへ乗せるためにやって来るのです。乗り損なったと失望することなく、始発の電車を待ちたいものです。すべてをゆだねて、またこの一週間を共に歩み続けたいと思います。お祈りをいたします。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を心から讃美いたします。今日も愛する兄弟姉妹と共に礼拝を捧げることができましたことを感謝いたします。神さま、私たちは今イエス・キリストの苦難と十字架を覚えるレントの時を過ごしています。真の神である御子イエスが大工の子として生まれ、人としてのすべての苦しみや悲しみ、痛みを負われたことを、私たちは知らされ、その姿につまずきます。しかし、そのご自分を低くする測り知れないへりくだりを通して、主イエスは私たち人間の罪を贖ってくださいました。どうか、この主イエスにすべてをゆだねて、このレントの一週間を過ごさせてください。私たちの群れの中には、病床にある者、高齢の者、人生の試練の中にある者たちがおります。どうか、そのような一人一人を特に顧みてください。折にかなった助けと主にある平安を与えていてください。また、世界では今も不条理としか言えない戦争状態が続いています。ウクライナで、パレスチナのガザで、ミャンマーで、戦いによって貴い命が失われています。神さまどうか、このような戦争を一刻も早く終結へと導いてください。そして人々が当たり前の平和な日常を取り戻すことができますように。このひと言の切なるお祈りを、イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

次週の礼拝  3月24日(日)

日曜学校   

午前9時15分-10時  礼拝と分級

聖  書   ルカによる福音書23章32-39節

説  教   「父よ、彼らをおゆるしください」 

       高橋加代子

主日礼拝   

午前10時30分  受難週  司式 髙谷史朗長老

聖  書

  (旧約)エレミヤ書5章20-25節    

  (新約) マルコによる福音書14章66-72節 

説  教   「ペトロの涙」  藤田浩喜牧師

罪を自覚することから

ヨナ書2章4~11節 2024年3月10日(日)主日礼拝説教

                           牧師 藤田浩喜

 ヨナ書2章3~10節には、海の中に投げ込まれたヨナが、魚の腹の中に呑み込まれた時にささげた祈りが、詩文的に記されています。この祈りから示されることの一つは、ヨナは苦しみの極みを経験することによって初めて、祈る者となったということです。3節には、彼が海の水の中で祈った事実が告白されています。そして、4節以下には、その時の苦しみがいかに厳しいものであったかという回想と、そこから救い出してくださった神への感謝と賛美が、告白的に語られています。

 これらを読みます時、様々な苦しみを味わうことのある私たちの持つべき心が、どうあったらよいのかを示される思いがいたします。不条理としか考えられない苦しみ、意味を見出せない艱難などに陥ることのある私たちです。その苦難から抜け出る道はあるのか、ヨナの祈りからそのことを聞いていきたいと思います。

 さて、ヨナが海に投げ込まれた次第を振り返ってみますと、1章11節、12節にそれが記されていました。船乗りたちが、くじに当たったヨナに対して、あなたをどうしたら海が静まるだろうか、と問いかけたのに対して、ヨナ自身がわたしの手足を捕えて海にほうり込むがよい、と答えています。そして、そのヨナの指示どおりに乗組員たちがヨナを海にほうり込みました。それが事柄の経緯です。

 しかし、ヨナの祈りを読んでみますと、事柄を進めて行ったのは神ご自身であるように語られています。4節を見てみますと、ヨナが神に向かって言った言葉として、「あなたは、わたしを深い海に投げ込まれた」と記されています。ヨナは、神がわたしを海に投げ込んだ、と語っているのです。

 また4節の3行目、「波また波がわたしの上を越えて行く」、これは口語訳では、「あなたの波と大波は皆、わたしの上を越えて行った」となります。このように波という言葉の前に「あなたの」という語があり、「神」の送った波がわたしを越えて行った、とヨナは述べているのです。本来ここに、「あなたの」という言葉が付けられていることを、見落とさないようにしなければなりません。

 このように、神がヨナを追放し、神がヨナを海に投げ入れ、神が自ら海の水をもってヨナに死の苦しみを味わわせられたのだ、とヨナ自身が祈りの中で述べています。これはどのように理解すべきものなのでしょうか。この受けとめ方には、大きく別けて二つあります。

