甦りの主にお会いして

ヨハネによる福音書20章11~18節 2024年4月7日(日)主日礼拝説教

                                             牧師 藤田浩喜

 先週、私たちはイースター礼拝をささげ、主イエスの復活を喜び祝いました。主イエスの復活は、単なる二千年前の不思議な出来事ではなくて、現在の私たちを生かす、私のために起きた出来事であることを改めて心に刻みました。今朝は、復活された主イエスが最初にその御姿を現された場面、マグダラのマリアと出会われた箇所から御言葉に聞いてまいりたいと思います。

 主イエスが復活された日の朝早く、まだ暗いうちにマグダラのマリアは主イエスの墓へ行きました。他の福音書は、この時マリアは香料を持って墓へ行ったと記しています。多分、主イエスの遺体に香料を塗るという、当時一般的に為されていた葬りの儀礼をしてあげたいと思ったのでしょう。ところが主イエスの墓に着いてみると、墓に蓋をするために置かれていたはずの大きな石が取り除けてあり、墓の穴の中に主イエスの遺体は無かったのです。この時マリアの頭に浮かんだのは、主イエスの遺体が誰かによって運び去られたということでした。主イエスが復活されたとは、少しも思っていません。そこで彼女は、主イエスの弟子であるペトロたちのところに走って行って、そのことを報告しました。

 

 主イエスの遺体が無くなっているという知らせを受けたシモン・ペトロともう一人の弟子は、主イエスの墓へと走りました。多分、マグダラのマリアも彼らの後を追うようにして、また主イエスの墓へ戻ったのだと思います。二人の弟子は主イエスの空の墓を見て家に帰ったのですが、マグダラのマリアは墓の前に立ち続け、泣いていました。彼女には泣くしかできなかったのです。

 木曜日の夜に主イエスが捕らえられて以来、彼女は何度泣いたことでしょうか。主イエスがゲッセマネの園で捕らえられたと聞いた時、彼女は泣いたでしょう。主イエスが十字架を背負ってゴルゴタに向かって歩まれた時、彼女は泣いたでしょう。主イエスが十字架につけられ、手と足に釘を打たれた時、彼女は泣いたでしょう。主イエスが十字架の上で息を引き取られた時、彼女は泣いたでしょう。そして安息日に入り、主イエスのいない土曜日、彼女は泣き続けていたことでしょう。そして日曜日の朝、主イエスの墓に来ると、そこに主イエスの遺体は無く、墓は空っぽでした。「わたしの主」、「わたしのイエス様」が取り去られた。誰かがどこかへ運んでしまった。どうしてこんなひどいことをするのか。マリアは墓の前で泣くしかありませんでした。

 泣くしかない。愛する者の苦しみを前にして何もできずに見続けなければならない時、私たちは泣くしかありません。そして愛する者を失った時、人はどうしようもなく泣くしかない。そういう時が私たちにもある。しかし、泣くしかない、もうどうしようもない時に、どうしようもないと思っていた現実の向こうから、私たちの思いを超えた神様の御業が始まっている。そう聖書は告げるのです。

 泣くしかないマリアに向かって、天使は言います。13節「婦人よ、なぜ泣いているのか。」これは、マリアに泣いている理由を尋ねているのではありません。泣いている理由は、分かり切っているのです。天使がここでマリアに告げているのは、「どうして泣いているのですか。もう泣くことはないのですよ。泣かなくてよいのですよ」ということです。しかし、マリアには天使が告げることの意味が分かりません。ですからマリアは、「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません」と天使に言うのです。

 さて、ここで重大なことが記されています。14節です。「こう言いながら後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった」とあります。マリアは天使とのやり取りの後、後ろを振り向いたのです。するとそこに主イエスが立っておられたのですが、それが主イエスだとは分からなかったと言うのです。どうしてでしょうか。

 第一に、それ程までに主イエスの復活は、弟子たちの思いを超えたものであったということでしょう。弟子たちは主イエスが復活されることを信じ、期待し、その思いが復活の主イエスの話を作ったというようなものではないということです。第二に、主イエスの復活という出来事が、単なる肉体の蘇生というようなことではないということを示していると思います。マルコによる福音書16章12節には、「イエスが別の姿で御自身を現された」とあります。「別の姿」です。確かに主イエスは、十字架の上で死なれたその方として復活されました。その手と足には釘の跡がありました。しかし、その復活された体は、やがては朽ちていくこの肉体と全く同じではなかったということでしょう。別の姿だったから主イエスとは分からなかったということです。第三に、それ以上に大切なことがあります。それは、この主イエスの復活の出来事は、主イエスとの人格的な交わりの中で受け取られるものだということです。

 マリアは確かに、自分の後ろに主イエスが立っておられるのを見た。しかし、それが主イエスだと分からなかった。そして15節で主イエスが「婦人よ、なぜ泣いているのか」と言っても、マリアは相変わらず、主イエスとは分からずに墓の番人だと思って、「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります」と言っているのです。

ところが、主イエスが「マリア」と呼びかけると、彼女はこの人が主イエスであるとはっきり分かって、「ラボニ(先生)」と振り向きながら答えたのです。この「マリア」、「ラボニ」というやり取りは、マリアが主イエスに付き従ってきた日々の中で、何度も何度も繰り返されていたものでした。マリアは自分に語りかけられる「マリア」という声を聞いて、この方が復活の主イエスであることが分かったのです。それまでは分からなかったのに、です。どうしてか。私は、ここに主イエスの復活の出来事の重大な秘密があると思います。

 主イエスの復活の出来事は、物を上に投げたら下に落ちてくる、水は高い方から低い方へ流れるといった、誰の目から見ても明らかであり、もしその時代に写真機やビデオカメラがあったら写すことができるような、いわゆる客観的事実ということとは、少し次元が違うことなのだと思うのです。もちろん、私は主イエスの復活が実際に起きた歴史的事実ではない、と言っているのではありません。主イエスは確かに復活されたのです。しかし、その出来事は主イエスとの深い人格的な交わりの中でしか、受け取れないものだと思うのです。復活された主イエスに出会った者は、根本的にその人生が変わってしまうのです。主イエスを信じ、主イエスと共に生きるしかない者に変えられるのです。このことこそ、主イエスの復活の出来事の最も重大な点なのです。

 これは、私たちがこの主の日の礼拝のたびごとに経験していることと重なると思います。私は毎週ここで説教をしています。この説教から、自分自身に向けられた主イエスの御言葉を聞き取り、この主イエスに従っていこうとする信仰が与えられるという出来事に与ります。しかしそれは、この説教を聞くすべての人に与えられることではないのです。同じ説教を聞きながら、「さっぱり分からん」ということも起きるのです。聖餐にしても同じです。主イエスの体、主イエスの血潮として、ありがたくこれに与るという人もいれば、ただのパンとブドウ液にしか思えない人もいる。客観的に言えば、説教は牧師が語っていることですし、聖餐はパンでありブドウ液なのです。しかし、これがキリストの言葉となり、キリストの体、キリストの血潮となる。これは聖霊の働きにより私たちに信仰が与えられるから起きることなのです。そして主イエスの復活の出来事も、それと重なるのではないかと思います。

 復活の主イエスに出会うということは、一人ひとり違うのです。みんな同じように復活の主イエスと出会うのではないのです。聖書に記されている復活の主イエスと出会った人で、生前の主イエスとの交わりを持っていなかった人は一人もいません。このマリアのように、主イエスを愛していた人が復活の主イエスと出会っているのです。主イエスを知らない人、愛していない人は、復活の主イエスと出会うこともないし、出会っても気づかないし、意味もないのです。しかし、主イエスを愛する者にとって、主イエスの復活は、主イエスがまことの神であり、救い主であり、死を打ち破られた方であり、自分たちに生きる力と希望とを与えてくださる方であることを明らかにするのです。そして、この方と共に生きていく明確な信仰と決断が与えられるのです。

 

 さて、復活された主イエスとの出会いを与えられたマリアに対して、復活の主はこう告げられました。17節「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。」マリアは、復活の主イエスの足もとにひれ伏し、その足を抱いて拝んだのだと思います。主イエスは、そのようなマリアに「そうではないのだ。わたしは天の父なる神様のもとに上っていかなければならない」と言われたのです。復活された主イエスは、いつまでも復活された姿のままで、マリアや弟子たちと共におられるわけにはいかない。天に上らなければならないと言われる。それは、復活された主イエスが天に上り、そして聖霊を注いでくださるためです。主イエスが天に上られるのは、再び聖霊として下られるためです。

 13節を見ますと、マリアは主イエスに対し「わたしの主」という言い方をしています。マリアは復活された主イエスにすがりつき、これが「わたしの主」、もう離さない、そんな思いだったでしょう。しかし、それはまさに主イエスを「わたしの主」にしてしまうことでした。わたしの思い、わたしの願い、わたしの理解の中に、主イエスを捕らえてしまおうとすることなのです。主イエスはそのようなマリアの思いを退けられます。主イエスには主イエスの道がある。それは天の父なる神様が定められたものであり、天より下り、また天に上る道です。主イエスは、マリアたちとは復活の姿ではなく、聖霊として共にいることになるのです。すべての者といつでもどこででも共にいてくださるためです。

 私たちは、主イエスの姿は見えません。しかし、説教が与えられ、聖餐が与えられています。これによって、私たちは主イエスの御声を聞き、主イエスの肉と血潮に、命に与るのです。私たちはここで、生ける主イエスとのいきいきとした交わりに生きることができるのです。この主イエスに励まされて、復活の希望と光の中を歩んでまいりましょう。お祈りをいたします。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を心から讃美いたします。今日も愛する兄弟姉妹と共にあなたに礼拝を捧げることができ、感謝いたします。主は死の力を打ち破り、復活されました。そして、今はあなたの御許にあって、助け主である聖霊を送り、私たちを生かしてくださっています。御言葉による説教と主の聖餐によって、私たちを養ってくださっています。この恵みを深く覚える者としてください。群れの中には、病床にある者、高齢の労苦を負っている者、人生の試練に立たされている者がおりますが、復活の恵みを豊かに注いでいてください。このひと言の切なるお祈りを、主イエス・キリストの御名を通して、御前にお捧げいたします。アーメン。

【聖霊を求める祈り】主よ、あなたは御子によって私たちにお語りになりました。いま私たちの心を聖霊によって導き、あなたのみ言葉を理解し、信じる者にしてください。あなたのみ言葉が人のいのち、世の光、良きおとずれであることを、御霊の力によって私たちに聞かせてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

次週の礼拝  4月14日(日) 

日曜学校   

午前9時15分-10時  礼拝と分級

聖  書   ヨハネによる福音書21章15-17節

説  教   「わたしの子羊を飼いなさい」 藤田浩喜牧師

主日礼拝   

午前10時30分    司式 山﨑和子長老

聖  書

  (旧約)ヨブ記42章1-6節    

  (新約)ヨハネによる福音書20章19-31節 

説  教   「見ないで信じる者は幸い」  藤田浩喜牧師

忘れられた墓

ルカによる福音書24章1~12節 2024年3月31日(日)主日礼拝説教

                                            牧師 藤田浩喜

 「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。」これが、あの最初のイースターの朝、主の墓に行った婦人たちに与えられたメッセージでした。あれから二千年近く経ったこのイースターにおいて、同じ言葉を私たちは耳にしています。

 「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか」。―実際には、あの朝、あの婦人たちは、「生きておられる方」を捜してはいませんでした。彼らは死者に会いに行ったのです。死んでしまったイエスに会いに行ったのです。その手にあったのは香料と香油でした。それはイエスの「遺体」に塗るためのものでした。

 主イエスが処刑された日、それは金曜日でした。翌日は土曜日、すなわちユダヤ人の安息日です。しかも、その安息日は特別な「過越の安息日」でした。なんとか、安息日に入る前に埋葬を済ませておかなくてはなりませんでした。ユダヤ人の一日は日没と共に始まります。主イエスの埋葬は急を要しました。アリマタヤのヨセフという人が、遺体の引き取りを願い出ました。岩に掘られた墓に主の遺体を葬ることになりました。亜麻布で包み、とりあえず葬りだけを済ませましたが、油や香料を塗る時間はありませんでした。

 婦人たちはその墓の位置を確認し、遺体が納められるのを確認しました。そして、安息日が終わる前に香料と香油を準備しました(23:56)。安息日が明けた翌朝早くに墓に行って香料を塗り、遺体の処置をするためでした。彼らは主イエスの遺体について最善のことをしたいと思っていたのです。

 主の遺体に香料を塗り、ともかく遺体について為すべきことをした後に、いったいどうして生きていったらよいのか、分からなかったに違いありません。しかし、ともかく生きていかなくてはならないならば、せめて主イエスの思い出と共に生きていくしかないでしょう。せめて心に刻まれた主イエスの言葉と共に生きていくしかありません。せめて主イエスに倣って、その教えに従って生きていこうと考えていたのかもしれません。

 その生前の教えが今日に生きる人々になお大きな影響を及ぼしているという、偉大な歴史上の人物はいくらでもいます。彼らは死んでも、今なお語っていると言える。ナザレのイエスもまたしばしばそのような一人として挙げられます。その偉大なる高尚な生涯。その比類無き教え。それらは代々の人々の心を動かし、数多くの人生を変えてきたと言えます。しかし、それだけならばやはり、イエスは「死者」の一人に過ぎません。もし教会の伝えているのが「過去の人ナザレのイエス」の教えや生き様でしかないならば、教会のしていることは「死んだ方」に会いに行った、あの日の婦人たちと変わりません。

 しかし、そこで婦人たちは「なぜ、《生きておられる方》を死者の中に捜すのか」と問われたのです。あの御方は生きておられる御方なのだから、死者の中にはいないと言うのです。そして、この言葉を教会は今日に至るまで伝えてきたのです。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか」。教会が「イエスは生きておられる」と言う時、すでにお話ししてきたように、それは単に教えが生き続けているとか、心の中に主イエスの生き様が生き続けておられるという意味ではないのです。