 その一つは、ヨナが自分の罪や、自分の神への反逆を棚に上げて、自分を襲った苦しみの出来事をすべて神のせいにしている、そんなヨナの理解がそこに表されているという受けとめ方です。この場合、神に向かって、あなたのせいでわたしは死の苦しみを味わっているのだ、と抗議しているヨナの気持ちが表されているということになります。それは責任転嫁であり、また自分自身を正当化しようとするものであると言わざるを得ません。旧約聖書には、しばしばそのような人間の高ぶりが描かれています。エゼキエル書28章2節に次の言葉が出てきます。「主なる神はこう言われる。お前の心は高慢になり、そして言った。『わたしは神だ。わたしは海の真ん中にある神々の住みかに住まう』と。しかし、お前は人であって神ではない。ただ、自分の心が神の心のようだ、と思い込んでいるだけだ」。

 こういう高慢な心を持ちがちな私たち人間に対する、神の警告がそこに記されています。自分の心が神のようになって事柄を判断する。そのことは古代の人々だけでなく、今日においても私たちがなしやすいことです。私たち自身も、同じ傾向を持っています。自分の罪や過ちをまともに見ずに、自分にとって不利なことを神のせいにしたり、他人のせいにしたりする、ということを私たちはしがちなのです。そしてその結果、神と人とを呪うのです。ヨナは、そういう心の状況の中で、この祈りの言葉を口にしているという理解も、なるほど成り立つでしょう。しかしこれは果して正しい理解でしょうか。もう一つ別の理解を考えてみたいと思います。

 それは、自分が海に投げ込まれたのも、また一時期神から追放されたような状況に置かれたのも、それは確かに神がなさったことである。しかし、それは神の正当な行為なのだとの思いを込めて、「あなたがわたしを海に投げ込まれた」、とヨナが告白している祈りだと理解する。そういう理解の仕方です。つまり、そこにはヨナ自身の罪の認識がある、ということになります。自分が犯した罪に対して神が怒りを表わされた。神が自分を今罰しておられるのは、悔い改めを求めて、自分をこの苦しみの中においておられるのだ。これを受けるのは当然であるというヨナの認識が、そこにあるということです。

 この場合は、自分の苦しみを他人のせいにせず、神のせいにもせず、「わたしが罪を犯したのですから、神がわたしを懲らしめられるのは正当なことです」というヨナのへりくだりを、ここに読み取るのです。

 ヨナの祈りのこの部分は、このように二つの異なる理解が可能なところですけれども、祈り全体を見てみます時に、私たちは後者の理解に立つべきである、ということを教えられます。苦しみの極みまで追いやられた限界状況の中で、ヨナはやっとこれは自分の罪のゆえである、と自覚するに至ったのです。そのような悔い改めの中からこそ、この祈りが生まれてきたのです。

 神との関係の中で、正しく自分の状況や起こっている事柄を見ることができる時、そこから新しい事態が始まります。新しい状況へと自分が移されることが起こるのです。事実、ヨナは死の間際まで追いやられながら、再び命へと引き戻されることになります。

 自分の苦悩や悲しみや艱難が、神との関係の中で正しく捉えられ、正当に位置づけられることによって、かえってそこから新しい命の可能性が生じてくることがあるのです。苦しみが神との関係の中で正しく受けとめられる時に、事態は大きく変化することがあるということを、私たちはヨナの祈りから学ばされるのです。私たちの苦しみも悲しみも、何とかして神の御心をその中に見出そうと求める時に、神の業としてそれを受容できる時が来るに違いありません。そしてそこから、新しい何かが始まるのです。神はそのようにしてくださるお方なのです。

 ところで、ヨナが海の中に投げ込まれた時に、彼を襲った苦しみの状況が具体的な事柄や象徴的な表現を用いて、4節以下で描かれていますので、それを少し見ておきましょう。4節に、深い海に投げ込まれた、潮の流れがわたしを巻き込み、波また波がわたしの上を越えて行く、と記されています。このように、海とか水にまつわる言葉が繰り返されています。これは、人が危険にさらされた時の状況を描く場合に、旧約聖書においてしばしば用いられるものです。事実ヨナは、海の中に投げ込まれたわけですから、海や波が彼を襲っていることがそこに描かれています。

 6節に、「大水がわたしを襲って喉に達する」という表現が出てまいります。これもまた、生命の危険が迫っていることを言い表す時にしばしば用いられるものです。詩編69編2節に、「神よ、わたしを救ってください。大水が喉元に達しました」とあります。大水が喉元に達する、それは命の危険にさらされていることを表すものです。また今日の2章6節の2行目に、「深淵に呑み込まれ、水草が頭に絡みつく」とあります。もがけばもがくほど水草に体を奪われて、身動きできなくなっていく様子が描かれています。また、7節には、「わたしは山々の基まで、地の底まで沈み」という言葉があります。古代の人々は、山はその基が海の底にあって、海から突き出て山が陸上に立った、と考えました。ですから山の基まで沈んだということは、最も深い海の底、地の底まで沈んだということを、表現しようとしているのです。そして7節には、「地はわたしの上に永久に扉を閉ざす」と述べられています。地の底まで落ちたヨナの上に、地の底の扉が閉ざされて、もはや脱出できない状況になったということを語っています。3節に、「陰府の底から、助けを求める」という言葉がありますが、死の世界、死人の世界まで自分が落ち込んで行ったということを、7節では別の言い表し方をしているのです。このような様々な描写によって、海底深く沈んで行く様子、それをとおしての苦しみ、死と隣り合わせの状況にまで陥ったことの絶望を、ヨナは語ろうとしているのです。

 そして、そこまで追い詰められた時に、やっとヨナは神に助けを叫び求める者となりました。3節がそのことを示しています。別の見方をすれば、そこまで苦しみを味わわなければ、彼は真の神を見つめることができない者となってしまっていた、ということになります。

 下り坂を転がり落ちるように、最も低く、最も深い所まで落ち込み、光を見失った時、その時に初めて彼は真の光とは何であるか、自分をゆだねるべきお方はどなたであるかを、思い起こすことができました。そして神に助けを求めて叫ぶ者となったのです。彼の下へ下へと向かう道がそこで止まり、新しい上向きの道へと、彼は方向転換させられるのです。そのことが今日の7節の後半以下に告白されているのです。

 苦しみや危機は、神から切り離される一面を持っています。しかし逆に、私たちを襲う苦しみや危機が真の神への信仰に繋がることがあるということを、聖書は恵みの約束として、私たちにしばしば語っています。

 イエス・キリストが語られた、放蕩息子の譬え話においても、同じことが教えられています。弟息子は飢え死にしそうな中で、次のように方向転換を決意しました。「父のところに行って言おう。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください』と。」ルカによる福音書15章に記されている有名な譬え話です。

 神の恵みに値しない自分であることを知った時に、初めて神の恵みが逆にその人に与えられることがあるのです。神の恵みから切り離されたと思ったその時に、神をもう一度見つめることができるならば、新しい恵みがそこに用意されていることに気づかされる。そうしたことが私たちの人生にはあるのです。神は私たちの思いをはるかに超えた方法で、事をなさるお方なのです

 現在、自分の人生は下降の一途を辿っているとしか思えない人がいるかも知れません。ヨナが海の底に沈んで行くように、光のない暗闇の中に落ち込んで行くように、自分は滅びに向かって進んでいるとしか思えない。そういう人もこの中にはおられるかも知れません。命の力が弱り、生きる力が衰えている。そうとしか考えられないほどに、望み無き状態に陥っている人もおられるかも知れません。

 しかし、それを他人のせいにせず、運命のせいにせず、神のせいにもしないで、その中でなお神を呼び求めるようにと、ヨナが教えてくれています。神の手によって打たれたヨナでしたけれども、新たに神を呼び求める時に、彼を打った手が、逆に彼を助ける手として働いてくださっています。

 それと同じことが、今日においても起こります。私たちにおいても、起こります。神の御手が私たちを危機や困難に追いやることがあります。しかし同じ御手が、そこから新しく恵みへと引き上げてくださることもあるのです。いや、神に身をゆだねる者に対して、神は必ずそのようにしてくださいます。

 使徒信条が告白していますように、イエス・キリストは陰府をさえ、すなわち死人の世界をさえ、克服されたお方です。閉ざされた死の世界さえ打ち破って、命の扉を開いてくださった主です。ならばその主が、生きている私たちの世界で、命と光の扉を開くために働いてくださらないはずがないのです。

 私たちは苦難と死を克服されたイエス・キリストの勝利の確かさの中で、自分の苦しみを見つめることが求められています。そして、そうすることができる時に、必ずや私たちの生は神によって新しい展開を与えられます。私たちはその約束を信じて待ち望むことが、許されているのです。お祈りをいたしましょう。

【お祈り】主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を讃美いたします。今日も敬愛する兄弟姉妹と礼拝を共にすることができましたことを、感謝いたします。神さま、私たちは人生において様々な危機や困難に遭遇します。それらの危機や困難は、私たちをあなたから遠ざけてしまうことがあります。しかし、そうした危機や困難の中であなたを仰ぎ、祈りの声を上げるとき、あなたは御手を伸べて私たちを引き寄せてくださいます。そして今まで見えなかった新しい道を私たちに見させてくださいます。どうか、どのような時にもあなたの御許に留まらせてください。今、群れの中で病床にある者、高齢の者、大きな試練の中にある者を、特に顧みてください。このひと言の切なるお祈りを、私たちの主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