 御使いたちは言いました。「あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。」主イエスは「ここにはおられない」―「墓の中にいない」とは、「死の中に閉じこめられていない」ということです。主イエスは死に支配されてはいないということです。

 象徴的な描写が福音書の中にあります。「見ると、石が墓のわきに転がしてあり」(2節)と書かれている。マルコによる福音書では、わざわざ「その石は非常に大きかった」と書かれています。それは人の力によってはどうすることもできない死という現実を象徴していると言えるでしょう。しかし、それが転がされたというのです。誰によってでしょうか。「転がしてあった」というのですから、それは墓に行った人によってではありません。神によってです。

 神によって死の扉は開かれました。もはやキリストは死によって捕らえられてはいない。死に支配されていない。これがまさしく聖書の言っている「生きている方」という言葉の意味なのです。本当の意味で「生きている」とは、「死に支配されていない」ということなのです。

 そうしますと、聖書がここで言っている「生きている」という言葉と、私たちが通常使う「生きている」という言葉は、意味が全く違うということが分かります。確かに私たちもまた、自分を指して「わたしは生きている」と言います。しかし、正確に言うならば、私たちは「生きている者」ではなくて、「死につつある者(The dying)」なのです。死につつあるのは重病の人だけではありません。高齢者だけではありません。元気な若者も同じです。確実に死に向かっているという点では同じです。

一昨日の金曜、受苦日の祈祷会のあった朝、起きた時に頭が痛くて、ふらふらしており、多少の吐き気もありました。血圧を測ってみると、上が160近くあり、これはただ事ではないなと、怯えました。ひょっとすると持病のある心臓の血管にできた血栓が脳に飛んだのではないかと怖くなり、いつでも救急車を呼べるように身支度を始めました。さいわいその後、少し症状も収まり、祈祷会のあと急いでかかりつけ医に受診しました。「おそらく大丈夫なので経過を見ましょう」ということになり、安堵しました。血圧も120ほどに戻り、胸をなでおろしました。しかしこの金曜日の経験は、あらためて死が身近であり、自分が死に向かって生きていることを、痛感させられるものでありました。

 私たちの人生は、生まれた時から確実に死によって支配されています。生まれた時から死に向かって歩んでいるのです。もちろんその事実を忘れていることはできます。あたかも死なない者であるかのように生きていることは可能です。しかし、最後までそのように生き続けることはできません。

 私が子どもの頃、確かに自分がいつか必ず死ぬのだということは、全くリアリティのない話でした。しかし、やがて十代半ばの思春期になりますと、自分の人生が後戻りすることのできないものとして、終わりに向かっていることが実感となりました。つまり人生にはやり直しが利かないことがあるという事実と、向き合わざるを得なくなったのです。そこで一つ一つ何かを諦めながら生きていくことになります。取り返しがつかないこともあるのだと知り始めます。人生は後戻りすることなく終わりへと向かっている。その事実を実感としても否定できなくなりました。

 そうしているうちに、やがて身近な人の死に接することが多くなってまいります。私の父は10年余りの闘病の末、中学校2年生の時心臓病で亡くなりました。高校1年の時には、先週まで机を並べていた友だちが心不全で急逝しました。また、大学1年の時には、母子家庭となった私の家を何かと支えてくれていた伯父が、胃がんのために亡くなりました。年を追うごとに、死は極めて身近な現実となっていきました。

 確かに人は、死ぬまでは「生きている」とは言えます。しかし、繰り返しますが、実際には「生きている」時から既に死に支配されているのです。その意味では、産まれた時から、すでに墓の中にいるようなものだとも言えます。人生は墓の中に閉ざされているのです。

 しかし、そのような私たちに聖書はキリストの復活を伝えているのです。キリストは生きておられる。本当の意味で「生きておられる方」を、私たちに指し示すのです。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。」

 あの御方は私たちのように死の中に閉じこめられていない。神はキリストを復活させられた。何のためですか。死に支配されている私たちを救うためです。キリストは永遠に「生きておられる」救い主として、私たちに与えられたのです。

 キリストの墓がどこにあったのか。このことは初代教会においても、かなり早い時点で忘れ去られてしまった問いであったようです。たしかに、イースターの朝、よみがえったキリストにとって、墓は無用のものでしかありません。イースターの朝、その墓の中には何もなかった、それは空の墓であった。そのため、墓そのものに興味を持ち続ける人は少なくなり、墓は忘れられていったのです。

 そして、その御方はあの二千年前の墓の中にはおられない。教えだけが生きているというのではありません。あの方は今も生きていて、私たちの人生に入ってきてくださるのです。クリスチャンとは、単にキリストの教えを信じた人のことを言うのではありません。そうではなくて、永遠に生きておられるキリストを人生にお迎えして、キリストと共に生きている人のことを言うのです。

 今も生きておられる主イエスは、死に支配された私たちの人生に入ってきてくださる。「生きておられる方」は罪の赦しとまことの命を携えて、いわば、私たちを閉じこめている墓の中に入ってきてくださるのです。いや、入ってきてくださるだけではありません。「生きておられる方」は、私たちを閉じこめている墓の扉を打ち壊してくださる。ならば私たちはもはや、死の中に閉じこめられた者として生きる必要はないのです。死に支配された者として生きる必要はないのです。もはや「死につつある者」として生きる必要はないのです。

 先ほど、人生は後戻りができないと言いました。しかし、キリストが死の扉を破ってくださるなら、本当はもう後戻りしたいと願う必要もないのです。たとえ年老いても、たとえ重い病気になったとしても、残された日を思いながら生きる必要はないのです。失ったものを数えながら、失う前に戻れたらよいのにと、思いながら生きる必要もないのです。キリストが死の扉を破ってくださるなら、私たちはただ人生の終わりに向かっているのではないからです。その先に開かれている復活の世界に、永遠の命の世界に向かって生きているのです。私たちは永遠に生きておられる御方と共に、本当の意味で「生きている者」として生きることができるのです。このイースターの日に、この大いなる恵みの出来事を覚えて、主の御復活を共にお祝いしたいと思います。お祈りをいたしましょう。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を心から讃美いたします。このイースターの礼拝を、愛する兄弟姉妹と共に覚え、守ることができますことを感謝いたします。独り子イエス・キリストは、私たちの初穂として復活してくださいました。主はもはや死に支配されることなく、私たちと共に生きてくださいます。また、私たちも主の十字架と復活を信じることによって、キリストと一つされ、死に支配されることのない者に変えられています。どうか、この驚くべき恵みを、イースターのこの日に噛みしめさせてください。病気のため、高齢のため、また様々な事情に阻まれてこの礼拝に与れない一人一人の上に、復活の恵みを豊かに注いでいてください。この拙きひと言の切なるお祈りを、私たちの主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

【聖霊を求める祈り】主よ、あなたは御子によって私たちにお語りになりました。いま私たちの心を聖霊によって導き、あなたのみ言葉を理解し、信じる者にしてください。あなたのみ言葉が人のいのち、世の光、良きおとずれであることを、御霊の力によって私たちに聞かせてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