次週の礼拝  3月17日(日) 


日曜学校   

午前9時15分-10時  礼拝と分級
聖  書   ルカによる福音書22章39-46節
説  教   「オリーブ山での祈り」  山﨑和子長老


主日礼拝   

午前10時30分  レントⅤ  司式 山根和子長老
聖  書  
  (旧約) 箴言4章20-27節    
  (新約) マルコによる福音書6章1-6節前半 
説  教   「人間の知恵と力の限界」  藤田浩喜牧師

背後の人

マルコによる福音書5章25~34節 2024年3月3日(日)主日礼拝説教

                           牧師 藤田浩喜

マルコによる福音書には奇跡物語が多く出てきます。奇跡を語ることによって、圧倒的な力をもって人を生かされた救い主の働きを印象深く伝えようとしたのです。今日の箇所の物語もその一例です。ここでは十二年もの間病苦に悩まされていた一人の女性の健康回復の過程が述べられると共に、それによって人間と主イエスとの出会いの姿が生き生きと描き出されています。

 この女性は出血の病気を患っていました。この出血がどのような病気か正確には分かりませんが、当時この出血を患う人がかなりいたようです。なかなか難しい病気で、この女性も治療のために多くの医者にかかりました。しかし色々手を尽くしても、あれもダメ、これもダメということだったのです。

 そしてこの病む状態は、単に肉体、身体にとどまりません。このような病を得ることで、彼女はそれまでの人生、生き方においても変更を余儀なくされた。心理的、精神的側面においても「ひどく苦しめられて」きたのです。当時のイスラエルにありましては、女性に継続的な出血があるということは、宗教的に、社会的に穢れた者とされたのです。彼女にとっては、身体(からだ)の病気という以上に、社会において人々から穢れているとのけ者にされて来たことが、大きな苦しみであったに違いありません。

この女性が、治りたいという一心から、群衆の中に紛れ込んで、だれにも気付かれないようにしてひそかに主イエスにさわったのでした。ここには庶民のずるさのようなものが感じられます。今申し上げたように、律法によればこのような病気の女は汚れたものと考えられ、人に触れてはならないとされていました(レビ記15章)。たしかにこのような規定そのものが、不合理で非人道的です。しかしそれなら、正面からこれに挑戦して、堂々とその禁令を破ったらよいのですが、彼女はそれほどの勇気は持ち合せていませんでした。人々の目も気になったに違いありません。何気ない様を装いながら、多数の陰に隠れて、ひそかに自分の願いを満たしているのです。

 しかしそれはずるさというよりも、表通りを歩くこともできない恥かしい思いの一人の人間が、それでも何とか人並みの生活をしたいという、切実な願いから考えついた、いじらしいばかりの苦肉の策であったというのが正確でしょう。日蔭の草が、太陽の光を求めてあちらこちらへ懸命に茎をくねらせて伸びてゆくような、弱者の精いっぱいの努力であったのです。

 さらにここには、この女性の主イエスに対する畏れが示されています。罪人は聖なる神の前に出ることはできません。神を見る者は死ぬのです。ペトロも主イエスの聖なる力に触れたとき「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と、畏れおののいたと言われています(ルカ5:8)。しかし、正面から主を仰ぐことができないにもかかわらず、私たちは主に近づき、主に帰る以外に行くべきところはありません。主から「あなたがたも去ろうとするのか」と問われれば、「主よ、わたしたちは、だれのところに行きましょう。永遠の命の言をもっているのはあなたです」(ヨハネ6:67、68、口語訳)と、主に帰り、主のもとに留まる以外に、行くべきところはないのです。主に対して、恐れつつ近づき、近づきつつおののくのです。主を恐れつつ、主を慕います。その点からも、この女性の姿はそのまま私たちの姿なのです。

 このように背後から恐れおののきながら触れた手に対して、主の力が出てゆきました。ちょうど電源につながれたコードに電流が通じ、電流計にその変化が表示されるように、主イエスは、自分の内の霊的エネルギーが、背後から触れてきた手を通じて、何者かの内に流れ入ったことを、鋭敏に察知されました。

 背後の人の求めにも直ちに応えられる主イエスの姿は、私たちにとって深い慰めです。主イエスは、正面から御前に近づくことのできない人間を、背中で受け止めてくださいました。かつてモーセが神の御姿を見ることを願ったとき、神はモーセを岩の裂け目に入れ、神の栄光が通り過ぎるまで御手をもって彼を覆い、通り終えたときに手をのけて、その背後を仰がせてくださいました。「わたしが手を離すとき、あなたはわたしの後ろを見るが、わたしの顔は見えない」(出エ33:23)。これは神の憐れみの行為でした。人間は神の御顔を見たのちに、なお生きることはできないからです。神は人間の罪を見ないで、人間に近づいてくださいます。

 実に、神が人になってくださったという、受肉の出来事が、神が神としての正面の姿でなく、人間性を介して私たちに出会ってくださるという、いわば後ろ向きに立ってくださったことを示しています。間接的に、私たちが罪あるままに近づくことのできる姿で、神は私たちの前に立ってくださるお方なのです。ルターが教えているように、私たちは私たちに背中を広げて近づいてくださる主イエスに対して、父親の背中に飛びついてゆく子どものように近づいてゆくのです。主イエスは、人間性という背中に私たちを乗せて、父のもとに私たちを導いてくださるのです。

 神と人間との関係は、神の側の恵みと憐れみによってのみ成り立つ関係です。私たちは、主と共に歩ませていただいていることを、何か当たり前のことのように考えてはなりません。使徒パウロが語っているように、「神の恵みによって今日のわたしがあるのです」(Iコリ15:10)。

 主イエスは、このように背後の人をも癒されたのでありますが、その人を背後にいるままに放置してはおかれませんでした。「イエスは、触れた者を見つけようと、辺りを見回しておられた」(マルコ5:32)。この「見回しておられた」という言葉は、原語では未完了形が用いられています。この動作が一度で終わらず、くりかえし継続していたことを示しています。したがって、「見回し続けておられた」と訳した方が正確です。

 主イエスは人間を無個性の群衆とは見なされません。大衆操作の対象としては扱われないのです。近づいてくる一人一人と人格的な関係を結ぶことを求められるのです。人が主イエスに対して背後から近づいたとしても、背後で癒されたならば、それで用は終わったと、そのまま自分の家に帰って行く者であってはならない。背後で得た恵みへの喜びのあまり、恥かしさも忘れて、思い切って主の前に出て、感謝を表すという勇気と決断を持つことを望まれるのです。そのような恵みへの感謝の応答がなされるまで、主イエスは私たちを求めて「見回し続けられる」のです。

 信仰は神との出会いであり、神との生ける交わりです。この交わりそのものを目的としないで、交わりに伴う恵みだけを目当てとするような態度は、神を自分の目的のために利用することになります。入信による物質的な報酬を求めるいわゆる御利益宗教や、精神的な安心立命を強調する宗教も、神を自分の生活を幸福にするための手段と考える点では、いずれも宗教的エゴイズムです。主イエスはそのような宗教的エゴイズムに対して、「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい」と命じられました(マタ6:33)。神の御支配に服し、神との交わりそのものを第一とする生活を確立しなければなりません。あの出血に苦しんだ女性も、初めは主との人格的な出会いよりも、その結果としての自分の幸福のみを手に入れようとしました。しかし、病気の癒しだけでなく、人格的な出会いを求めて、しきりに見回しておられる主イエスの視線にふれました。そしてその眼差しにうながされるように、「震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話した」(5:33)。自分のいささか虫のよい願いに対しても応えてくださり、しかもそこから成長して、自分の方から信仰の応答をするようにと、求め続けておられる主に接して、彼女は主の背後から引き出されて、御前に立つ者とされたのです。主のうながしによって、彼女は信仰者としての主体性を確立したのです。

 主イエスはこの応答を深く喜ばれて、「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」(5:34)と、祝福しつつ送り出されました。私たちの信仰は、主の恵みと招きに対する応答にすぎません。けれど主はこれを真剣に取り上げて、私たちを対等のパートナーとして取り扱われます。主は私たちを友のように処遇してくださいます。信仰によって私たちは、主の力を自分の力として生きることが許されるのです。主イエスは「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのです」とおっしゃいました。しかし、本当のところ、主イエスこそ彼女を救われたのです。このように一人の信仰者として、彼女が主イエスの前に、そして神の前に立ち得るように導かれたのは、主イエスであったからです。そうでありながらなお、「あなたの信仰」と主イエスが彼女の信仰を称賛されたのは、彼女のそのような決断を慈しまれ評価なさったからです。そしてそのように褒めることを通して、彼女の信仰的自立を励ましてくださったのです。