次週の礼拝  4月7日(日) 

日曜学校   

午前9時15分-10時  礼拝と分級

聖  書   ヨハネによる福音書21章1-14節

説  教   「復活の主イエスがガリラヤ湖に」 髙谷史朗長老

主日礼拝   

午前10時30分  司式 藤田浩喜牧師  (聖餐式を執行します)

聖  書

  (旧約)イザヤ書60章17-22節    

  (新約)ヨハネによる福音書20章11-18節 

説  教   「甦りの主にお会いして」  藤田浩喜牧師

次週の礼拝  3月31日(日)

日曜学校   

午前9時15分-10時  礼拝と分級

聖  書   ルカによる福音書24章1-12節

説  教   「あの方は復活なさった」 宇佐美志穂子

主日礼拝 

午前10時30分 イースター礼拝 司式 藤田浩喜牧師 

(聖餐式を執行します)

聖  書

  (旧約)エレミヤ書31章1-6節    

  (新約)ルカによる福音書24章1-12節 

説  教   「忘れられた墓」  藤田浩喜牧師

ペトロの涙

マルコによる福音書14章66~72節 2024年3月24日(日)主日礼拝説教

                                             牧師 藤田浩喜

 主イエスの一番弟子ペトロは、もともとガリラヤの漁師でした。当時の主な職業は一般的に世襲です。彼は漁師の家に生まれたので、漁師の子どもとして育てられたのでしょう。一人前の漁師になるために、親のもとで厳しい訓練を受けてきたのだと思います。漁に出たならば、舟の上ではそれぞれが自分の責任をしっかりと果たさねばなりません。そこでは自分の責任を担う強さが要求されます。舟の上で弱さをさらけ出したり、狼狽(うろた)えたりして、仲間の足手まといになるわけにはいきません。それは一人前の漁師として恥ずべきことです。

 また、彼の家が通常のユダヤ人の家庭なら、彼もまたユダヤ人の子どもとして律法の教育を受けてきたことでしょう。ユダヤ人の子どもは十三歳になると成人を迎えます。「バル・ミツヴァ(律法の子)」と呼ばれるようになります。すなわち、ユダヤ人の共同体に属する者として、律法の義務が科せられるようになるのです。彼は責任ある大人として、定められたことをきちんと果たす強さを要求されることになります。律法を守ることができないということは、律法違反を咎められるだけではなく、一人前の大人として実に恥ずべきことだったのです。

 もちろん、子供が大人となっていくプロセスにおいて、そのような自立した強さを要求されるということは、何もユダヤ人や漁師の家に固有なことではありません。この国に生きる私たちにもある程度身に覚えがあります。この国の子供たちの多くは「人様に迷惑をかけないように」と言って育てられます。人の手を借りずに自分のことはきちんと自分で出来る子が、《しっかりした良い子》と呼ばれます。この国においても、やはり賞賛されるのは自立した強い人です。弱いこと、人に頼ることは、しばしば恥ずかしいことと見なされます。ですから、人生の最後まで「子供や孫の世話になどならない!」と言い張る人もいるのでしょう。

 しかし、現実はなかなか思い通りにはいきません。人の助けを得なくてはどうにもならない時はあります。自分の弱さをさらけ出してしまう時はあるのでしょう。一生の間には幾度も、狼狽えたり、取り乱したり、恥をかいたりということを繰り返すものです。しかし、本来は強いことが良いことだと思っているならば、弱さを覆い隠して、体面を取り繕おうとするのでしょう。いや、他の人に対してだけでなく、自分自身に対しても弱さを覆い隠そうとすることもあります。弱い自分だと思いたくない。できるだけ自分の弱さを見ないようにしたい。恥ずかしいことは、それこそ心の箪笥の一番奥の方にしまい込んでしまいたい、と。

 どうもペトロという人物もそうだったようです。福音書を読みますと、彼はしばしば自分の弱さをさらけ出しています。例えばこんなことがありました。ある日、主イエスと弟子たちがガリラヤ湖畔におりました時、主は「湖の向こう岸に渡ろう」と言い出されました。そこで主イエスと弟子たちは船出いたします。ところが突風が湖に吹き下ろしてきて、彼らは水をかぶり、危なくなりました。弟子たちは狼狽えます。見ると主イエスは嵐の中で舟が沈みそうだというのに、安らかにスヤスヤと眠っているではありませんか。彼らは主を起こして言いました。「先生、先生、おぼれそうです」。すると、主は風と荒波とを叱って静め、弟子たちにこう言われたのです。「あなたがたの信仰はどこにあるのか」(8:25)と。嵐の中で落ち着いていたのは、漁師でもない主イエスおひとりでした。全くもってプロの漁師としての面目丸つぶれです。それはペトロにとって実に恥ずかしい経験だったに違いありません。

 どんなに訓練を積んできたとしても、どれほど経験を積んでいたとしても、いざ命が危険にさらされる時、自分の心の内に何が起こるかわからない。そういうものなのでしょう。しかし、弱さをさらけだしたこの失態はペトロの心の箪笥の奥深くに仕舞い込まれてしまったようです。最後の晩餐を終えて主イエスと弟子たちがゲツセマネの園に向かっていた時、すなわち主イエスが捕らえられるその時が刻一刻と近づいていたその時に、主イエスはこう言われました。「あなたがたは皆、わたしにつまずく」と。それは弟子たちが主イエスを見捨てて逃げていくことを意味しました。もちろん、それはペトロをも含めて主イエスは言われたのです。しかし、その時、ペトロはかつて弱さをさらけ出した自分であることを思い起こすことはありませんでした。彼は言いました。「たとえ、みんながつまずいても、わたしはつまずきません」(29節)。その思いは他の弟子たちにしても同じでした。

 しかし、主イエスは「たとえ、みんながつまずいても、わたしはつまずきません」と言ったペトロにこう言われたのです。「はっきり言っておくが、あなたは、今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう」(30節)。しかし、それでもなおペトロは自分の弱さを認めようとはしませんでした。ペトロはあの舟の中で取り乱していた自分の姿を思い起こすことはありませんでした。ペトロは力を込めて言い張ります。「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」(31節)。彼だけではありません。皆の者も同じように言ったのです。

 さて、実際にはどうなったのでしょうか。今日朗読された箇所の前のページの50節にあるように、「弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった」のです。ペトロだけは、主イエスが捕えられ、大祭司の家に連れていかれたとき、遠くからついて行ったようです。そして屋敷の中庭まで入り込み、人々と共に火にあたりながら、事の成り行きを見守っていました。そして、今日の聖書個所において私たちが耳にしたことが起こりました。

 大祭司に仕える女中のひとりが、火にあたっているペトロをじっと見つめていました。そして、こう言ったのです。「あなたも、あのナザレのイエスと一緒にいた。」ペトロは女の一言に震え上がりました。そして、とっさにこれを打ち消します。「あなたが何のことを言っているのか、わたしには分からないし、見当もつかない」。そう言って出口の方へ出ていきました。