 言い伝えによりますと、この女性の名はヴェロニカ(またはベレニケ)と言い、エデッサの王女であったと言われています。後に彼女は、主イエスが十字架を負ってヴィア・ドロロサ(悲しみの道)を歩まれたとき、苦しみのあまり油汗を流して躓きながら進まれる主の御姿に心を痛め、自分のハンカチで主の御顔を拭いました。ところがそのハンカチには、受難の主の御顔があざやかに残されたと言います。ヴェロニカのハンカチの言い伝えです。ルオーの作品にもこれを描いたのがあります。もちろんこれは伝説です。しかし、かつて主イエスの背後からひそやかに近づいた女性が、十字架の主を仰いだ時、人をも恐れず進み出た。そして勇気をもって主に仕えたという物語は、主への感謝と愛の故に、背後の人から御前に立つ人に変えられた、彼女の信仰の成長を示しています。そして、私たち一人一人もそうであるようにと、主イエスは励ましてくださっているのです。お祈りをいたしましょう。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を心から讃美いたします。今日も愛する兄弟姉妹と礼拝を共にし、あなたを褒め称えることができましたことを、感謝いたします。主イエスは、うしろからしか近づくことのできない私たちの手を取って、主の御前に立つことのできる者としてくださいます。どうか、私たちが主の御手に引かれて力を得、主に呼びかけられて、勇気をもって応答する者にさせて下さい。今、私たちの住んでいる地には地震が頻発し、私たちは恐れと不安の中にあります。どうか、私たち一人一人にあなたの平安を与えてください。そして、私たちが備えを怠ることなく冷静に、毎日を過ごすことができますよう導いていてください。群れの中には病床にある者、高齢の者、困難に立たされている者がおります。神さまどうか、一人一人をその御手をもってお支えください。そして共に歩んでいるその家族の上にも、あなたの支えとねぎらいを与えてください。今も戦乱の中で命の危機に直面しているウクライナ、パレスチナのガザ、ミャンマーの人々を、あなたが守りお支えください。能登半島地震の被災者を、どうか顧みていてください。このひと言のお祈りを、主の御名によって御前にお捧げいたします。アーメン。

【聖霊を求める祈り】主よ、あなたは御子によって私たちにお語りになりました。いま私たちの心を聖霊によって導き、あなたのみ言葉を理解し、信じる者にしてください。あなたのみ言葉が人のいのち、世の光、良きおとずれであることを、御霊の力によって私たちに聞かせてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

次週の礼拝  3月10日(日) 


日曜学校   

午前9時15分-10時  礼拝と分級
聖  書   ルカによる福音書22章31-34節
説  教   「ペトロの裏切りの予告」  藤田浩喜牧師


主日礼拝   

午前10時30分  レントⅣ  司式 三宅恵子長老
聖  書
  (旧約) ヨナ書2章4-11節    
  (新約) ヘブライ人への手紙13章12-16節 
説  教   「罪を自覚することから」  藤田浩喜牧師

少女よ、起きなさい

マルコによる福音書5章21~24節、35~43節 2024年2月25日(日)主日礼拝説教

                          牧師 藤田浩喜

ここでは死の問題が取り扱われていると思います。そういう意味では極めて深刻な事柄が記されていると思います。

 死というものは、言うまでもなく誰もこれを避けて通ることはできない問題です。どんな幸運に生活をした人でも、死の問題に突き当たらないで自分の生涯を終わらせることはできないのです。また、この死の問題は、ただ本人の生きる、死ぬという問題であるだけではなくて、本人を取り巻く、周囲の人々との関係の問題でもあると思います。本人がこの地上における生涯を終わるというだけの問題ではなくて、親しい者と別れるという、そういう問題がそこにあるのではないかと思います。ですから、死というものは本人にとっても、本人を取り巻くまわりの人間にとっても、辛い事柄なのです。

 今日の箇所に出てきますのは、一人の会堂長の娘が死んだというその時の出来事です。娘を失うかもしれない父親のつらさというものが、表現されていると思います。22節には、こういうふうに書いてあります。「会堂長の一人でヤイロという名の人が来て、イエスを見ると足もとにひれ伏して、しきりに願った。『わたしの幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう。』そこでイエスは、ヤイロと一緒に出かけて行かれた」。この会堂長は、自分の娘のために主イエスのもとに行って、足もとにひれ伏して、しきりに願ったと書いてあります。

 「足もとにひれ伏す」というのは、単なる謙遜というのではなくて、自分のいっさいをかけて相手に願う。そういう姿がそこにあります。また「しきりに願った」というふうに書かれていますが、これは岩波から出た聖書の訳では、「必死に乞い願っている」というふうに訳してありました。「足もとにひれ伏して、必死に乞い願っている」。つまり、そこにあるのは、この父親の切実な気持ちです。死というものをめぐって、そこに娘の戦いがあり、また父親の肉親としての戦いがあるのです。その意味では、人は自分のためにだけ病と闘うのでなく、自分をめぐる人々のためにも生きる戦いをしなければならないという側面が、あるのだと思います。