 しかし、屋敷に連れてこられた主イエスの事が気になって、出て行くことはできません。彼はなおも中庭に留まります。するとまた、先の女中が彼を見て、そばに立っていた人々に言い出します。「この人は、あの人たちの仲間です」。ペトロは再びこれを打ち消しました。そして、しばらくすると、そばに立っていた人たちがまたペトロに言い始めます。「確かに、お前はあの連中の仲間だ。ガリラヤの者だから。」おそらく、ペトロが答えているときに彼のガリラヤ訛りを耳にしたのでしょう。

 ペトロはこれを強く打ち消します。「呪いの言葉さえ口にしながら」と書かれています。「もし偽りを語っていたら神に呪われても良い」と言って激しく誓い始めたということです。彼はそのように神にかけて誓ってこう言ったのです。「あなたがたの言っているそんな人は知らない」。そのようなことを自分が口にするとは、夢にも思っていなかったに違いありません。しかし、その時、二度目に鶏が鳴きました。「はっきり言っておくが、あなたは、今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。」主イエスの言葉をペトロは思い出したのでした。

 ペトロがその時に思い出したように、主イエスは弟子たちが御自分を見捨てて逃げてしまうことをご存じでした。ペトロが三度も御自分を否んでしまうことをご存じでした。ペトロを含め、弟子たちの内にあるものをご存じでした。それが外に現れてしまうことをご存じでした。しかし、ただ内にあるものが外に現れることを主イエスが望んでおられたわけではありません。そこには、実は絶対に聞き落としてはならない言葉がありました。主イエスはあの時、こう言われたのです。「あなたがたは皆わたしにつまずく。…しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く」(27~28節)。

 「あなたがたより先にガリラヤへ行く」ということは、主イエスはガリラヤで再び弟子たちに会うことを考えておられたということです。主イエスは先に行って待っていてくださるということです。主イエスを裏切り、主イエスを見捨てて逃げていくその弟子たちを、主イエスは先にガリラヤに行って待っていてくださる。「あなたがたは散らされる。わたしを見捨てて逃げていく。そこであなたがたは徹底的に自分自身の弱さと惨めさを知り、自らの罪深さを思い知ることだろう。しかし、私は先にガリラヤに行って待っている。ボロボロになった惨めなお前たちが私のもとに来るのを待っている。」―「あなたがたより先にガリラヤへ行く」とはそういうことです。

 主イエスは「あなたは、今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう」とペトロに言われました。しかし、その時、主イエスの内にあったのは、ペトロに向けられた、そして弟子たちに向けられた憐れみであり慈しみだったのです。ペトロは主イエスの言葉を思い出しました。しかし、そこでペトロの心に浮かんできたのは、「わたしの言ったとおりになったではないか」と言って責めている主イエスの眼差しではなかっただろうと思います。そうではなくて、憐れみに満ちた主イエスの眼差しであったはずなのです。

 だからペトロは泣いたのです。あたりを憚ることなく激しく大声を上げて泣いたのです。彼は弱い自分を悲しみ、罪深い自分を悲しんで、激しく泣いた。泣くことができたのです。それまで彼は、漁師として、ユダヤ人として、そして十二弟子の一人として、また将来はメシアの王国のナンバー2になるべき人間として、強くなくてはなりませんでした。他の人々のために泣くことはあっても、自分の弱さと罪深さを泣いているわけにはいかなかったのです。しかしもういいのです。主イエスは何もかもご存じだった。どんなに強がって見せたって、虚勢を張って見せたって、主イエスはすべてご存じだということが分かったから。だからペトロは泣きました。自分自身のありのままの姿を認めて激しく泣いたのです。

 これがペトロです。後に教会の指導者となる使徒ペトロです。この物語は四つの福音書すべてに記されています。恐らく後の使徒ペトロは、この出来事を繰り返し人々に語ったに違いありません。だからこの物語が残っているのでしょう。ペトロははばかることなく、自分の弱さを語り続けた。なぜなら、あの時の涙なくして、後のペトロはなかったからです。私たちも、同じです。神様に仕えて生きようとする時に、本当に必要なのは私たち自身の強さではないのです。そうではなくて、主は全てをご存知であることを知ることなのです。その上で、私たちをこの上なく愛してくださっている主が、共にいてくださることを知ることなのです。そして、そのような主が共に歩んでくださることを感謝して、主を見上げて生きていくことなのです。お祈りをいたしましょう。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を心から感謝いたします。神さま、今日から私たちは主イエスが十字架への道をたどられた受難集を過ごします。主イエスの苦難と十字架の死が、私たちの罪を贖うための出来事であったことを、心深く覚えることができますように。そして、あなたに背く人間の罪のゆえに、今も戦争や不条理な苦しみのさなかに置かれている人々に心を重ね合わせて、この一週間を過ごさせてください。ひと言の切なるお祈りを、主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

人間の知恵と力の限界

マルコによる福音書6章1~6節前半 2024年3月17日(日)主日礼拝説教

                                             牧師 藤田浩喜

「ふるさとは遠きにありて思うもの、そして悲しくうたうもの。」作家の室生犀星の言葉です。犀星はふるさとに対して、単純ではない思いを抱えています。ふるさとは実際に帰っていく場所ではなく、心の中で懐かしく思い起こす場所である。たとえ異郷で物乞いに落ちぶれても帰って来るべき所ではない。だから懐かしい望郷の念を胸に、自分は都会に帰って行こうと歌うのです。私の故郷は三重県の亀山という所ですが、室生犀星の思いが少し分かるような気がします。懐かしい思い出はたくさんあり、折に触れて思い起こすこともあります。しかし、長く離れていた自分が、今その故郷で暮らしたいと思うかというと、なかなかそのようには思えない。そんな簡単なことではないのです。

 今日の聖書は、「そこを去って故郷にお帰りになった」とあるように、主イエスが伝道の拠点であるガリラヤ湖畔のカファルナウムから、親や兄弟姉妹の住む故郷ナザレに、弟子を伴い帰って来たという場面であります。その日は安息日だったので、主イエスはユダヤ教の会堂で教え始められました。主イエスの教えやその力ある業は、すでにユダヤの国の津々浦々に風の噂で伝わっていました。もちろん、主イエスの故郷ナザレでも例外ではなかったものと思われます。しかし、ナザレの人々にはあのよく知っていたイエスと、噂の主イエスとは、どうもイメージが重ならなかったようです。ですから、主イエスの教えを聞いた多くの人々は、「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か」と驚き、「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか」と疑いをあらわにしたのです。

 しかし、彼らの戸惑いは、ある意味では無理からぬものであったかも知れません。小さい頃からついこの間まで、主イエスは、ナザレの住人の一人であったのです。だれよりも、イエスのことはよく知っているという気負いもあったでしょう。あの「いつも泣いていたイエス坊や」「優しいイエス坊や」といった感じではないでしょうか。ですから、ナザレの人々の「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか」という思いは、決して不思議でも何でもないのです。けれどもそのイエスが、会堂で教えられたのです。

それは自分たちの知っているマリアの息子、大工の息子ではありませんでした。彼らの目の前に立つ人物は別人のように、知恵があふれ力に満ち、同一人物とは思えないのです。主イエスを噂で聞く預言者、神の子、あるいは救い主として受け入れるどころか戸惑うことしかできず、彼らの生活の延長線上に主イエスを置いて見ること以外、考えられなかったのです。そのことを聖書は、「人々はイエスにつまずいた」と記しています。

 では、主イエスの側から見ればどうでしょう。主イエスは、疲れをいやすために、自分の愛する母や、兄弟姉妹の住むナザレに帰って来たのでしょうか。もしそうであれば、なるほどナザレの人々の知っているイエスでもよかったでしょう。しかし、主イエスは休養のためにナザレに帰って来たのではないのです。主イエスは、単身ではなく、弟子たちと一緒に、御言葉を宣べ伝えいやしの奇跡を行うために帰郷したのでした。どうも、ナザレの人々の視線と主イエスの視線とは平行線となっているようです。ナザレの人々が、神の子とまでは言わなくても、預言者の一人だと思ってくれるならば、どこかで接点が得られるのですが、そうではないようで平行線のままです。そしてその平行線こそが、主イエスにつまずいたということなのです。故郷の人々の主イエスに対する信仰の問題のみに留まらず、主イエスをあの十字架へと追いやって行く同胞ユダヤ人の心の動きと重なるものがあります。そう見て行きますと、私たち一人ひとりの在り方も問われているように思います。

私たちは福音書を読んで、どのような主イエスの姿を思い浮かべるでしょうか。子どもたちにお母さんの似顔絵を描かせると、思い思いのイメージで描きます。私たちの中にも主イエスのイメージがあります。中世の美術に描かれているような、まことに神々しく威厳に満ちたイエス像や、理想的な聖者として書かれている主イエスの伝記に慣れすぎている私たちが、もし主イエスが昔ナザレの村に帰られた時と同じ姿で、私たちの前に現れたらどうでしょう。私たちもまた、その見栄えのしない姿に失望して、こんな人が神の子であるはずはないと言って、つまずくのではないでしょうか。

イエス・キリストを信じるということは、彼を王座に座る権力者のように、威厳に満ちた方として尊敬する、あるいは私たちのお手本になる模範的な、理想的な人として見習おうとすることではありません。そうではなく、ベツレヘムの馬小屋から十字架の死に至るまで、主イエスは私たちと同じふつうの人間として、生きる苦しみや悲しみや痛みをそのどん底まで経験された。そして、まことにみすぼらしい姿の大工の子イエスにおいて、神が御自身を私たちに現された、この主イエスを通してすべての人に対する救いの御業をなされたと信じることなのです。本当に価値のある宝は、美しく飾られた宝石箱の中にあるのではなく、「土の器」の中に隠されているのです(Ⅱコリント4:7)。

 「神の痛みの神学」の著者として世界的に著名な北森嘉蔵先生は、著書『聖書の読み方』の中で、猿と猫の親子の関係を対比しつつ、信仰について次のように記しておられます。猿の場合、親猿が木から木へと渡るとき、子猿は親猿のおなかにしっかりつかまっています。この場合、子猿は親猿にしがみついていなければ脱落してしまいます。それとは反対に、猫の場合、親猫が移動するとき、親猫が子猫をしっかりくわえていきます。ですから、親猫が油断して離さない限り、子猫は脱落しません。ここで問題になるのは、脱落するかしないかの決定権がどちらにあるのかということです。つまり決定するのは、猿の場合は子どもの方であり、猫の場合は親の方であるということです。そしてこの関係を信仰になぞらえて、猿式信仰と猫式信仰との二つがあると述べておられます。そして北森先生は、「聖書のいう信仰は、『猿式』ではなく、『猫式』である」と結論づけています。

 さて、「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか」と言う人々の言葉には、自分の経験が絶対で、自分の目で見て手で触ってみないとその確かさをつかみ取れない姿が見えます。同時に、気に入らなければ放棄することもできます。大切なのは相手ではなく自分自身であるということです。これは、北森先生の分類で言えば「猿式信仰」とでも言えるものではないでしょうか。つまり、ナザレの人々のほとんどが、自分の納得のできる親猿にしがみついているのであって、それが自分たちの知っている大工、マリアの息子となると、もうそれだけで、ぶら下かっている意味も価値も見出せないということになるのでしょう。これが先ほど申しました人間の側から見たその延長線上にある主イエスなのです。人の判断で権威あるものにしがみつくような猿式信仰である限り、神と人との関係は平行線のままで、そこにはつまずきしかないのです。

 ところが、神さまは主イエスをとおして猫式信仰を示されるのです。そのイエスは自ら進んで十字架の道を選ばれました。平行線を交わりの線に変えられたのです。今日の聖書の箇所の前に、ヤイロの娘と十二年出血の止まらない女性のいやしの記事がありました。主イエスは女性に「あなたの信仰があなたを救った」と言われ、またヤイロに「ただ信じなさい」とおっしやいました。そしてヤイロも十二年の出血の女性も、すべてを主イエスに委ねたのでした。これは猫式信仰と言えるでしょう。猫式信仰の決め手を持つのは猫の親であり、子猫は親猫にすべて身を委ねるのです。主イエスをこの世に遣わして下さった神さまの思いが、そこには示されています。

 日本基督教団早稲田教会の牧師であった上林順一郎先生は、次のような話をされています。ある日、新聞の折り込みに、「犬を探してください」というチラシが入っていました。それには、犬の似顔絵とその種類、体つきや毛の色、そして十八歳になる雄犬であり、背中が曲かっていて、耳が遠く、目も不自由で歯も十分でなく、後足はいつもヨロヨロして歩くという特徴が記されていました。そして、最後に、「見つけて下さった方には、この大が死んでいても、失礼と思いますが、三万円のお礼をさしあげます」と記されていました。このチラシを読んだ上林先生は、犬に、しかも老衰で死んでいるかもしれない犬に多額の費用を使い、そのうえ、発見者にお礼をするなど、考えて見ればもったいないと言えるかも知れないが、無駄の中に、もったいないようなことの中に、飼い主の犬に対する深い愛情と優しさを感じてうれしくなったと言われます。

 皆さんはどう思われるでしょう。「大が死んでいても、お礼を……」と、どこまでも飼い主として関わろうとする姿の中に、全く次元は違うかもしれませんが、私たちに対する主イエスの姿が重なって見えないでしょうか。ましてや、私たちは神に似せて造られたという人間であり、その神はひとり子を賜ったほどにこの世を愛して下さった神さまです。「大工ではないか。マリアの息子ではないか」と言い放つ私たちです。しかし今日の終電車はなくなってしまっても、明日もまた、主イエスの救いの電車は、かたくなな私たちを救いへ乗せるためにやって来るのです。乗り損なったと失望することなく、始発の電車を待ちたいものです。すべてをゆだねて、またこの一週間を共に歩み続けたいと思います。お祈りをいたします。