 「イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人々が来て言った。『お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう。』イエスはその話をそばで聞いて、『恐れることはない。ただ信じなさい』と会堂長に言われた」(35~36節)。主イエスがその家に向かう途中、娘は間に合わないで死んでしまいました。だから、もう死んでしまったから、先生にわざわざ来ていただくには及ばないという連絡が入ったというのです。命がある間は、希望がある。そう私たちは思います。そしてその一つの命が支えられるために、あらゆる努力をし、また祈り願う。しかし、死んでしまった。すべてが終わってしまったのです。冷たくて動かすことのできない壁が前に立ちはだかります。今までは何かの努力をすることができました。ひょっとすると、という希望があった。しかし、死んでしまった時には、もういっさいが前に向かっては動かなくなる。冷たい壁が立ちはだかる思いを経験するのです。つまり一人の人間のストーリーがそこで終わってしまう。主イエスが弟子たちといっしょに近づかれますと、多くの人々が泣いていたと書いてあります。

 「一行は会堂長の家に着いた。イエスは人々が大声で泣きわめいて騷いでいるのを見て、家の中に入り、人々に言われた。『なぜ、泣き騷ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ。』人々はイエスをあざ笑った」(38~40節a)。多くの人々が死体を前にして、大声で泣きわめいて騷いでいたと書かれています。これはおおげさなようですが、人が亡くなった時に、ある人々が、おそらく近所から来たある人々が声をあげて泣く、というしきたりがあったからです。この泣くことを仕事とする人々さえいた、というふうにも言われています。むろん、悲しくて人間は泣きます。しかし、身近な人間ほどその悲しみは深くて、声にならないと思います。つまり、あまりつらすぎて涙も出ない。それがおそらく身近な者の実感ではないかと思います。私たちはテレビで、戦争や災害によって家族を目の前で亡くされた方が写っているのを見ます。しかし、たいていはもうほとんど泣いていない。泣けない。涙なく、茫然と立っている。それが肉親を失った者の姿でないかと思います。

 人間にとって死というものは、あまりにも残酷な行き止まりのように思います。もう終わったんだから、先生に来ていただかなくてもいい、ということになるのです。いろいろやったけれどもだめでした。先生を煩わすには及ばないでしょう。努力をしたけれど甲斐がなかった。しかし、その時主イエスは会堂長にこう言われました。「恐れることはない。ただ信じなさい」。「恐れることはない」というのは、死を恐れることはないという意味です。「信じなさい」。会堂長は、ここまで主イエスを信じてやって来ました。ついて来ました。娘が死んで、それで信仰も祈りもそこで終わったというわけではないと言われたのであります。「なお、信じなさい」と、主イエスはこの会堂長に言われました。死んでしまったらおしまいであって、後は嘆くだけだ。悲しむだけだ。そしていつか時間がたって、あきらめるだけだというのではない。「なお、信じなさい」と、キリストは言われたのです。

 泣き騷いでいる人々に向かって主イエスは言われます。「なぜ泣き騷ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ」。これを聞いた人々があざ笑ったと書かれています。不思議な表現です。今まで泣き騒いでいた人々が、今度はあざ笑ったというのです。眠っているだけだと言われて、喜んだというのではありません。一人の人間の死を前にして、人々は声を上げてさめざめと泣いていました。つまり、悲しみにふけっていたわけです。残された家族に同情して、悲しみにふけっていました。人間は往々にして、同情して悲しみにふけっている自分自身に酔ってしまうということがあります。誰かのために同情して嘆いている自分自身にふけってしまう。娘は眠っているだけだと言われて、その酔いを、言わば覚まされてしまったのです。だから、しらけてしまった。もうここで、終わりなんだ。ここはもう泣くだけ、悲しむだけという場面なのに、何か別のことをしようとしている主イエスに、人々はついて行けませんでした。

 「人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスは皆を外に出し、子供の両親と三人の弟子だけを連れて、子供のいる所へ入って行かれた」(40節)。主イエスはたくさんの弟子たちの中で、三人の弟子たちだけを選んで、そしてその娘の両親を連れて、他の人を外に出したと書いてあります。部屋の中に入って行ったというのです。つまり、あきらめてしまった人たちは、外に出したのです。もうこれで終わったと思っている人に対しては、その人を外に出してしまった。そしてなおあきらめきれない、なお希望を捨て切れない人だけをつれて、主イエスは部屋に入って行ったのです。なお祈らないではいられないその人々を連れて、主は少女のもとに行ったのです。

 私たちの信仰というものは、あきらめた所で終わります。ここまでだと思った所が、私たちの終わりです。ここまでは一生懸命祈ってきた。もうここからは何にもないと思った所で、私たちの信仰は終わります。こんなつらい場面では、もう信仰は役に立たないと思ったら、そこで終わるのです。こんなひどい場面では、こんな残酷な場面では、もう神様は関係ないと思ったら、そこで私たちの信仰は終わります。人々から見捨てられた。もうだめだと誰かに言われた。だからもう……そう思った所が、私たちの信仰の終わりです。しかし、主イエスはさらにその向こうに踏みこんで行かれます。その向こうに行くことを期待されます。ここから先はもうどうにもならないと、人々が投げ出す、その場所に主イエスは踏みこんで行かれるのです。その死に場所にまで、主は踏みこんで行かれる。そして、こう言われました。「タリタ、クム」。「これは、『少女よ。わたしはあなたに言う。起きなさい』という意味である。少女はすぐに起き上がって、歩きだした。もう十二歳になっていたからである」(41~42節)。

 「少女よ、起きなさい。少女は起き上がって歩き出した」と書いてあります。そして、「もう十二歳にもなっていたから」と注釈を付けているのです。つまり、聖書はこう言いたいのです。十二歳だから当然歩いたのだ、と。十二歳の少女だったから当然のように歩いたのだ。十二歳だから十二歳のその命がそこにあったのだと言っているのです。私は、主イエスが死の中に踏みこんで行ったと言いました。言うまでもなく、主イエスの十字架の死のことを言ったのです。主イエスが十字架で死んだということは、私たちを生かすための死でした。私たちの命を救うための死でした。人間の命を一つも滅ぼさない、そのためイエス・キリストは十字架に死なれたのです。十二歳の命を十二歳のままで生かすために、主イエスはそのために自ら苦しみを負われ、私たちの代わりに死んで下さいました。仕事を積み重ね、戦い労して倒れ五十歳の命を五十歳のまま滅ぼさないために、主イエスは死んで下さったのです。人生の辛酸をなめ、数えきれない喜びや悲しみをなめ、喜びや悲しみの刻まれた八十歳の命がどこかに消えてしまうことのないために、その命がかけがえのない大いなるものとしてありつづけるために、主イエスは死んで下さったのです。

 だから主イエスは御自分の全存在をかけて言われたのです。「娘よ、起きなさい」。十二歳の命はそこにあるのです。若葉のような十二歳の命はそこで神のもとにあるのです。滅びない。どこかに行ってしまった、などということはない。消えてしまった、などということはないのです。

 主イエスは、今も言われます。「起きなさい。だれそれよ、起きなさい」。誰かの生命がいつのまにか消えてしまう。そんなことはないのです。ある人の生命は軽いから、世間の人の誰にも知られなかったから、だからその命は消えてしまってなくなる。そんなことはありません。主イエスが言われるのです。「少女よ、起きなさい」。「わたしはあなたに言う。起きなさい」。そこでみんな起きるのです。主イエスの御手の中でみんな起きるのです。

私たちはみんな、そうしたキリストの前に生かされているのだということを忘れてはなりません。いずれなくなるような命を私たちは生きているのではない。いずれみんなに忘れられ、そしてどこかへ行ってしまうような命を、私たちは生きているのではないのです。キリストは一人一人に言われます。「起きなさい」。「少女よ、起きなさい」。決して、一人の命は滅ぼされはしません。そのために、キリストは十字架にかかり、よみがえられたのです。

 イザヤ書53章5節は言います、「彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた」。私たちは、癒されたのです。私たち一人一人の命は、永遠に癒されたものとしてあるのです。失われない命としてあるのだということ、そのような命を私たちはみんな生きているのだということを、忘れないようにしたいと思います。お祈りをいたしましょう。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神様、あなたの貴い御名を心から讃美いたします。今日も愛する兄弟姉妹と共に礼拝を捧げることができましたことを感謝いたします。神様、聖書の御言葉を通し、あなたの深い御心を示してくださり、ありがとうございます。御子イエス・キリストは、私たちの命が虚しく消え去らないように、十字架への道を進み、ご自身を捧げてくださいました。私たちの命は、地上の生を超えて、あなたの御許で保たれていきます。どうか、死を超えても失われることのない永遠の命への信仰を、私たちが固く持ち続けることができますよう励ましていてください。群れの中には、病床にある者、高齢の者、試練に立たされている者がおります。どうか一人一人を顧みて、折に適った助けと励ましを与えていてください。今世界で起こっております戦争が、一日も早く終結しますよう、そのための知恵と手立てをお与えください。能登半島地震の被災者の人たちが、今の状況を乗り越え、希望をもって歩むことができますよう、どうか励ましていてください。この拙きひと言の切なるお祈りを主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。