【祈り】主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を心から讃美いたします。今日も愛する兄弟姉妹と共に礼拝を捧げることができましたことを感謝いたします。神さま、私たちは今イエス・キリストの苦難と十字架を覚えるレントの時を過ごしています。真の神である御子イエスが大工の子として生まれ、人としてのすべての苦しみや悲しみ、痛みを負われたことを、私たちは知らされ、その姿につまずきます。しかし、そのご自分を低くする測り知れないへりくだりを通して、主イエスは私たち人間の罪を贖ってくださいました。どうか、この主イエスにすべてをゆだねて、このレントの一週間を過ごさせてください。私たちの群れの中には、病床にある者、高齢の者、人生の試練の中にある者たちがおります。どうか、そのような一人一人を特に顧みてください。折にかなった助けと主にある平安を与えていてください。また、世界では今も不条理としか言えない戦争状態が続いています。ウクライナで、パレスチナのガザで、ミャンマーで、戦いによって貴い命が失われています。神さまどうか、このような戦争を一刻も早く終結へと導いてください。そして人々が当たり前の平和な日常を取り戻すことができますように。このひと言の切なるお祈りを、イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

次週の礼拝  3月24日(日)

日曜学校   

午前9時15分-10時  礼拝と分級

聖  書   ルカによる福音書23章32-39節

説  教   「父よ、彼らをおゆるしください」 

       高橋加代子

主日礼拝   

午前10時30分  受難週  司式 髙谷史朗長老

聖  書

  (旧約)エレミヤ書5章20-25節    

  (新約) マルコによる福音書14章66-72節 

説  教   「ペトロの涙」  藤田浩喜牧師

罪を自覚することから

ヨナ書2章4~11節 2024年3月10日(日)主日礼拝説教

                           牧師 藤田浩喜

 ヨナ書2章3~10節には、海の中に投げ込まれたヨナが、魚の腹の中に呑み込まれた時にささげた祈りが、詩文的に記されています。この祈りから示されることの一つは、ヨナは苦しみの極みを経験することによって初めて、祈る者となったということです。3節には、彼が海の水の中で祈った事実が告白されています。そして、4節以下には、その時の苦しみがいかに厳しいものであったかという回想と、そこから救い出してくださった神への感謝と賛美が、告白的に語られています。

 これらを読みます時、様々な苦しみを味わうことのある私たちの持つべき心が、どうあったらよいのかを示される思いがいたします。不条理としか考えられない苦しみ、意味を見出せない艱難などに陥ることのある私たちです。その苦難から抜け出る道はあるのか、ヨナの祈りからそのことを聞いていきたいと思います。

 さて、ヨナが海に投げ込まれた次第を振り返ってみますと、1章11節、12節にそれが記されていました。船乗りたちが、くじに当たったヨナに対して、あなたをどうしたら海が静まるだろうか、と問いかけたのに対して、ヨナ自身がわたしの手足を捕えて海にほうり込むがよい、と答えています。そして、そのヨナの指示どおりに乗組員たちがヨナを海にほうり込みました。それが事柄の経緯です。

 しかし、ヨナの祈りを読んでみますと、事柄を進めて行ったのは神ご自身であるように語られています。4節を見てみますと、ヨナが神に向かって言った言葉として、「あなたは、わたしを深い海に投げ込まれた」と記されています。ヨナは、神がわたしを海に投げ込んだ、と語っているのです。

 また4節の3行目、「波また波がわたしの上を越えて行く」、これは口語訳では、「あなたの波と大波は皆、わたしの上を越えて行った」となります。このように波という言葉の前に「あなたの」という語があり、「神」の送った波がわたしを越えて行った、とヨナは述べているのです。本来ここに、「あなたの」という言葉が付けられていることを、見落とさないようにしなければなりません。

 このように、神がヨナを追放し、神がヨナを海に投げ入れ、神が自ら海の水をもってヨナに死の苦しみを味わわせられたのだ、とヨナ自身が祈りの中で述べています。これはどのように理解すべきものなのでしょうか。この受けとめ方には、大きく別けて二つあります。

 その一つは、ヨナが自分の罪や、自分の神への反逆を棚に上げて、自分を襲った苦しみの出来事をすべて神のせいにしている、そんなヨナの理解がそこに表されているという受けとめ方です。この場合、神に向かって、あなたのせいでわたしは死の苦しみを味わっているのだ、と抗議しているヨナの気持ちが表されているということになります。それは責任転嫁であり、また自分自身を正当化しようとするものであると言わざるを得ません。旧約聖書には、しばしばそのような人間の高ぶりが描かれています。エゼキエル書28章2節に次の言葉が出てきます。「主なる神はこう言われる。お前の心は高慢になり、そして言った。『わたしは神だ。わたしは海の真ん中にある神々の住みかに住まう』と。しかし、お前は人であって神ではない。ただ、自分の心が神の心のようだ、と思い込んでいるだけだ」。

 こういう高慢な心を持ちがちな私たち人間に対する、神の警告がそこに記されています。自分の心が神のようになって事柄を判断する。そのことは古代の人々だけでなく、今日においても私たちがなしやすいことです。私たち自身も、同じ傾向を持っています。自分の罪や過ちをまともに見ずに、自分にとって不利なことを神のせいにしたり、他人のせいにしたりする、ということを私たちはしがちなのです。そしてその結果、神と人とを呪うのです。ヨナは、そういう心の状況の中で、この祈りの言葉を口にしているという理解も、なるほど成り立つでしょう。しかしこれは果して正しい理解でしょうか。もう一つ別の理解を考えてみたいと思います。

 それは、自分が海に投げ込まれたのも、また一時期神から追放されたような状況に置かれたのも、それは確かに神がなさったことである。しかし、それは神の正当な行為なのだとの思いを込めて、「あなたがわたしを海に投げ込まれた」、とヨナが告白している祈りだと理解する。そういう理解の仕方です。つまり、そこにはヨナ自身の罪の認識がある、ということになります。自分が犯した罪に対して神が怒りを表わされた。神が自分を今罰しておられるのは、悔い改めを求めて、自分をこの苦しみの中においておられるのだ。これを受けるのは当然であるというヨナの認識が、そこにあるということです。

 この場合は、自分の苦しみを他人のせいにせず、神のせいにもせず、「わたしが罪を犯したのですから、神がわたしを懲らしめられるのは正当なことです」というヨナのへりくだりを、ここに読み取るのです。

 ヨナの祈りのこの部分は、このように二つの異なる理解が可能なところですけれども、祈り全体を見てみます時に、私たちは後者の理解に立つべきである、ということを教えられます。苦しみの極みまで追いやられた限界状況の中で、ヨナはやっとこれは自分の罪のゆえである、と自覚するに至ったのです。そのような悔い改めの中からこそ、この祈りが生まれてきたのです。

 神との関係の中で、正しく自分の状況や起こっている事柄を見ることができる時、そこから新しい事態が始まります。新しい状況へと自分が移されることが起こるのです。事実、ヨナは死の間際まで追いやられながら、再び命へと引き戻されることになります。

 自分の苦悩や悲しみや艱難が、神との関係の中で正しく捉えられ、正当に位置づけられることによって、かえってそこから新しい命の可能性が生じてくることがあるのです。苦しみが神との関係の中で正しく受けとめられる時に、事態は大きく変化することがあるということを、私たちはヨナの祈りから学ばされるのです。私たちの苦しみも悲しみも、何とかして神の御心をその中に見出そうと求める時に、神の業としてそれを受容できる時が来るに違いありません。そしてそこから、新しい何かが始まるのです。神はそのようにしてくださるお方なのです。

 ところで、ヨナが海の中に投げ込まれた時に、彼を襲った苦しみの状況が具体的な事柄や象徴的な表現を用いて、4節以下で描かれていますので、それを少し見ておきましょう。4節に、深い海に投げ込まれた、潮の流れがわたしを巻き込み、波また波がわたしの上を越えて行く、と記されています。このように、海とか水にまつわる言葉が繰り返されています。これは、人が危険にさらされた時の状況を描く場合に、旧約聖書においてしばしば用いられるものです。事実ヨナは、海の中に投げ込まれたわけですから、海や波が彼を襲っていることがそこに描かれています。

 6節に、「大水がわたしを襲って喉に達する」という表現が出てまいります。これもまた、生命の危険が迫っていることを言い表す時にしばしば用いられるものです。詩編69編2節に、「神よ、わたしを救ってください。大水が喉元に達しました」とあります。大水が喉元に達する、それは命の危険にさらされていることを表すものです。また今日の2章6節の2行目に、「深淵に呑み込まれ、水草が頭に絡みつく」とあります。もがけばもがくほど水草に体を奪われて、身動きできなくなっていく様子が描かれています。また、7節には、「わたしは山々の基まで、地の底まで沈み」という言葉があります。古代の人々は、山はその基が海の底にあって、海から突き出て山が陸上に立った、と考えました。ですから山の基まで沈んだということは、最も深い海の底、地の底まで沈んだということを、表現しようとしているのです。そして7節には、「地はわたしの上に永久に扉を閉ざす」と述べられています。地の底まで落ちたヨナの上に、地の底の扉が閉ざされて、もはや脱出できない状況になったということを語っています。3節に、「陰府の底から、助けを求める」という言葉がありますが、死の世界、死人の世界まで自分が落ち込んで行ったということを、7節では別の言い表し方をしているのです。このような様々な描写によって、海底深く沈んで行く様子、それをとおしての苦しみ、死と隣り合わせの状況にまで陥ったことの絶望を、ヨナは語ろうとしているのです。

 そして、そこまで追い詰められた時に、やっとヨナは神に助けを叫び求める者となりました。3節がそのことを示しています。別の見方をすれば、そこまで苦しみを味わわなければ、彼は真の神を見つめることができない者となってしまっていた、ということになります。

 下り坂を転がり落ちるように、最も低く、最も深い所まで落ち込み、光を見失った時、その時に初めて彼は真の光とは何であるか、自分をゆだねるべきお方はどなたであるかを、思い起こすことができました。そして神に助けを求めて叫ぶ者となったのです。彼の下へ下へと向かう道がそこで止まり、新しい上向きの道へと、彼は方向転換させられるのです。そのことが今日の7節の後半以下に告白されているのです。

 苦しみや危機は、神から切り離される一面を持っています。しかし逆に、私たちを襲う苦しみや危機が真の神への信仰に繋がることがあるということを、聖書は恵みの約束として、私たちにしばしば語っています。

 イエス・キリストが語られた、放蕩息子の譬え話においても、同じことが教えられています。弟息子は飢え死にしそうな中で、次のように方向転換を決意しました。「父のところに行って言おう。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください』と。」ルカによる福音書15章に記されている有名な譬え話です。

 神の恵みに値しない自分であることを知った時に、初めて神の恵みが逆にその人に与えられることがあるのです。神の恵みから切り離されたと思ったその時に、神をもう一度見つめることができるならば、新しい恵みがそこに用意されていることに気づかされる。そうしたことが私たちの人生にはあるのです。神は私たちの思いをはるかに超えた方法で、事をなさるお方なのです

 現在、自分の人生は下降の一途を辿っているとしか思えない人がいるかも知れません。ヨナが海の底に沈んで行くように、光のない暗闇の中に落ち込んで行くように、自分は滅びに向かって進んでいるとしか思えない。そういう人もこの中にはおられるかも知れません。命の力が弱り、生きる力が衰えている。そうとしか考えられないほどに、望み無き状態に陥っている人もおられるかも知れません。

 しかし、それを他人のせいにせず、運命のせいにせず、神のせいにもしないで、その中でなお神を呼び求めるようにと、ヨナが教えてくれています。神の手によって打たれたヨナでしたけれども、新たに神を呼び求める時に、彼を打った手が、逆に彼を助ける手として働いてくださっています。

 それと同じことが、今日においても起こります。私たちにおいても、起こります。神の御手が私たちを危機や困難に追いやることがあります。しかし同じ御手が、そこから新しく恵みへと引き上げてくださることもあるのです。いや、神に身をゆだねる者に対して、神は必ずそのようにしてくださいます。

 使徒信条が告白していますように、イエス・キリストは陰府をさえ、すなわち死人の世界をさえ、克服されたお方です。閉ざされた死の世界さえ打ち破って、命の扉を開いてくださった主です。ならばその主が、生きている私たちの世界で、命と光の扉を開くために働いてくださらないはずがないのです。

 私たちは苦難と死を克服されたイエス・キリストの勝利の確かさの中で、自分の苦しみを見つめることが求められています。そして、そうすることができる時に、必ずや私たちの生は神によって新しい展開を与えられます。私たちはその約束を信じて待ち望むことが、許されているのです。お祈りをいたしましょう。

【お祈り】主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの貴き御名を讃美いたします。今日も敬愛する兄弟姉妹と礼拝を共にすることができましたことを、感謝いたします。神さま、私たちは人生において様々な危機や困難に遭遇します。それらの危機や困難は、私たちをあなたから遠ざけてしまうことがあります。しかし、そうした危機や困難の中であなたを仰ぎ、祈りの声を上げるとき、あなたは御手を伸べて私たちを引き寄せてくださいます。そして今まで見えなかった新しい道を私たちに見させてくださいます。どうか、どのような時にもあなたの御許に留まらせてください。今、群れの中で病床にある者、高齢の者、大きな試練の中にある者を、特に顧みてください。このひと言の切なるお祈りを、私たちの主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

次週の礼拝  3月17日(日) 


日曜学校   

午前9時15分-10時  礼拝と分級
聖  書   ルカによる福音書22章39-46節
説  教   「オリーブ山での祈り」  山﨑和子長老


主日礼拝   

午前10時30分  レントⅤ  司式 山根和子長老
聖  書  
  (旧約) 箴言4章20-27節    
  (新約) マルコによる福音書6章1-6節前半 
説  教   「人間の知恵と力の限界」  藤田浩喜牧師